1535話・再戦の刻(2)
刹那の章IV・月の姫(24)も更新しております。
そちらも宜しくお願いします。
「どうした…来ないのか? ならば私から行かせて貰うぞ」
そう告げたディーイーは、杖を付きながら鷹揚に歩み進めた。
これにアドウェナは僅かに後退する。
『何だ?! この威圧感は?』
相手は歩くのも覚束無い状態。
なのに告げているのだ…生存本能が危険だと。
何より見た目の変化が不可思議だ。
事前に得ていたディーイーの情報では、白銀の髪に真紅の瞳、そして華奢な女性と言う事だった。
だが実際に目で確認したのは"漆黒の髪と瞳"で、情報とは全く違った。
かと思えば、今は事前情報通りの容姿…明らかに辻褄が合わない。
『何か秘密が有るな。それに、この異様な威圧感…』
アドウェナが遥か以前に相対した武人達と似ている。
彼らは皆一様に、外見では計れない強さを内包していた。
その経験から来る無意識な危機感が、アドウェナへ警笛を鳴らしたのかも知れない。
『何にしろ侮ってはいけない』
アドウェナは右手を掲げると、それを勢いよく振り下ろした。
すると彼女の背後に控えていた前列の魔神が、20体ほど一斉に駆け出した。
その勢いたるや凄まじく、200cmを優に超える巨躯の所為で地響きが鳴った。
そして標的は杖を付いた小柄な美少女。
誰がどう見ようとも、その結果は明白に思えただろう。
しかし現実は違った。
ディーイーまでの距離が至近に迫った瞬間、襲い掛かった魔神等全てが地面に"拉た"のである。
目を見張るアドウェナ。
「…!?」
『何をした?! 魔力の波動は兆しも無かった筈』
ならば魔法では無い…だが"それ以外"が何なのか見当もつかない。
「フッ…そんな雑魚では準備運動にもならんな。私を舐めてるのか?」
ディーイーは微動だにせず不敵に告げる。
地面に拉た魔神をアドウェナは見つめた。
「……」
その殆どは原型を留めておらず、その凄まじい威力が窺い知れる。
『魔法で無いなら、他の物理的な力だが…』
自分が知る範疇で、これ程の威力を誇る"技"は見た事が無い。
そうなると完全に未知の能力か、或いは常軌を逸した既存の技となる。
前者なら権能と言って良い危険な能力だ。
後者ならば更に危険と言わざるを得ない。
何故なら自分が知る最強級の技を、遥かに凌いでいるからである。
『どうする? このまま魔神を投入しても…』
無駄に戦力を損ない続けるかも知れない。
否…十中八九、そうなるに違い無いのだ。
アドウェナが逡巡している間に、ディーイーは杖を付きながら前進する。
その歩みは徐で鷹揚…恰も年老いた王の散歩の如くだ。
そんな相手にアドウェナは、一定の距離を保ち後退を余儀なくされた。
幸いなのは飛び道具が無い事だろうか。
そうして僅かだがアドウェナ等の後退が速かった為、徐々にディーイーとの距離が開く。
これを待っていた。
それとなく魔神達を操作し、両翼を伸ばす事で半包囲する…言わば鶴翼の陣だ。
正面から一斉に攻めて駄目なら、次は正面と左右からの攻撃を同時に加える。
相手が如何に強力な技の持ち主でも、これだけの物量に耐えられる筈も無い。
仮に居たとするならば、地上最強の武人…剣聖しか居ないだろう。
アドウェナが静かに一斉攻撃を指示する。
直後、先程の数を超える100体もの魔神が、正面と左右から一斉にディーイーへ襲い掛かった。
「やれやれ…芸の無い事だな」
ディーイーの呆れた風な声が聞こえた。
鈍い不気味な音が殆ど同時に響き渡り、真っ先に襲い掛かった魔神が一斉に拉る。
その数、正面が10、左右が20ずつ程。
1秒程度の間で、襲い掛かった約半数が死に絶えてしまった。
されど残りの半数は?
アドウェナは確かめる為に、態と半数だけを少しだけ留まらせたのだった。
その結果、残りの半数が時間差でディーイーを襲う形になる。
『ほほう…中々に抜け目ないな』
ディーイーは内心で感心しつつも、大した事の無いように杖を地面へ一突きする。
すると杖から何かが地面に伝播し、次の瞬間には凄まじい衝撃波がディーイーを中心に発生した。
当然、時間差で襲い掛かった魔神達は、この衝撃波を真面に食うに至る。
ある魔神は吹き飛ばされ、ある魔神は距離が近過ぎたのか吹き飛ばずに爆散する。
そうして時間差で襲い掛かった第二陣も、結局は全滅する羽目となった。
それでもアドウェナは慌てない。
この損失は相手の攻撃手段を見極める為の物で、元より覚悟していたからだ。
そして何とか見極めるに至る。
『やはり…あの杖か?』
相当に強力な”神器級の魔導具”だと考えられた。
杖を奪うか破壊するか…どちらにしろ近付く事さえ叶わない現状で、この2つの選択肢は当然に除外される。
なら取れる手段は1つ。
杖を使えなくすれば良いのだ。
「……!」
ディーイーは歩みを止めた。
アドウェナの背後に隠れていたハクメイが、急に前に出張って来たのだ。
『チッ…! 一番有効な手段に気付いたか』
そう…ハクメイを盾にして此方の攻撃を封じるのが、アドウェナの目論見なのは明らかだった。
「さぁ最後通告よ。今ここで降伏するなら、命は奪わずにいてあげるわよ。当然に私の下僕となって貰うけどね」
勝ち誇った言い様のアドウェナへ、ディーイーは呆れた様子で返す。
「勝利を確信した時、一番危ういのが分からんのか? 長く生きているようだが、馬鹿と浅慮は治らなかったみたいだな」
「何だと……」
ハッタリか?…そうアドウェナは思うも、この期に及んで姑息な手段に出るとは考え難かった。
そもそも状況は、アドウェナが絶対的有利に変わり無い。
『やはりハッタリなのか?!』
突如、ハクメイの目の前に何かが落下した。
「??!!?!」
そこから間髪入れず、一瞬で彼女は真横へ吹き飛ぶことに。
何が起こったか分からず呆気に取られるアドウェナ。
「………?!」
「私を手に入れようと、下心を出したのが失敗だったな。有無を言わせず攻撃させたら良いものを…」
そう告げたディーイーは、吹き飛んだハクメイの方へ声を張った。
「ドロスース…確保を頼んだぞ」
その声が放たれた先には、地面へ横たわるハクメイが居る。
加えて彼女に伸し掛かる女が居た。
その女は炎の様な長髪を持ち、ディーイーに迫る美貌を湛えているのであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




