1533話・ドロスースとディーイー
刹那の章IV・月の姫(23)も更新しております。
そちらも宜しくお願いします。
緑雷が周囲を覆い、同時にドロスースは己の意識が遠退くのを感じる。
それは今までに感じた事の無い喪失感だった。
故に"これが死"だと認識してしまう。
『……?!』
だが意識が消失する事は無かった。
「斧の形を選んだのは、原型となった人物が得意の武器だったからだよ」
そう何処からかディーイーの声が聞こえる。
しかし眩い光の所為か、その所在を確認する事は叶わない。
なにより現実なのか、或いは夢幻の中に居るのかさえも定かでは無かった。
「フフッ…そう怖がることは無い。もう光は収まったから瞼を開けてみると良い」
『瞼を開ける?』
ドロスース中で疑問が生じた。
自分は無機物な斧であり、そもそも瞼どころか目さえ無いのだ。
ディーイーの声は続ける。
「難しかもしれんが、元より備えて有った物だ。後は認識して行動に出せるか否か…兎に角は挑戦してみるんだ」
相変わらず無茶な事を言う……そう思えたドロスース。
それでもディーイーの声が、いつもと違い随分と優しかった事で、挑戦してみようと言う気になれた。
先ずは目。
この器官が外界と自身を繋ぐ最も重要な物なのは、人間を観察していて分かっていた。
これが自身の頭の正面に在る…そう認識すれば良い。
『頭…?!』
ここに来て再び困惑する事態に。
斧である自分に頭など有る訳が無いのだ。
ドロスースを察してか、ディーイーは心配そうに告げた。
「やはり無い物を想像するのは困難か…ならば見知った人間の姿を思い浮かべてみよ。それを自身に投影して”在る”と認識するのだ」
『見知った人間……』
そんな存在は主人しか居ない…そうドロスースは直ぐに思い至った。
敬愛し畏敬し畏怖する対象。
そして創造主…その主人の姿を思い描いた。
初めは困難な筈だと考えていたが、意外に容易で自分でも驚いてしまう。
しかし、それも当然と言えた。
何故なら嫌と言う程、その姿を今まで認識して来たからだ。
そうして暫くすると、ディーイーが驚いた声を上げる。
「おおっ?!」
これに何事かとドロスースも釣られて驚く。
「お…お前……ひょっとして私を参考にしたのか?」
ディーイーの問いにドロスースは肯定する為、いつもの様に取り敢えずは全身を揺らしてみた。
「ぶはは! やめい! 変な動きをするな!」
などとディーイーに突っ込まれる事に。
「…?!?」
またまた困惑する羽目になるドロスース。
「フフ…フフフッ……まぁ分からんよな。じゃぁ自分がどうなったか直に見てみると良い。あ……いつものように感知器官で認識するんじゃ無いぞ。ちゃんと”出来上がった目”で見るんだ」
主人に言われるがままドロスースは試してみる。
"出来上がった目"と言うのだから、それらしい物が自分に備わったのかも知れない。
だが無かった物を認識するのは中々に難しい。
…と思ったが、これまた意外と簡単に実行出来てしまう。
『…?!』
そして驚愕する事になった。
以前より視覚情報を認識していたのは、魔導具として備えられていた感知機能が有ったからだ。
されど今は全く違う。
感知機能では己を見る事など不可能だったが、何と今は自分?の体を視覚が捉えていたのだ。
『これが私の体?!』
人間のように手や足、それに胴体まで確認出来た。
また不思議な事に、それらが自身の体と認識するに至る。
恰も元より備わっていた知識…概念と言っても遜色無い程に。
ディーイーは苦労しながら立ち上がると、収納魔導具から姿見を出して言った。
「ほれ、これで自分の姿を見てみろ。私を参考にした所為か?、7割くらい似てるな」
「……」
初めて体感する目に因る視覚情報…これが余りに新鮮でドロスースは呆然とする。
そこから暫くして漸く我に返り、傍に置かれた姿見を目の当たりにして再び驚愕してしまう。
「…!!」
「どうした? 随分と驚いているじゃないか。そんなに人型が珍しいか?」
揶揄うようなディーイーの言葉も、今のドロスースには効果が無い。
鏡に因って得た自身の情報が、余りにも強烈過ぎたのである。
溜息が漏れそうになるディーイー。
『やれやれ…なまじ世界を認識していただけに、無機質からの変化は刺激が強過ぎたか』
だが今は悠長にしていられない。
自分一人では心許なく、"今のドロスース"が必要不可欠なのだから。
「ドロスース…しっかりしてくれ。今の私は脆弱過ぎて敵を迎撃出来ないかも知れん。だからドロスースの助けが必要なんだ」
この言葉にドロスースは直ぐに反応した。
無言で頷くとディーイーの手を優しく握ったのである。
ディーイーは遥か昔の記憶を探る。
『う〜ん…入力の器官は揃えたつもりだが、』
試験運用だっただけに、出力器官は何ヶ所か不備だった可能性がある。
100年以上も昔の事なので、既に記憶は曖昧な状態だった。
それだけドロスースを作るだけ作って、お座なりにした証拠とも言えた。
兎に角、明確な理由は分からないが、従順な様子になって安堵するばかりだ。
「頼りにしているぞ。それにしても…」
真っ裸のドロスースを前に、ディーイーは少し恥ずかしくなる。
7割ほど似ているだけに、自分が裸になった錯覚に囚われるのだ。
「…?」
首を傾げるドロスース。
『くっ…妙に小聡明く可愛いな』
他人から見た自分が"こんな様子"か?と思うと、ディーイーは小っ恥ずかしくて仕方が無い。
「と、取り敢えずだ、これでも着てくれ」
色々と恥ずかしいので、収納魔導具から出した繋服をドロスースに手渡した。
それは以前、武國でディーイーが実際に着た物の予備である。
だが色は対照的に漆黒で、真っ白なドロスースの肌を更に際立たせるだろう。
受け取ったドロスースは、それを黙々と着始める。
ジッと見つめるディーイー。
『んん? 身長は私より随分と高いな。髪も真っ赤だし…』
「あ…そうか!」
失念していた事に気付く。
ドロスースを作ったのは武術の研鑽を終え、魔術の研究を始めた頃なのだ。
そうなれば今の姿と違って当然なのである。
『はぁ…これだとスキエンティアと一緒に居るみたいだな』
嫌では無い。
嫌では無いが…喧嘩別れしただけに妙に気不味く、また自己嫌悪に陥ってしまうのであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




