1522話・瀬戸際のテュシアーと影
刹那の章IV・月の姫(20)も更新しております。
そちらも宜しくお願いします。
「貴女を寝取ってロン領督を後悔させるのも面白そうだったのにね」
このアドウェナの言い様で、テュシアーの背筋に悪寒が走った。
『ひぃぃぃ!? ま、まさか…こいつ同性が好きなのか?!』
人の事を言えない質だが、こんな事を"敵"に言われては誰だってゾッとするだろう。
しかも相手は他者を傀儡にする術を使うのだから、万が一の場合、何をされるか分かった物では無い。
「で、結局のところ、貴女は何者なの?」
アドウェナの率直な問いに、テュシアーは如何に答えるか逡巡した。
ここで"自分の事"を答えるのも有りだが、それはそれで説明が複雑になる。
かと言ってプリームスの事情もややこしい。
『困ったな…』
「やっぱり答えられないみたいね? なら私も答えられないわよ」
イラっとくるテュシアー。
「本当に性急な奴だな。どう説明するか悩んでいたんだよ!」
これにアドウェナはニヤニヤしながら返す。
「ふ〜ん…どう誤魔化すか考えていたんじゃないの?」
半分当たっていて、半分外れている。
故にテュシアーは取り乱してしまった。
「……うむむ…そ、そんな事は…」
「フフフッ…貴女、面に出易いわよ。私としては遣り易いけどね」
遊ばれている…そう感じたテュシアーは、怒りで頭に血が上る。
「言わせておけば!」
その刹那、目眩を起こしたのか、目の前が真っ白になるのだった。
『うぅぅ?!』
堪らず片膝をつく。
そして確信した…自分の意識が限界にきていると。
本来であれば暗黒魔力の枯渇など有り得ない。
されど今回は今までに無い程に力を行使し、まさかの限界値まで無理を押した。
結果、交代の為に敢えて眠るのでは無く、気絶寸前の有様だ。
『ま、不味い……プリームスが覚醒していない今は…』
自分が眠っては、この体を守る者が居なくなってしまう。
「どうやら本当に限界のようね…」
ホッと胸を撫で下ろした様子でアドウェナは呟いた。
一方ハクメイは、テュシアーとの間に立ち塞ぐ斧と睨めっこだ。
『あの奇妙な斧はハクメイの牽制に動けない筈。なら…』
アドウェナは勝利を確信する。
相当に危険な相手で被害も甚大だが、結果的には大きな益を得た。
これ程の超絶者を傀儡に出来れば、長きに渡る計画が随分と短縮されるに違い無いからだ。
アドウェナが徐に接近するのを、遠のく意識の中でテュシアーは感じた。
『くそ……』
「…!」
アドウェナは足を止めた。
謎の違和感…否、これは明らかな危険感知だった。
『何? もう相手は抵抗出来ないと言うのに…』
何かが変だ。
しかし地面に俯せに倒れ伏した美少女に、こちらを攻撃する術など無い。
只の杞憂?
警戒を最大限にしたアドウェナは、更にテュシアーに近いた。
何も起こらない。
『やっぱり只の杞憂だったようね…』
その瞬間、テュシアーが倒れている地面から、真っ黒な何かが飛び出した。
「…!!?」
咄嗟に魔法障壁を張り、その場から瞬時に飛び退るアドウェナ。
「フフフッ…中々に勘の良い方ですね」
テュシアーの影から不気味な声が聞こえた。
そして飛び出してきた黒い物体?は、瞬時に引き戻って影の中へ消えたのだった。
余りにも不可解な状況…後から後から脅威となる"何か"が現れ、この絶世の美少女を救おうとする。
しかしアドウェナは気持ちを切り替え、直ぐに臨戦態勢を取る。
『言葉を発するなら魔導具では無さそうだが、』
警戒の目が凝視する中、テュシアーの影から何かが湧き上がった。
それは見る見る内に人型を模し、遂には南方風の紳士服を纏った男?となる。
「なっ?!」
これには流石にアドウェナは目を見張った。
『召喚術の類か?!』
と考えたが、"人"を召喚するなど聞いた事が無い。
仮に人で無くとも言葉を発する様な存在は、そもそもの知性が高く御せないのだ。
つまり召喚以前に、契約自体が困難なのである。
「フフッ…随分と困惑しておられますね。ですが、そう気にする事は有りません。貴女は此処で命を失うのですから」
紳士服に紳士帽、そこに加えて不気味な仮面を被り、発する言葉は不吉この上無い。
そんな相手へアドウェナは問うた。
「何者?」
率直過ぎる問いに、男は半ば呆気に取られる。
「……明らかな敵が、簡単に教える訳が無いでしょう。それに…」
自分は暗殺者なのだ。
だが初見の相手が分かる筈も無く、故に考え直して告げた。
「まぁ良いでしょう。私はアポラウシウス…この方を守る為に馳せ参じた次第です」
「アポラウシウス…?」
怪訝そうにアドウェナは眉を顰めた。
耳にした事が有るような、無いような…。
どちらにせよ危険な相手には間違いない。
先ほど放って来た黒い何か…それが僅かだが魔法障壁を掠め、掠めた部分が崩壊していた。
それは詰まる所、魔法障壁の耐久度は意味を為さないのである。
『魔法? 或いは魔導具かも知れないけど…』
毒とは比べ物にならない危険さに、アドウェナをジリジリと後退させた。
「フッ…距離を取りたいのは分かります。魔術師のようですし…ですが私に距離を取るのは逆効果ですよ」
『この男…魔術師なのか?』
この言い様が自信過剰に因るものなら、アドウェナとしては然して脅威では無い。
飽和的な魔法攻撃で圧倒すれば良いからだ。
しかし仮に同格以上の相手ならば、"撃ち合い"で押し返される可能性もある。
なら最大火力を見舞って相手の底を知るのが先決…ではあるが、範囲内にハクメイ姫が居る。
折角手に入れた彼女を巻き込んで失う訳にはいかない。
『おのれ…面倒な!』
片やアポラウシウスの胸中は落胆で彩られていた。
『こんな状態になっても私を呼ばないとは…』
信用されていないのか、或いは元より当てにされていないのか…どちらにしろ己の日頃の行いが招いた結果なのだろう。
そんな気落ちした情動は、現状に至った起因へ怒りとなって向けられる。
「この方を害した報い…貴女の命を以って償って貰いますよ」
アポラウシウスの影が揺れた。
その直後、蛇の様な漆黒の何かが、無数に影から出現したのだった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




