月の姫(11)
フラウから差し出された手紙を、フィートは怖々と受け取った。
その手紙の内容が決別だったら…と、つい勘繰ってしまったのだ。
しかし危惧と反して手紙の内容は、アポラウシウスの小言や、フィートを心配する事ばかりだった。
「何と書かれていましたか?」
微笑みながら尋ねるフラウ。
「……その顔、初めから手紙の内容を知っていたのですか?」
「いえ、知りませんよ。只、今のマスターは貴女の事を第一に考えていますから、大体の内容は予想がつきます」
『私を第一に…』
フィートは安堵する気持ちと、妙なムズ痒さを覚えた。
「手紙を拝見しても宜しいですか?」
「え? あ……はい。どうぞ…」
少し躊躇われたが、読まれて困る事は書かれていない。
手紙に目を通したフラウは、ニヤリと笑みを浮かべて言った。
「やはり貴女は大事にされていますね」
『これは意外だな…』
フィートを庇護下に置いているのは、アポラウシウスの崇高な使命に関係が有るからだ。
そこには一切の私情など入る余地が無い筈…なのに子を思う親のような文面が、その手紙に記されていたのである。
「本当にそう思いますか?」
「はい。いつも飄々として超絶的なマスターが、貴女の前では恰も人の親のようになります。それだけ貴女が特別なのでしょうね」
「そうですか…」
少し含羞むフィート。
そんな彼女とマスターが、ある意味で似たもの同士なのでは?…とフラウは思えてしまう。
どちらも本心や気持ちを表現するのが下手で、その反面では色々と超絶的なのだ。
兎に角は彼女の機嫌が良くなって、預かる身としては一安心である。
「ところでフィートさん…今後の生活方針なのですが、何か望まれる事はありますか?」
急に話を変えられ、フィートは首を傾げた。
「生活方針…ですか?」
「はい。まあ端的に申しますと人生設計ですね。どんな職種に就き、どんな暮らしをしたいのか。或いは何不自由無く怠惰な生活を送りたい…とかですかね」
後者は極端な例だが、フィートが望むなら不可能では無い。
その方がフラウとしては、寧ろ守り易いと言えた。
「……」
暫く思考した後、真顔で答えるフィート。
「盗賊ギルドのような闇組織を作って、社会を裏から操作するとか?」
「え……本気で言っているのですか?!」
これにはフラウも慌てて聞き返してしまった。
「冗談ですよ」
本気でズッコケるフラウ。
「じょ、冗談なのですか…脅かさないで下さいよ」
「フフッ…貴方も慌てる事があるのですね」
「私は只の人間ですから…慌てる事もありますよ」
フラウの任務はフィートを守り、その願いを可能な限り叶える事である。
つまりどんな無理難題でも、"可能な範囲"で遂行せねば為らないのだ。
そしてその精神的負担は相当な物で、フィートが常識人である事を願うばかりだった。
『やれやれ…冗談を言えるだけの常識は有るようですね』
「差し当たっては…マスターの役に立てる立場になりたいです」
「そう言えば上級貴族の舎人になりたいと言っていましたか」
「このリヒトゲーニウス王国の情報が必要なら、私を利用して欲しいのです。舎人なら暗部のような危険も無いでしょう?」
フィートにしては少し言葉に熱が入った。
この話はアポラウシウスと散々議論を尽くした。
結果、アポラウシウスを折れさせるに至ったが、フラウからは承諾を得ていない。
もし断られれば振り出しに戻ってしまい、折角の目標が台無しになる…故に熱が入るのも当然だった。
「舎人…しかも上級貴族となると、それなりの努力が必要になります。なれたとしても嫌な事を経験するかも知れません、それでも構わないのですか?」
「構いません。あの荒野での生活に比べれば、然して大した事など無いです」
強大な魔獣と戦い続け、その死肉を喰らって生きた生活。
あの地獄のような過酷さに比べれば、人間の世界など平和この上ないとフィートは思えた。
「成程…貴女にとって今は、ぬるま湯なのでしょうね」
そこまで言ったフラウは、少し居住いを正し続けた。
「分かりました。では舎人ならば私の専門分野ですからお教え致しましょう。ですが、その前に見せておきたい場所が有ります」
思わせ振りなフラウの言い様に、フィートは首を傾げた。
「場所? この屋敷から出るのですか?」
「いいえ、この屋敷の地下です。きっと貴女の拠り所になるかと」
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屋敷の地下に案内され、フィートは息を飲んだ。
そこは見知った空間に酷似していたからである。
「ここは…ひょっとして祭壇ですか?」
フィートの問いに、フラウは頷いた。
「はい、その通りです。正しい祭壇を用意すれば、オスクロ神は何処にでも降臨なさいます」
「降臨……」
半ば呆然と呟くフィート。
自分は月の神を信奉するが、一度も傍に感じた事は無い。
なのに無名とも言える神が、その力と存在力を信者でも無い自分に見せてくれたのだ。
これは正に明確な"応え"であり、他の神と比べると異質で抜きん出る存在と言えた。
「フィートさん…貴女が求めるなら、いつでもオスクロ神は施しを為さるでしょう」
そうフラウが告げた直後、漆黒の空間に何かが顕現したのだった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




