月の姫(18)
邸宅敷地内へ続く扉から現れた存在。
それは非常に巨大でフィートは目を見張った。
「……!」
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
と巨大な存在が、片手でフィートを抱きとめて尋ねた。
「え……あ……だ、大丈夫です」
直ぐに抱き留められた腕から離れるフィート。
この巨大な人間に打つかって少々鼻先は居たいが、これと言った怪我は無い。
すると後ろに居たフラウが会釈をしながら言った。
「これはこれはレクスデクシア大公爵閣下。お久しぶりです…」
「はははっ! フラウ・ダートル男爵か。振る舞いは適度だが、その堅苦しい呼び方は止せや」
などと鷹揚に笑いながら大男は返す。
そう、この男が現レクスデクシア大公爵家の当主・二代目武神ことクシフォスであった。
『え…?! この人が大公爵閣下?!』
余りに貴族らしからぬ風貌で、フィートは目を丸くした。
一言で表現するなら、少し品が良い傭兵…そんな感じなのだから当然だろう。
「フフフッ…私の事を名前から爵位まで全呼びでは無いですか、閣下こそ堅苦しいのでは?」
これにクシフォスは楽しそうに笑みを浮かべる。
「歯に衣着せぬ言い様は相変わらずだな。まぁ、そんな所を気に入ってるんだが」
「恐縮です…」
そう返したフラウは、チラッとフィートへ視線を送った。
権威者の相手をする場合、その為人を把握して上手く取り入るべきなのだ。
その実践を彼女に見て貰えているか、それとなく確認したのである。
しかし…そんなフラウの配慮も無駄に終わる。
何とフィートは他所の方向を向いており、全く此方の遣り取りに関心がない様子だったのだ。
『えぇぇ?!』
「ところで、そのお嬢ちゃんは何なんだ? フラウの連れなのか?」
クシフォスに聞かれ、直ぐにフィートの傍へ行って答えるフラウ。
「はい、私の養女でしてフィートと申します。実は此方で舎人の研修をさせて頂く事になりました」
そしてソッとフィートへ囁いた。
「さぁ、ご挨拶を」
フィートはクシフォスへ向き直ると特に畏まる事も無く、軽く会釈して告げる。
「フィート・ダートルです。お世話になります」
『ちょっ!?』
フラウの胸中は焦りで一杯になる。
相手はリヒトゲーニウス王国の2大大公爵の一人なのだ。
そんな相手に素っ気なく挨拶するのだから、流石に肝が冷えてしまう。
対してクシフォスは、ジッとフィートを見つめた後に笑みを浮かべた。
「フフッ…噂通りだな。相手に媚びず全く愛嬌が無い。その反面、実に丁寧且つ迅速な業務作業をこなす。面白そうな嬢ちゃんだな」
ホッと胸を撫で下ろすフラウ。
『やれやれ…どうやら不興は買わなかったようですね』
「噂…ですか? 私は噂されるような著名人では有りませんが?」
などと言ってフィートは首を傾げた。
ニヤニヤしながら答えるクシフォス。
「貴族社会ってのはな、まぁまぁ暇なんだよ。それで俺の所に不愛想な新人が居るって噂が流れてきたんだ」
明らかに値踏みしている風で、フィートに興味津々の様子だ。
「成程……それは余り良い噂では無いですね。私としては気にしませんが、閣下は気にするべきかと?」
皮肉めいた返答には特に気にする事も無く、フィートは逆に辛辣な返しをする。
だがクシフォスも全く気にしない。
「はははっ…! で、俺の所で何回目の研修だ?」
「閣下の所で4回目です」
「ほほう……そうか、そうか。嬢ちゃんよ…俺の耳へ届くように仕組んだだろ?」
まさかの問いにフィートでは無く、フラウの表情が真っ青になった。
『なっ?!』
一方フィートは、大して焦った様子も見せずに首を傾げる。
「はて…? どうしてそう考えられたのですか?」
その仕草は態とらしく、しかも語調は抑揚無く辛辣に聞こえる…相手に因っては怒りを買いかねない振る舞いだ。
気が気でないフラウが見守る中、クシフォスが少し楽しそうに答えた。
「俺は体裁ばかり気にする貴族が嫌いだ。しかし上位貴族に仕える舎人の殆どは、そう言った貴族出身ばかりでよ…正直ウンザリしていた。だから常日頃、俺は会う奴に公言している。愛想が悪くても良い…体裁を気にしない優秀な舎人が欲しいってな」
このクシフォスの言葉は全く答えになっていない。
故にフィートは、いつも通りの反応をして見せた。
「…? 閣下の事情報告など私は求めていませんよ? それとも私の質問の意図を理解してらっしゃらない?」
『ちょっ、?! フィートさん??!!』
つい叫びそうになるフラウだが、そこは何とか堪える事が出来た。
その代わり「これ以上の失礼は止めなさい!」と必死で目で訴える羽目になる。
されどクシフォスと会話をしているフィートが、フラウへ一瞥さえする事は無かった。
自分を大公爵と思っていないような言い様…そんな彼女に、クシフォスは小気味良さを感じた。
『面白いな…この嬢ちゃん』
成人にも満たない10代の少女が、果たして大の大人相手に対して辛辣な台詞を吐けるだろうか?
しかも自分は双璧の一人…武神クシフォスなのだ。
『フッ…少し揶揄ってみるか、』
そうして楽しくなって来たクシフォスは、この愛想の悪い少女と”柔らかめ”の舌戦をしたくなってしまう。
「ハハッ! 嬢ちゃんこそ分かってないな…俺は”暗”に答えたんだ。それを汲めないとは、噂と違って大した事は無さそうだな」
この言葉に、フィートの右眉が僅かにピクリ…と動いたのであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




