1516話・テュシアー、最下層の戦い
刹那の章IV・月の姫(18)も更新しております。
そちらも宜しくお願いします。
音速を超えたハクメイの拳が、テュシアーの鳩尾に直撃した。
「…?!」
妙な手応えに困惑するハクメイ。
確かに直撃したのだが、まるで水面を殴ったかのような感覚だったのだ。
否…"ような"では無い。
テュシアーの体がハクメイの眼前で、実際に水の如く弾け飛んでいた。
しかもその直後に、何事も無かった様子で元の形に戻っていたのである。
不可解な現象を前に、ハクメイは咄嗟に後方へ飛び退った。
「フフフッ…これを私に使わせるなんてね。その身体能力だけなら、超絶者と言っても差し支えないわ」
などと不敵に告げるテュシアーだが、その胸中は焦燥に覆われていた。
『危なかった…何とか間に合ったが、そう何度も合わせられるか怪しいものだ』
実は体を液状化させた訳では無く、闇で作った液状の偽体を攻撃させたのだ。
その際、自身の存在力を一時的に消失させ、それに因って視覚的に偽体へ誘導したに過ぎない。
つまり相手が本物の超絶者で武人だったなら、恐らくは通用しなかっただろう。
「奇妙な技を使う」
突如、背後から聞こえた声にテュシアーは目を見張った。
「…?!」
『気配は無かった筈?!』
なら特殊な魔法などの方法で、ここに現れたに違い無い。
何にしろ正面に超絶者級のハクメイと、背後に不明瞭な魔術師?に挟撃された状態だ。
絶体絶命の危機と言えた。
「いや…技では無く魔術か?」
独り言を呟き出す。
『声からして女か』
魔神を引き連れて野営を襲った女…そうテュシアーは確信する。
そうなると迷宮の主か、或いは管理者であり、探す手間が省けたと言うものだ。
だが先ずは時間を稼ぎ、相手の隙を誘発させねば為らない。
「貴様も魔術師なのだろう?」
「魔術師…そうね。大きく区別するならばね。でも違うわ…私は妖術師よ」
背後の女は攻撃を仕掛けて来ず、悠長な口調で答えた。
「ほほぅ…妖術か、まぁ言い得て妙だな」
『うぅ…これじゃあ会話が終わってしまう!』
テュシアーは基本的に引き篭もり?なので、話術が上手い訳では無いのだった。
すると相手の方から話を繋げてくれる。
「貴女…眠りの森の団長よね? 私が持つ情報とは随分雰囲気が違うようだけど」
「フフッ…同一人物だよ。だけど違うとも言える」
思わせ振りに返してみるテュシアー。
この間、10mほど離れた位置からハクメイは動かない。
『どうやら指示が無いと動かないようね』
「ふ〜ん…興味深いわね。この迷宮の中層を崩壊させたのは貴女なの?」
「何か聞きたいなら、先ず名乗るのが礼儀だろう?」
相手が何者なのか、テュシアーは凡その見当は付いていた。
それでも回りくどい事をするのは、時間稼ぎでもあり、また相手の為人を知りたいからだ。
これはプリームスが使う手法で、それにテュシアーも倣ったのである。
これへ背後の女は機嫌を悪くする事無く、微笑みながら告げた。
「私はアドウェナ・アウィス…この迷宮の主よ。で、貴女がやったの?」
「ここに私が単身で来たのだ、それが答えだと思えないの?」
「……」
僅かな沈黙の後、アドウェナは言った。
「私と手を組まない? 迷宮を半壊させた事は目を瞑るから」
『はぁ??!?』
とテュシアーは声が出そうになる。
仲間を襲って致命傷を負わせた上、ハクメイまで攫ったのだ。
そんな話を受け入れる筈が無い。
沈黙するテュシアーを逡巡していると勘違いしたのか、アドウェナは優しげな声で続ける。
「私の目的は魔教の再興なの。貴女のような強者が居れば、その目的は容易に達成出来るわ」
『やはりそうか。だが…』
魔教を再興させた先に何が有るのか?
それこそが真の目的だとテュシアーは洞察した。
要するに"何かを成す為"、魔教の組織力が必要なのだろう。
『ここは乗った振りをして、少し事情を聞き出すのが良さそうか』
「魔教か…随分と昔に北方を蹂躙した邪道らしいな。そんなものを蘇らせて何をするつもりだ?」
「分かりきった事を訊くわね…北方の転覆に決まっているじゃない」
テュシアーは徐にアドウェナへ振り返った。
「……本気で言っているのか?」
「何が正道で何が邪道なのか…そんな物は勝者が勝手に決めた事に過ぎない。だからこそ北方の仕組みを全て破壊して、我ら魔教が本当の世界を築くのよ」
『こいつ…』
相当に重い妄執を抱えている…そうテュシアーは感じゾッとした。
偏った思想や妄執に囚われた者は、正直碌な奴が居ないからだ。
加えて何十年も以前から目的を成就する為、コツコツと地道に準備して来たのだろう。
その諦めない性根が恐ろしいとも思えた。
「手を貸してくれれば、きっと貴女の望みの物を与えられるわよ」
「それは全てが貴様の思い通りに進んだ場合だろう。そんな確実性の無い事へ、この私が手を貸すと? ふざけないで欲しいわ」
態とテュシアーは難色を示してみた。
相手が何を以って優位に動こうとしているか、また何を画策しているか…それを探る良い機会だと考えたのだ。
もし此方を重要視しているなら、引き込む為に凡その計画を話さざるを得ない筈。
『まぁダメ元だから、期待はしないが…』
などと期待半分、ダメ元半分で居ると、アドウェナは逡巡する様子を見せた。
「ふむ……」
『おっ?! もう少し揺さぶってみるか?』
淡い期待が希望に変化するが、そう事は上手く行かない。
相手が強かだったのである。
「私を信用出来ないなら、信用出来るように情報の共有は吝かで無いわよ。でもね、聞くからには引き返させないわ」
そうアドウェナが告げた刹那、いつの間にかハクメイがテュシアーの背後に立っていた。
「…!?」
即座に距離を取ろうとするが遅かった。
テュシアーは瞬時に羽交締めにされ、全く身動きが取れなくなってしまう。
『くっ! 他者にも"使えた"のか!?』
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




