1463話・褐色の副団長
刹那の章IV・月の姫(4)も更新しております。
そちらも宜しくお願いします。
ディーイーがシンを伴って一階へ降りると、カウンターの前に舎人然とした女性が立っていた。
その佇まいを一言で表すなら"凛々しい"が相応しいだろう。
彼女は淡い金色の打掛の上へ、漆黒の羽織りを身に纏い実に上品にも見える。
また黒髪は短めだが女性らしさを残し、その肌は北方人には珍しく褐色だ。
そして彼女の端正な顔が、凛々しさの根幹なのが窺い知れた。
『ほほぅ…随分と美人さんだな。しかし知らぬ顔だし…』
ディーイーは褐色の美女を見つめて首を傾げた。
褐色の美女はディーイーに気付き上品に会釈する。
「その仮面…眠りの森の団長ディーイー様ですね?」
「うん、こんな夜更けに何用ですか?」
「これは…夜分遅くに失礼しました。私は黒金の蝶の副団長サーディクと申します」
『副団長…? って事は都督側の人間か、』
敵対派閥の接触かと思い警戒したディーイーだが、少し肩透かしを食らった気分だ。
「その副団長様が態々出向くなんて、何か重要な話しですか?」
「あ…いえ、その様に込み入った事では無いのです。実は団長が個人的にディーイー様とお会いしたいそうで…」
サーディクの申し出に、ディーイーは唖然とした。
「……」
『えぇぇ…さっき会ったばかりじゃん』
厳密に言えば公式的な記録に残る会食だった。
だがディーイー側からすれば、公式だろうが個人だろうが同じである。
シンがディーイーの耳元へ囁いた、
「夜も遅いですし、断っても差し支え無いかと。ですが万が一にヤオシュ様が出張っているなら話は別ですね」
常に冷静で客観的視点のシン。
その彼女から常識論を元に助言されるのは、ディーイーにとって助けとなった。
『確かに馬車を停めてるっていってたし…ヤオシュが直接来てる可能性もあるわね』
ディーイーはシンに頷いた後、サーディクへ尋ねた。
「サーディク副団長は、お一人で来られたのですか?」
「いえ、ヤオシュ団長と参りました。ディーイー様が宜しければ…」
そう答えたサーディクは、外へ誘うように片手を差し出した。
『ちょっ?! これじゃぁ断れないじゃん!』
こう見えてもディーイーは、人として最低限の礼節を重んじる。
つまり夜更けに態々尋ねて来た"目上の人間"を、無情に門前払いなど出来る訳が無かった。
「えっと…馬車に乗れと?」
「はい、ご存知かと思いますが、馬車は密会や密談に適した空間です。ディーイー様にも都合が宜しいかと」
『この人…何を言ってるんだ?! 密会?密談?!』
ディーイーの中で困惑が深まるばかりだ。
しかしながら断る訳にはいかず、諦めて店の出口に向かう。
「分かったわ…」
これに随行しようとシンも後を追うが、サーディクに遮られてしまう。
「お待ちを」
「……ディーイー様のお世話をしなければ為りません。道を塞がないで頂けますか?」
珍しく不快さを隠さずに言うシン。
負けじとサーディクは辛辣な声音で返す。
「お世話でしたら私がしますので、貴女の心配には及びません」
「ちょっ!! 2人とも落ち着いて!」
慌てて止めに入るディーイー。
こんな所で揉められては、余計に状況が面倒になるだけである。
「失礼致しました」
直ぐにディーイーへ謝罪し一歩下がるサーディク。
だがシンには謝罪する素振りさえ見せない。
どうやらシンを格下だと見ているようだ。
それでもシンは気にした様子も無くディーイーへ告げた。
「断られた方が宜しいのでは? 随行を許可しないなんて、誘拐と変わりませんよ」
サーディクはムッとしたのか、苛立ちを抑えながらも反論した。
「失礼な事を言いますね。私は歴とた黒金の蝶の人間です。犯罪など犯す訳が無いでしょう」
「さて、それは如何でしょうね。権威者は真実を捻じ曲げて、都合の良い事実に書き換えますから」
辛辣なシンの言葉に、流石にサーディクも顔色を変えた。
「言ってくれますね、高々付き人風情が」
対してシンは一切顔色を変えずに告げる。
「付き人? 確かに私はハクメイ様やディーイー様のお世話を致しますが、"歴とした"眠りの森の傭兵ですよ」
「え……団員?」
と少し驚いた顔をするサーディク。
本当に只の従者が付き人と思っていたようだ。
「2人とも良い加減にしてくれる? ここで言い争いを続けるなら、私は1人で貴女達の知らない所へ出掛けるわよ」
このディーイーの声は凛として澄んでおり、怒りの語調など全く含まれていない。
なのにシンとサーディクは表現し難い恐怖を覚える。
「「……!」」
そうして自分達がディーイーを"差し置いて"、勝手な振る舞いをした事に後悔した。
「申し訳ありません…」
「不躾な行為でした、お許しください…」
2人から深く頭を下げられ、ディーイーは溜息をついた。
「はぁ……反省したのなら別に構わないわ。で、私は馬車に乗れば良いのよね?」
「はい…宜しいのですか?」
怖々と尋ねるサーディク。
「宜しいも何も…仕方無いでしょ」
とサーディクへ嫌そうに返したディーイーは、シンへ続けた。
「シンさんは2階に戻って皆んなに伝えておいて」
「承知致しました…」
「さて…馬車まで案内してくれる?」
ディーイーは片手を差し出した。
それは恰もエスコートを求める淑女のようである。
だがディーイーの姿はパーティーへ赴く様な姿では無い。
何故なら部屋着と言うか、もはや寝巻きだからだ。
しかもキャミソールにショートパンツと露出度が高く、上に羽織っている薄いローブが無ければ痴女である。
そんなディーイーから差し出された手を、サーディクはジッと見つめた。
『ふむ…女の私でも"守りたい"したくなる華奢さだわ』
「はい…馬車の中で団長がお待ちです」
故にサーディクは当然の如く、ディーイーの手を取り出口へ誘ったのであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




