1550話・仕方無しの決断
脱衣場の方から少し大きめの物音がした。
当然、これに皆は反応し、脱衣場の方へディーイー達の視線が集中する。
すると浴場の入口に、へたり込んだヤオシュの姿が見えた。
「あ……ヤオシュ団長…」
『ま、不味い! 聞かれたか?!』
ディーイーは血の気が引く。
サーディクが死に掛けている…そうハッキリと言ってしまったからだ。
へたり込んだヤオシュに、ガリーが駆け寄る。
「ヤオシュ団長!」
「すみません…盗み聞きするつもりは無かったのです。気分転換で湯浴みに来たら…その…」
そのヤオシュの言葉は誤魔化しや言い訳では無く、必死に絞り出すものだった。
ディーイーは頭を抱えた。
『あちゃぁ〜〜聞かれたか』
しかしながら聞かれたかものは仕方が無い…問題は、その後をどうするかだ。
そもそもサーディク副団長の件を素っ気無くしたのは、元より助からない事を前提にしたかったからだ。
何とも非情に聞こえるかも知れないが、ディーイーでも全てを救う事は不可能である。
故に優先度を決め選択した結果が、この今の状況なのだった。
『取り敢えず説明だけしておくか…』
「ヤオシュ団長…悪いんだけど、サーディク副団長の事は諦めた方がいい」
「何故…その様な事を言うのですか…?」
そのヤオシュの語調には、現実への拒絶と逃避が含まれていた。
「……」
胸が痛むディーイー。
『成程…只の部下では無かったのだな…』
そんな様子を見たシンが、怒りを露わにした口調でヤオシュへ言い放った。
「元はと言えば貴女達が、我々を罠に嵌めたのが原因でしょう! こちらは仲間が死に掛けた上に、姫様まで奪われたのですよ! 今更になって被害者面とは、烏滸がましいにも程が有ります」
『うはっ! シ、シンさん…怖い…』
ちょっと引いてしまうディーイー。
しかしシンの言い分は尤もで、納得せざるを得ず口出し出来ない。
シンの叱咤が効いたのか、ヤオシュは真っ裸で土下座をした。
「も、申し訳ありません…仰る通りです」
ガリーはソッとディーイーへ告げる。
「また土下座しちゃったよ。ここまで来ると流石に可哀想じゃない?」
暗に「何とかしてあげられない?」と言われ、ディーイーは再び頭を抱えた。
『何とかして欲しいのは、こっちだよ…もうっ』
「はぁ……ある程度は万能な私だが、全能では無いんだけどね」
「そうだね…」
苦笑いを浮かべるガリー。
ディーイーは疲れた足取りで、ヤオシュの傍へ歩み寄った。
「ヤオシュ団長…私が間に合ったなら出来るだけの事はしよう。ただしサーディク副団長を助けられる保証は無いよ」
これ程に己が無力と思い知ったのは、母を奪われた時以来だろう。
だが明確に違うのは、救いの手が有る事だ。
故に傍に立つディーイーを見上げ、ヤオシュは涙が溢れてしまう。
「有難う御座います…それで十分です」
ディーイーはトボトボと湯船へ向かって歩くと、
「はぁぁぁ………これは方針を変える必要があるな」
などと深い溜息をついて呟いたのであった。
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身支度を整えたディーイーは、遅い朝食を取る為に食堂に来ていた。
因みに実際に食べるのはディーイーとティミド、それに今まで寝ていたリキの3人だ。
そして食事をしないのに呼ばれた者達も居た。
それは仲間のガリーとシン、そこにイェシン都督とヤオシュである。
言わば"今回の件"の主要関係者が揃った訳だ。
「ディーイー殿…話しと言うのは?」
上座に座るイェシンが痺れを切らせて尋ねた。
10人掛けの長い食卓を挟み、対面の下座に座るディーイーは食べなが返す。
「ん〜〜食べながらで良いかい?」
とても権威者相手の態度では無い。
しかし此処では誰もディーイーを咎められない。
何故なら仲間の3人は、彼女が聖女王だと知っている為だ。
ティミドに至っては右隣に座り、誰に憚る事無く甲斐甲斐しく世話する始末。
それも当然…ティミドは永劫の騎士なのだから。
イェシンやヤオシュに至っては、ディーイーに権威が通用しない事を痛いほど知っている。
そもそもディーイーに助けられる側なので、頭が上がる筈も無いのだった。
「勿論だとも」
快く答えるイェシン。
その左隣にヤオシュが座っており、泣いた所為か目が腫れていた。
「もぐもぐ……え〜と…事が立て込み過ぎたから、応援を呼ぼうと思う」
「応援…? まさか…」
それを聞いたイェシンは顔色を青ざめさせた。
闇や次元を司る精霊王・銀冠のノクス…あの様な超常の存在を更に呼ばれたら、堪ったものでは無いからだ。
「ん…? 何か勘違いしているみたいだけど、普通に人間だから大丈夫よ」
そこまで言ったディーイーは、少し考えてから苦笑いを浮かべて続けた。
「いや…ちょっと癖が強いから、人を選ぶかも…」
全く理解に及ばないイェシンは、怪訝そうに首を傾げる。
「…?」
娘のヤオシュに至っては、完全に理解する事を諦めた様子だ。
「ディーイー様が呼ばれる応援となると、相当に秀でた御仁なのでしょうね」
「う〜ん…そうね。特定の分野に於いては、私以上の実力が有るのは確かね」
ディーイーの返しに、イェシンとヤオシュは絶句した。
「なっ…?!」
「えっ?!!」
食事の世話をしていたティミドが囁く。
「ひょっとして…また呼ばれるのですか?」
「うん、今回ばかりは仕方が無い。まぁ正直"片方"は呼びたく無いけどね…」
この言葉で凡そを察したティミド。
「では問題を一掃するおつもりですか?」
ハクメイを奪還するだけなら、今の戦力では過剰な程なのだ。
そこで考えられるのは、序でに他の問題を処理してしまおう…だ。
「フフッ…ティミドは察しが良いね」
「…!」
明確な答えを得たティミドは笑みが漏れた。
そう…これは内政干渉、或いは侵略行為に当たるかも知れない。
しかし"権威を示す"絶好の機会でもあるのだ。
そして龍国南東の海と海岸は、帝国の絶対的な影響下に置かれる事となるだろう。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜