1524話・ティミドの決断
テュシアーとは別の経路で迷宮内を進んだティミド達。
その理由はテュシアーの邪魔をしない為だ。
仮に自分達が側に居れば、巻き込まないようテュシアーが全力を出せないのは明白だった。
また自分達にも出来る事がある。
それはテュシアーが派手に暴れている隙に、迷宮の本体へ接近し迷宮核を破壊する事だ。
これが成功すれば迷宮側は、その強力な防衛機構を行使出来なくなる筈なのだ。
『後は可能な限り、迷宮の主の企みを探れれば…』
ティミドは迷宮の外縁部を目指しながら、一人思案に耽っていた。
因みに他の面子も各々考え事をしているのか、非常に静かである。
危険極まりない迷宮最下層で、この様に警戒もせずに歩けるのは、迷宮側の自爆?攻撃があった為だ。
それは恐らく最下層全域に及ぶもので、超高熱の爆炎攻撃だった。
その威力は凄まじく、壁などの石材がガラス化する程の高温で、配置された魔獣はおろか罠までもが焼失していた。
それでも流石に心配になったのか、リキが不安そうにティミドへ尋ねた。
「ティミドさん、大丈夫なのか?」
「…え? あ〜〜そうですね、きっと大丈夫かと」
ティミドの漠然とした答えに、リキの不安が一層増した。
「おいおい…テュシアー様が引き付けてると言ってもな、俺達を完全に無視するとも思えねえ。それに裏切り者の行方も気になるしよ」
「そっちですか…。う〜ん…正直何とも言えませんね。ですが護衛に銀冠の女王を貸して頂きましたし、大抵の脅威は一掃出来るかと」
「裏切り者は?」
執拗に尋ねるリキ。
『んん? 随分と神経質になっているみたいね』
そのリキの気持ちをティミドも分からなくは無かった。
一度死にかけた上に、ディーイーが身を呈してリキを救ったのだ。
ここで万が一に同じ轍を踏めば、目も当てられないと言うものである。
「黒金の蝶の副団長…恐らくは地上に戻っているかも知れませんね。或いは迷宮の主の元に居るか…」
「俺が一番気掛かりなのは、アドウェナと黒金の蝶が何を企んでるかだ」
ここでシンが会話に参加して来た。
「それに都督府…この3つが絡んでいる可能性も有ります。本国では内乱寸前と言いますし、きな臭いですね…色々と」
何かしらの大きな陰謀に巻き込まれている…そう二人は危惧しているのだと思われた。
しかしティミドからすれば、「そんな事を言われても困る」…である。
自分はプリームスに随行しただけであり、行く先々での諍いに一々対処していられない。
などと思いつつも、それを口には出来なかった。
既に巻き込まれた身である事も理由だが、きっと主君なら御節介を焼いたに違い無いからだ。
『取り敢えずはプリームス様のご指示待ちよね…』
そしてプリームスが決断し易いよう可能な限り情報を収集すべきで、ついでに仲間の意思も確認しておいた方が良いだろう。
「ガリーさんはどうですか?」
急に話を振られ慌てるガリー。
「え!? お、俺?」
「はい、何か気掛かりな事は有りませんか?」
「え〜と…俺としては、本国に捕らわれている仲間が心配かな。何と無くだけど…今回の件に無関係では無い気がして…」
「ふむ…」
『確かガリーさんは龍国の元使徒だったのよね』
皆の危惧を払拭するには、どうすれば良いか…ティミドの思考が目まぐるしく回転した。
一番に優先すべきは現状の解決だ。
その為にはプリームスとの合流が絶対条件となる。
しかしながらプリームスの意識は眠っており、その体を今はテュシアーが動かしている状況。
『う~ん……これは二正面作戦が有効かもね』
テュシアーの能力は主君に匹敵し、迷宮側の勢力を完全に崩壊させるのは火を見るよりも明らかだ。
そうなると自分達が此処でウロウロしていても、あまり効率的とは言えないかも知れない。
ならば主君の手間を省くために、”もう一つの勢力”を潰しておくのも手と言える。
ティミドは足を止めると、皆へ振り返って告げた。
「地上に戻りましょう」
「え…?! 戻ってどうするんだ? 下手したら出た所を襲撃され兼ねないぞ!?」
と困惑した様子で返すリキ。
「もう忘れたのですか? 私達には銀冠の女王が居ますし、万が一に数で脅されても”お借りした物”が有りますから大丈夫です」
ティミドの言葉を察したのか、リキは唸るように頷いた。
「うむむ…確かに。武力での心配は無さそうだな」
「では地上に戻って如何するのですか?」
シンが透かさず尋ねる。
「都督府を襲撃します。今回の裏切りは十中八九で都督が絡んでいる筈ですから、直接問い詰めれば良いでしょう」
「成程…では黒金の蝶の団長はどうしますか?」
「都督府に居れば、序でに拘束して尋問しましょう」
「……」
何の憚りも無く答えるティミドに、シンは呆気に取られた。
『流石は永劫の騎士と言った所かしら』
南方最強の騎士団…その一画を担うのだから、たかが辺境の領主に気後れする訳が無く、最上位傭兵団の団長程度なら尚更だろう。
するとリキが腕をまくる仕草をして言った。
「ははは! 面白くなって来たぜ!」
そんなリキへ、ガリーが軽く蹴りを入れる。
「リキさん、あんまり調子に乗らないでね。相手は魔獣じゃ無くて”人間”になるんだから」
「お、おう?! 殺すなって事だろ?」
「違うよ……相手が殺しに掛かって来るなら、こっちも手は抜けないから命の遣り取りは仕方ないよ。でもね、魔獣みたいに単純じゃ無いから気を付けろって言ってるの!」
このガリーの指摘は当然だった。
此処での傭兵は特殊で、どちらかと言うと迷宮に潜り対魔獣戦に特化されている。
つまり対人戦に馴染みが無く、故にガリーは注意しているのだった。
「あ……! そ、そうだな…気を付けるよ」
二人の遣り取りにティミドは補足するように告げた。
「実際に私達が戦うのは、都督府に押し入ってからだと思います。屋内では”多勢”が機能しにくいですからね」
その言葉の真意を察した3人は、「戦争でも起こすのか?!」とゾッとしたのであった。




