1521話・ドロスースと貞操の危機
刹那の章IV・月の姫(19)も更新しております。
そちらも宜しくお願いします。
頭を抱えて悶絶するハクメイを他所に、テユシアーは徐に立ち上がった。
「やれやれ…か弱い女子を思いっきり押し倒すとはな…」
その姿はハクメイとの白兵戦の所為か、体中が擦り傷まみれだ。
加えて首筋には締め上げられた痕が浮き上がり、妙な扇情さを醸し出していた。
「い、一体何をしたの…?!」
思わず問うてしまうアドウェナ。
「何って…そこに突っ立ってる斧で、少し叩いただけよ」
などと呆気らかんとテュシアーは答えた。
『叩いた…?!』
戦いの最中だと言うのに、アドウェナは半ば呆然してしまう。
正直、速過ぎて何が起こったのか理解出来なかったのだ。
仮に斧が攻撃したのだとすると、テュシアーが遠隔で操った事になる。
つまり速度が尋常では無い上、反自律的に攻撃可能な魔導具な訳だ。
『そんな伝説級の魔導具を隠し持っていたなんて…』
しかも瞬時に出現した事から、恐らく召喚の類なのだろう。
そう思うとアドウェナはゾッとした。
まだ奥の手を隠しているかも知れないからだ。
そんなアドウェナを見て、テュシアーは内心で安堵する。
『何とか時間は稼げそうだな。今の内に態勢を…』
整えたいが、よくよく考えると"その術"が無い。
そもそも暗黒魔力が底を尽き、体力も限界に在る。
態勢を整えると言うなら、ゆっくり眠るのが一番なのだ。
しかし、そんな事は当然に無理で、ハッタリをかまして相手の撤退を促す事しか出来ない。
『後は…魔導具を駆使するぐらいだな、』
急遽取り出した斧は、自律行動をする自我を持つ魔導具だ。
自律行動とは聞こえが良いが、実のところ非常に扱いが難しい。
一応は自我を有しているのだが、その性格は気まぐれな上、偏屈たったりするのだ。
故に切羽詰まった戦いの場で、果たして有用に働いてくれるのか怪しいのである。
兎に角は暗黒魔力の回復以前に、動き回る体力を回復したい。
ならば会話で情報を引き出しつつ、その時間を稼ぐのが得策だ。
「何故、ハクメイを攫って傀儡にした?」
テュシアーの端的に且つ率直な問いで、逆に冷静さを取り戻すアドウェナ。
「……それは…彼女が必要だからよ」
『こいつ…回りくどいのか話す気が無いのか、どっちなんだ?』
テュシアーは苛立ちながらも冷静に尋ねる。
「そんな事は分かっている。必要な理由を聞いてるのよ」
「……」
相手の意図をアドウェナは計りかねていた。
『優位に立った筈なのに、どうして攻めて来ないの?』
ひょっとすれば大して優位では無く、只の虚勢だったなら?
その可能性は十分考えられた。
だが既に多大な被害を此方は受けている。
ここで相手を過小評価し、再び痛手を貰うのは憚られた。
『先ずは正確な情報が必要だわ』
相手の不確定要素が大き過ぎるなら、分析し明確になる程度の情報を引き出せば良い。
方針が纏まったアドウェナは告げた。
「私ばかり話すのは公平では無いわよね? 先ずは貴女の事を聞かせて欲しいわ」
『はぁ……そうなるわよね』
テュシアーは内心でゲンナリした。
相手が怯んで一方的に折れる事を期待したが、現実は中々上手く行かないものだ。
「何が聞きたいの?」
「そうね…貴女は何者なのか、本当の所を知りたいわ。それにハクメイ姫とは如何なる関係なのかもね」
ここで漸くハクメイが立ち上がったが、まだ叩かれた頭が痛いのか片手で押さえたままだ。
『……ちゃっかり私の背後を取らせるとは』
油断も隙も無い…などと思うテュシアーだが、自分の真後ろには斧を配置している。
万が一に襲い掛かられても、"多分"守ってくれるだろう。
因みに正面5mの位置にアドウェナが佇んでいる。
互いに魔術師と言う視点なら十分に必殺の距離だ。
その危険性に内心で怯えつつも、テュシアーは平然と告げた。
「ハクメイとの出会いは偶然よ。その後は…まぁ色々有って、今は義姉妹の契りを交わした関係だわ」
「ほほぅ…義姉妹とは面白いわね。でも火炎島から南門省に来る理由が分からないわ。何より彼女は領督の実娘…そう簡単に島を出れる訳が無いでしょう?」
アドウェナの言い様に、疑問と違和感を覚えたテュシアー。
『んん? ハクメイを傀儡にしたなら、聞き出せそうなものだが…』
これは詰まり傀儡に出来ても、情報を引き出す事は不可能なのだ。
『そうか…成程な。自我まで支配するのは無理なのか』
或いは肉体だけを操作する魔法、または呪法と考えられた。
黙り込んだテュシアーへ、アドウェナは怪訝そうに首を傾げた。
「おや? 話せないの? なら私も何も話せないわね」
「待て待て! 少し考え事をしてただけだ。性急な奴め!」
「なら早く答えて貰えるかしら?」
『一々勘に触る奴だな』
「……領督から頼まれたのよ、ハクメイに世の中を見せてやってくれとね」
厳密には違うが、間違ってもいない。
「領督に頼まれた? 唯一の嫡子の旅を赤の他人に?」
更にアドウェナの表情が怪訝さを増した。
「色々有ってホウジーレン殿の信用を得たんだよ」
『領督が名前を呼ばせる程の仲だと?』
疑問ばかりが募るアドウェナ。
そして飽く迄も可能性だが、目の前の絶世の美少女が領督の愛妾なのでは?…と勘繰ってしまう。
「成程…そう言う事か。まさか男女の仲だったとはな…」
「ぅおいっ!!! そんな訳無いだろう!!」
ついテュシアーは突っ込んでしまう。
確かにホウジーレンは美青年だが、それは絶対に有り得ない。
自分はプリームスを唯一無二に愛し、その身内を最重視しているのだから。
「ふむ…まぁ確かにそうね。仮に愛妾だったとしても、実の娘を預けて旅なんてさせないわよね」
愛妾とは男の傍に在って意味を成す…そう考え直したアドウェナは少し落胆した。
「な、何だ? その残念そうな表情は?」
何故か薄寒いものをテュシアーは感じる。
「火炎島は私の狙いの1つでもあるの、一応の協調者としてね。もし貴女がロン領督の愛妾なら、貴女とハクメイ姫を人質に協調を迫れたのだけど…残念だわ」
そう答えた後、アドウェナは舌舐めずりを見せて続けた。
「それに断られたら面白いじゃない? 貴女を寝取ってロン領督を後悔させるのも面白いし」
『ひぃぃぃっ!?』
テュシアーは悲鳴が出そうになる。
不可思議な薄寒さは、潜在的に感じ取った貞操の危機なのだった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




