月の姫(20)
フィートとフラウが応接室に案内され、15分も経たない内にクシフォスが戻って来た。
普通なら突発的な面会は、貴族ならば来客を1時間は待たせたりする。
また大貴族などなら下手をすれば、その日に謁見や面会が出来ない場合も有り得るのだ。
なのにクシフォスは、ものの15分…明らかに早過ぎると言えた。
「急に押し掛けた形ですのに、申し訳有りません」
とフラウはソファーから立ち上がって首を垂れた。
因みにフィートはと言うと、最低限の礼節として同じく立ち上がるだけだ。
これにクシフォスはドカリと向かいのソファーに座り、
「いやいや構わんさ。取り敢えず掛けてくれ」
と藹々たる雰囲気で返す。
こうして和やかな空気の中、舎人研修の話が始められた。
「さて、お嬢ちゃんは通いか? それとも泊まり込みか?」
クシフォスの端的過ぎる問いに、フラウは苦笑いを浮かべる。
『相変わらず大雑把な方ですね』
「何か不都合が無ければ、一応は通いを予定しています」
普通ならば執事や専属の舎人が間に入るのだが、今回は大公爵自ら手続きをするようだ。
それ自体は別に構わないのだが、大雑把過ぎて手落ちにならないかフラウとしては心配な所である。
「ふむ…確か王都の端っこだろ? そこから通いは面倒だろうに。1週間程度なら泊まり込んでいったらどうだ?」
クシフォスの提案に、フラウはフィートを見やった。
全てはフィートの意思次第だからだ。
勿論、危険が伴う事が有れば、そこは安全を最優先にして譲るつもりは無い。
するとフィートは端的に答えた。
「お世話になります」
『早っ!』
ズッコケかけるフラウ。
もっと考えて欲しい…などと思いつつもクシフォスへ告げた。
「と、申しております」
「はははっ! 気風が良い嬢ちゃんだな。よし、1週間快適に過ごせる環境を用意させよう」
「嬢ちゃんでは無く、フィートです」
「すまんすまん。仕事なんだしな、子供だからって失礼だったか。ではフィート嬢、1週間の研修は俺の補佐を頼むぞ」
意表を突く大公爵の言い様に、フィートは僅かに目を丸くした。
「え……いきなり閣下の補佐ですか? 専属の舎人の方が居られるのでは?」
クシフォスは苦笑いを浮かべる。
「いや、それがだな…俺が悪いのか相手の根性が無いのか、全く長続きしなくてな。直ぐに辞めちまうんだよ」
鷹揚で大雑把なクシフォスの性格は、貴族の間では有名だった。
同時に人情味が有り、信義に厚いのも良く知られている。
それらを鑑みても舎人が辞めてしまうのは、恐らく他に致命的な問題が有るのかも知れない。
それでもフィートは特に気にならなかった。
『成程…でも私には関係ないわ』
荒野での生活に比べれば、人間が暮らす世界での問題など然して脅威では無い。
「左様ですか。では、その辺りも私なりに調査しましょう」
「調査って……ふはは!」
フィートの反応に、クシフォスは思わず笑いが出た。
「…? 何か?」
「いや…何でもない。兎に角だ、1週間の舎人研修だが、俺の面倒を見る事になるだろう。色々と宜しく頼むぞ、フィート嬢」
フィートは恭しく機械的に首を垂れた。
「承りました」
こうして電撃的に決まったフィートの舎人研修。
しかしながら義父役のフラウとしては、安堵よりも危惧ばかりが募るのだった。
『何も問題が起こらねば良いのですが…』
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フィートは使用人の女性に案内され、レクスデクシア邸の客室へ来ていた。
そこは3階の角部屋で日当たりもよく、内部は居間、寝室、浴室の3室に分かれていて実に快適そうだ。
「研修に来ただけですのに、こんな立派な部屋を使っても宜しいのですか?」
と無表情に尋ねるフィート。
これは暗に「待遇に見合うお返しは出来ない」と告げているのだ。
しかし使用人の女性は「旦那様の指示ですので」の一点張りである。
つまりフィートと同じく与えられた役目以上の事はせず、また"出来ないし言えない"と告げているのかも知れない。
「そうですか…」
何とも融通が利かず、フィートは少し落胆する。
『この程度の人間が大公爵の邸宅で従事しているのか…』
これが弁えているのか、はたまた頭が固いだけなのかは何とも言えない。
仮に決まった事しか出来ないのなら、相当に人材の水準が低いと言えるだろう。
その後は侍女に替わり、フィートは屋敷内を案内される。
この侍女は口数も多く、先程の使用人よりは愛想が良かった。
考えるに大公爵に仕える者は貴族が殆どで、見識などの水準が平民より高いからだど思われた。
『それでも優秀とは言えないかもね』
育ちが良かろうが悪かろうが、無能な者は無能である。
要するに先天性の無能は、余程の事が無い限り改善される事は無い…そうフィートは考えていた。
そうして案内の最終地点はクシフォスの執務室だった。
「どうだった屋敷内は?」
侍女を下がらせたクシフォスは、行儀悪く執務机に腰掛けて尋ねる。
「広くて実に綺麗な内装でした。きっと使用人や侍女達が優秀だからでしょうね」
前庭で聞いたような事を言われ、クシフォスは吹き出した。
「ぶはっ! フィート嬢は面白いな…プププ」
そして笑いを何とか抑えて続ける。
「俺が言いたいのは人の質だよ。フィート嬢の率直な意見を聞きたい」
『ほぅ…この方は一応分かっていたのね』
「……僭越ながら"言質"を頂いたと解釈しますよ?」
「おおよ! 構わん、ズバッと言ってくれ」
「分かりました…では、」
フィートは抑揚無く事務的に、また忌憚なく話し始めたのであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




