1520話・背水のテュシアー(3)
刹那の章IV・月の姫(19)も更新しております。
そちらも宜しくお願いします。
一息つく間も無くハクメイの攻撃が続く。
その一撃一撃は必殺の膂力が籠り、加えて数発に1回の割合で捕縛の挙動が含まれた。
これにテュシアーは悪戦苦闘してしまう。
ただ避け続けるだけなのだが、攻撃には緩急が有り一定では無かったからだ。
『おのれ! 妙に巧みな!』
只、その攻撃には技術が伴っておらず、”武人では無い”テュシアーでも辛うじて回避出来ていた。
つまりこの戦いは超絶者で在りながら、ずぶの素人2人が暴れている状態な訳だ。
全くもって身内…特に永劫の騎士には見せられない無様さだった。
『やはり変だ。達人的な動きをしたかと思えば、今は素人の様にも見える…』
アドウェナはテュシアーの動きを観察し、疑問と違和感ばかりが湧き起こる。
また強大な魔術を駆使するのは間違いない筈。
なのに防御への使用に留まり、遂には全く使わなくなってしまった。
『まさか…魔力枯渇寸前なのか?』
それなら合点がいく。
ならば残された魔力で、必殺の一撃を狙ってくるだろう。
只、1つ懸念が有るとすれば、やはり一度見せた並々ならぬ動きだ。
あれ程の動きが可能なら、少なくとも国家に仕える騎士団長級の実力に相当する。
その力を発揮され尚且つ魔法まで行使されると、手に負えなくなるのは明白だ。
『兎に角、警戒は緩めない方が良いわね』
「ぅおっ! わっ! ちょっ!?」
などと声を漏らしつつも、何とかハクメイの攻撃を躱し続けるテュシアー。
そんな状態で5分が経過し、流石のハクメイも息が上がり始めた。
『よしっ! 今なら』
テュシアーは残り少ない暗黒魔力を使い、アドウェナへ暗閃を放った。
「…!!」
『やはり狙っていたか!』
アドウェナは回避に全身全霊を注いだ。
恐らく掠っただけでも危険な魔法なのは明白。
反撃の事など考えず、可能な限り大きく避けたのだった。
『くそっ…警戒されていたか!』
そうして暗黒魔力が枯渇しかけたテュシアーは、耐え切れずに片膝をついてしまう。
『まずい…』
気絶するような勢いではない…しかし目眩がして視界が霞んだ。
「フフッ…やっぱり随分と消耗していたようね」
嘲笑うかのようなアドウェナの声がした。
直後、緩慢だった筈のハクメイが急に速度を上げる。
それは捕縛の体勢であり、片膝をついたテュシアーに避ける術は無かった。
標的を失った暗閃が壁に直撃し、凄まじい破砕音と瓦礫を周囲に撒き散らす。
それと同時にテュシアーはハクメイに押し倒されたのだった。
「⬜︎◯△×◯!!」
地面に背中を強打し、声にならない悲鳴が出るテュシアー。
『ほ、本当に不味い!』
よくよく考えれば他に色々と手段が有ったのだ。
なのに余力を計算せず、根拠の無い自信で力押ししてしまった。
今更ながらに自分とプリームスの差を実感するばかりだ。
馬乗りになったハクメイは、追撃はせずにテュシアーの両腕を押さえた。
『私を捕えるつもりか』
テュシアーの心は半ば諦めの状態に至る。
既に暗黒魔力は底を尽き、動き回った所為で体力まで限界に達していたのだ。
「…え?!」
伸し掛かるハクメイを前に、テュシアーは目を見開く。
雫が頬に落ちたのである。
ハクメイの表情は"無"そのもの。
しかし目からは涙か溢れ、体は小刻みに震えていたのだった。
『意識までは完全に操れていないのか?』
魅了か、或いは強制力の強い催眠系の魔法か…どちらにしろ、ハクメイに認識出来る水準の意識が有るのは間違い無い。
「ハクメイ…ごめんね。私と戦うだなんて、嫌だったろうに…」
このテュシアーの言葉で、更にハクメイの涙が溢れる。
それでもテュシアーを押さえ付ける膂力に、全くの緩みは起こらなかった。
つまり相当に硬度の高い強制力のなのだろう。
『大事なハクメイに残酷な事をしおって!』
怒りが沸々と湧き上がるテュシアー。
只では済まさない…そう誓った時、傍にアドウェナの気配を感じた。
「フッ…国を簡単に滅ぼしそうな超絶者も、これでは形無しね」
アドウェナはテュシアーを見下ろし皮肉るように言った。
「戦いと言うのは最後まで分からないものよ」
押さえ付けられて尚、テュシアーは不敵な言い様をする。
『何だ? この妙な自信は…』
怪訝に感じた刹那、アドウェナの中で警笛が鳴った。
それは相手の違和感の所為か、またはアドウェナ自身が培った危機に対する超感覚なのか?
どちらにしろ早々に片を付けねば安心為らない。
「終わりだ。貴女もハクメイ姫と同じく、私の傀儡となって貰いましょうか」
突如、何かが目の前に出現し、アドウェナとハクメイはギョッとする。
出現した物体…それは柄が2m近くにも及ぶ巨大な斧だった。
『なっ?! こんな物が何故!?』
アドウェナは困惑した。
されど考えるまでもない…目の前に押さえ付けられた超絶美少女の仕業に違いないのだから。
巨大な斧は両刃の部分を下にして、真っ直ぐに柄先を虚空へ向けている。
その様子は余りに異質あり不気味…故に一瞬にして場の空気を凍り付かせた。
『何か嫌な予感がする…』
何かされた後では不味い…そう考えたアドウェナは、直ぐにハクメイへ指示を送った。
それにハクメイは即時呼応し、両膝でテュシアーの両腕を押さえる。
そして空いた両手はテュシアーの首へ掛けられた。
『うぅぅ…締め上げて気絶させるつもりか…』
この状態ではテュシアーに成す術なく、されるがままに首が締め上げられるのを待つだけだった。
だがその時「ぎゃんっ!?」と声が上がる。
「…!??」
危険を感じ慌てて飛び退るアドウェナ。
上がった声は小さな悲鳴で、頭を抱えて蹲るハクメイの姿が見えた。
『一体何が?!』
目に止まったのは僅かに揺れる巨大な斧…それ以外には何も見当たらなかった。
「はぁ……やれやれ。か弱い女子を思いっきり押し倒すとは…」
などと言って徐に立ち上がるテュシアー。
その首筋には絞められた痕が痛々しく残っていたのであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




