1548話・冷たいディーイー
ぐっすり眠れたディーイーは朝の湯浴みをする為、ティミドと浴場に向かおうとしていた。
都督府舎の最上階全ては、都督の私的フロアになっており、基本的に侍女や使用人以外は居ない。
これはイェシン・チャンシー都督が多忙な所為で、全く帰宅出来ないからだ。
つまり帰宅出来ないならば、一層のこと府舎に住み込んでしまえば良い…そんな考えから最上階が私的フロアと化したとの事である。
故にディーイーは寝巻き姿のまま、大手を振って最上階を歩く始末だ。
そんなディーイーの後を追随するティミドも、勿論のこと寝巻き姿のままだ。
「何だか箱舟を思い出しますね」
「ん? あぁ〜〜確かに構造が似てるかも」
廊下を見渡しながら返すディーイー。
内装や通路の広さなど全く違うが、本国の箱舟もプリームスの私的空間と中枢が最上階に在った。
『あれ? ティミドって箱舟に乗った事があったっけ?』
小首を傾げる主君を察し、ティミドは微笑みながら言った。
「一時期、箱舟がヘイス公国に駐留した事が有りましたよね。その時に数日アルカへ滞在ました」
「そう言えば…」
すっかり失念していたディーイー。
当時、ラスィア女王との総力戦になり、随分と大ごとになってしまった。
かく言う自分も決戦の最中、死を覚悟した瞬間が有る程だ。
『よもや落下死…そんな時にティミドが救ってくれたっけ』
そして今もティミドは傍に居て、色々と補佐し世話をしてくれる。
「あの時も今も、本当にティミドが居てくれて良かった」
唐突な主君の言葉に驚き、畏まってしまうティミド。
「え? あ…その、恐縮です…」
「フフッ…ティミドはもっと自信を持つべきだわ。この私を助けられる実力が有るんだから」
「ディーイー様…」
ティミドは胸が熱くなるのを感じた。
ガリーとシンに鉢合わせする。
「あ…! ディーイー! 起こしに行こうかと思ってたんだよ」
「随分とお寝坊ですね。昨夜は楽しまれたようで何よりです」
少し慌てた様子のガリー、そして棘を含むシンの言い様。
そこから何か有ったとディーイーは直ぐに察した。
「どうしたの? 緊急事態?」
「え〜と…やっぱりサーディク副団長の消息が分かってないんだ」
と困惑気味に答えるガリー。
どう対処すべきか、都督やヤオシュと話していたのは想像に容易い。
だが肝心のディーイーが起きてないので、何も決められずに居た…そんな所だろう。
「ごめんごめん、迷惑をかけたね。う〜んっと、都督とヤオシュ団長は?」
「2人とも執務室に居ます」
そう答えたシンは、珍しくディーイーを急かす様に手を差し出す。
昨日、ディーイーが歩けない状態だったのを知っているので、念の為に支えようと配慮したようだ。
「あ…、大丈夫だよシンさん。歩く程度は平気だから」
しかし強引に手を取るシン。
「ゆっくりされていては困ります。きっとサーディク副団長はアドウェナの下に居る筈なので、姫様も…」
『そう言う事か…』
強引なシンの理由に察しがつくディーイー。
ハクメイ共々にサーディクも連れ去られた…そう考えるのが妥当だ。
つまりサーディクの足取りを調べれば、アドウェナの行き先も掴めるかも知れない。
故に主を攫われたシンからすれば、ここで急がない理由が無いのだ。
「そうだったね…悠長にしていて済まない」
そうディーイーが言うや否や、物凄い速度で手を引かれる羽目に。
「どわっ?!」
「ディ、ディーイー様!?」
「ちょっ!? 待ってよディーイー!」
た慌てて後を追うティミドとガリー。
半ば足が空中に浮きながらディーイーは呟いた。
「いや…私は引っ張られてるだけなんだけど……」
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都督執務室にディーイー達が来ると、待っていたイェシン都督がギョッとした。
「えっ…何?」
怪訝そうに尋ねるディーイー。
「いや…妙齢の淑女がその様な格好だと…その、目のやり場が、」
などと言いにくそうにイェシンが答えた。
「へ…? あっ…!!」
自分の格好を見てディーイーは納得する。
先程シンに思いっ切り引っ張られて、寝巻きの浴衣が完全に開けていたのた。
それは帯が緩み、その所為で胸元が大きく開く有様だ。
更に帯より下は、完全に太ももが露出してしまっている。
「これは失礼致しました」
と何故か素っ気無くティミドが謝罪して、素早くディーイーの浴衣を着付け直す。
ティミドからすれば眼福だが、他の"男の目"に晒されるのは許し難かったのである。
「う、うむ……それで黒金の蝶の副団長サーディクが、未だに都督府にもギルドにも戻っていない。この事でディーイー殿に相談したかったのだ」
イェシンの言葉を半ば聞き流すように、ディーイーは特に反応せずソファーへ掛けた。
「ディーイー殿?」
「気持ちは分かるが、私には関係ないわ」
ここに来て、まさかの辛辣な返し。
これにイェシンは怪訝そうに問い返した。
「我々は協力関係にある筈だろう? それにサーディク副団長がアドウェナに連れ去られた可能性が高い。足取りを掴めれば、それだけアドウェナに近付くのでは?」
「サーディク副団長が連れ去られたとして、それを救う義理は無い。そもそもハクメイの奪還が第一で、その次に貴方の奥方の奪還よ。こちらが下手に出たからって、次々要求されても困るわ」
「……」
呆気に取られるイェシン。
ただ相談したいと言っただけなのに、この辛辣な対応は余りに御無体だ。
だが返って冷静になり、その意図が何なのか考えるに至る。
『強引に機先を制された…まさか、そこまで配慮する余裕が無いのか?』
二個師団の軍勢を瞬時に召喚する魔術力。
加えて迷宮を半壊させる程の魔法を操る。
そんな存在が人ひとり救う程度の事を、今更になって負担に感じるだろうか?
答えは否である。
『なら他に何か理由が有るのか…』
ひょっとすれば、サーディクがアドウェナの軍門に降ったと考えた可能性もある。
それを想定されれば、もうイェシンとしても交渉する余地が見当たらなかった。
「ところで、ヤオシュ団長は?」
「ヤオシュなら自室に籠ってしまったよ…」
「そう…」
素っ気無く返すディーイー。
するとティミドがソッとディーイーに囁いた。
「宜しいのですか?」
いつものディーイーなら諸共に救う筈だからだ。
「うん…もう副団長は手遅れだよ。可哀想だけどね…」
ディーイーの意味深な返答には、僅かに擬かしさが含まれていたのであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜