月の姫(12)
屋敷の地下に案内されたフィートは、その漆黒の空間に息を飲む。
そう…ただ灯りの無い地下室では無く、そこは厳かな祭壇だったのだ。
フィートの背後で、静かに告げるフラウ。
「もう既にオスクロ神は顕現なさっています。ご挨拶を…」
言われるまでも無く、フィートは超常的な威圧感を感じ取っていた。
「オ、オスクロ神様…お久しぶりです」
もっと良い言葉が有った筈だが、緊張の余り上手く頭が回らなかった。
「フフフッ…そう畏るでない。そなたはスキアの大切な信徒…いや、女王なのだからな」
と魔力の篭った言霊が返って来た。
それは限り無く抑えて尚、これ程に威圧的になってしまう。
その配慮が無ければ、フィートとフラウは気圧されて気絶していたに違いない。
「あなた様とスキア神は一体どのような間柄なのですか?」
このフィートの素朴な疑問は余りにも不躾だったのだろう、背後のフラウが極度の緊張で固まってしまった。
察したオスクロは、柔らかな口調で2人へ告げた。
「フフッ…構わぬ。無知とは罪ではあるが、若さの証でもある。その若さこそが情動を生み出し、余の糧となり余を愉悦に導くのだからな」
これが意図した言霊だったのか、硬直したフラウの体から緊張が抜ける。
「ご、ご配慮痛み入ります」
そしてフィートはと言うと、完全に緊張が解けたのか逆に振ら付いてしまう。
「さて、先程の問いだが、答えは余の娘と言って差し支えない。只、スキアが如何に思っているかは別ではあるがな…」
とオスクロは自嘲気味に言った。
「成程…」
と相槌を打ったものの、何が成程なのか正直理解に至っていないフィート。
兎に角はスキア神とオスクロ神が敵対するような関係で無く、胸を撫で下ろすばかりだ。
「さて…余に会いに来て、只の挨拶だけで終わらせるのも味気なかろう。何か望みが有るならば申してみよ」
このオスクロ神の言葉に、フィートの心臓がドキッと跳ね上がった。
全く期待をしていなかった訳では無い…だからこそ、まさかの言葉に身体中へ緊張が走ったのでる。
「は、はい…」
それでも本当に口にして良いのか逡巡してしまう。
「如何した? 言い難い事なのか?」
相変わらず強大な魔力を含む言霊だが、それは先程にも増して抑制されていた。
「い、いえ……その、私の封印された能力は、必要とした際に使う事が可能なのでしょうか?」
「ほぅ…折角の封印を解いて力を行使したいと?」
そのオスクロ神の問いは、"神の施しを拒むのか?"…そうフィートの耳には聞こえた。
そもそも王族の力を封じたのは、魔神を呼び寄せる体質を完全抑制する為なのだ。
「も、申し訳有りません」
「フフッ、フフフッ…初めに会った頃の威勢は何処へ行ったのだ? 余は、そんな其方を気に入っていたのだがな」
「え……」
呆気に取られるフィート。
不敬を働いて気に入られるなど、普通なら有り得ないのだから。
「何より其方は、余にとって重要な存在なのだ。多少の不敬など何の問題も無い」
「……」
フィートの背後に居たフラウは、そのオスクロの言葉に驚愕した。
何故ならオスクロ神は信徒に寛大ではあるが、それ以外には非常に厳格だからだ。
フラウが思うにフィートの扱いは信徒以上で、神子や大司祭に匹敵する。
つまり他神の信徒であっても、それを物ともしない重要性がフィートには有るのだ。
一方フィートは、如何に振る舞えば良いのか分からずに居た。
「恐縮です…」
すると闇の中でオスクロの気配が揺れる。
「どうやら逆に萎縮させてしまったようだな。すまない…スキアの子よ」
果たして神に謝罪された人間が居るだろうか?
この事実にフィートは慌て、フラウは再び硬直する羽目に。
「め、滅相も有りません!」
「…!!」
「フッ…兎に角だ、其方に掛けた封印を限定的に解除する事を許す」
そうオスクロは告げた後、僅かに言霊を強めて続けた。
「されど3度までだ。加えて余が納得する理由で無くては為らない」
「理由は……有事の際に力が無くては自分も、それに同朋も守れないからです」
「ふむ…当然の理由ではある。が、其方を守る為に"そこの男"や"奴"が居るのだ。其方が案ずる事では有るまい?」
フィートは小さく首を横に振った。
「ただ守られるだけでは嫌なのです。私は民を"脅威"から守る為に存在する王族…その誇りが許しません」
闇が、この空間の全てが大きく揺れ動く。
それは決して怒りなどでは無く、柔らかくて、なのに強い波動を含んでいたのだ。
「フフフッ…ハハハッ! 実に小気味良い。今世の下劣な権威者に聞かせてやりたい程だ」
これ程に愉悦を表現して見せた神が、未だかつて存在しただろうか?
否…そもそも超次元の存在が、人の前に顕現するかど有り得ないのだから。
故にフィートとフラウは、この状況を目の当たりにして呆然とせざるを得ないのであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




