月の姫(9)
フラウ・ダートル…彼は王都エスプランドルの郊外に屋敷を構える準男爵だ。
数年前に金で爵位を買った、"表向き"は生粋の商人である。
買ったとは聞こえが悪いが、借金苦で困窮していたダートル家に、フラウが手を差し伸べ肩替わりしたのが切っ掛けだ。
その対価としてダートルの家長がフラウに養子縁組を提示した…これが大まかな経緯となる。
しかし実際は爵位を得る為に、ダートル家が借金苦に陥るよう工作したのは言うまでも無いだろう。
そう言った事も生業にするのが"盗賊ギルド"なのだから。
こうしてリヒトゲーニウス王国へ、アポラウシウスの工作員が貴族として潜り込むに至る。
そしてこのフラウ・ダートルにフィートは養子縁組をする事となった。
「何だかややこしいですね。ここまで来ると貴族の血統は無いも等しいですし」
と馬車に揺られながらフィートは言った。
現在フィートとアポラウシウスは、リヒトゲーニウス王国の王都エスプランドルを目前としていた。
セルウスレーグヌム王国からの道程は、途上の観光を兼ねて2週間を敢えて費やした。
これは"世界を知らない"フィートへ、アポラウシウスが配慮したからだった。
向かいに座るアポラウシウスが苦笑いを浮かべる。
「実際のところ下級貴族の多くは、血統を維持している方が珍しいのです。その反面、上位の大貴族は拘っていますがね」
まったくもって馬鹿らしい…そう思わずには居られない。
王権もだが、強力な権威ほど世襲制度は危険なのだ。
『優秀な者が後を継ぐ…それが偶然嫡子ならば問題無いが、』
無能が生まれれば世襲に因り家門は衰退、国家ならば下手をすれば滅びるだろう。
その損失を鑑みるならば、後継争いで血が流れる方が余程に良い。
「やっぱり下級貴族だと収入が少ないからですか?」
「そうですね。領地が無い名ばかりの貴族も居ますし、それらは総じて貧乏貴族ですよ。半端な身分の高さに固執して、社会的地位が低いとは愚の骨頂ですね」
「まるで以前の私みたいですね…」
ぼそりと呟くフィート。
これにアポラウシウスは妙に慌ててしまう。
「いえいえ、それは違います。そもそも貴女は…月の民一族は人の世から隠遁していたでしょう。ですから人の世の理を基準には出来ません」
「フフフッ…そんな必死に否定しなくとも、分かっていますよ」
「…! やれやれ…自虐的な冗談と言う訳ですか」
揶揄われた事に気付くアポラウシウス。
だが不思議と嫌な気はしなかった。
そうこうしていると馬車が止まり、御者が扉をノックした。
「旦那様、到着しました」
「さて…いつもの格好は”どちらでも”今は不都合ですからね。簡単に変装をしておきますか」
そう呟いたアポラウシウスは、懐から何かフサフサした物を取り出す。
そうしてフィートから暫く顔を逸らした。
そしてアポラウシウスが向き直ると、その顔を見たフィートは呆気に取られる。
「え……」
「何ですか?」
「いえ…素顔が見れると思ったのに、まさかそれが?」
信じられず聞き返すフィート。
何故なら仮面と帽子を取った彼が、禿頭と口髭の初老に見えたからだ。
「フフフッ…貴女が舎人にでもなって、セルウスレーグヌムでの私に会えるなら、私の素顔を見る事も出来るかも知れませんね」
「やっぱりその頭も偽物ですか…」
フィートは妙に落胆した様子を見せた。
首を傾げるアポラウシウス。
「んん? どうして残念そうにするのですか?」
「だって…私の事ばっかり知られて、マスターは何も教えてくれませんから」
『拗ねている訳か…』
意外なフィートの反応に、アポラウシウスは表現し難い嬉しさを覚える。
フィートを保護したばかりの時は、まるで人間味を感じさせなかった。
そう思うと随分な進歩である。
恐らく月の王族としての能力を完全に抑え、殆どの記憶を封印したお陰だろう。
「フフッ…私に言わせれば全てが真実で、また全てが偽りなのです。志を同じくする仲間ならば、そんな事など然したる問題では無いでしょう?」
煙に巻く言い様に、フィートは諦めた様子で溜息をついた。
「はぁ……まぁ良いです。これからの私もマスターと同じで、偽りに満ちた人生を送るのですから」
『この子は本当に一言多いですね…』
などと思うアポラウシウスだが、よくよく考えれば因果応報とも思えなくも無い。
いつもノラリクラリと誤魔化し、飄々とした態度を続ければ、誰だって捻くれると言うものだ。
『関係性については追々修正するとして、すべき事をしなければ為りませんね』
「フィートさん…この姿での名はアス・トゥートと言います。フラウ・ダートルと同じ商人出の準男爵となります」
「また準男爵ですか。で、同じく家庭教師業を生業ですか?」
「いえいえ、私の方は貿易業ですよ。本籍はセルウスレーグヌム王国にしてありますからね」
「ふ〜ん…」
興味無さげに相槌をうつフィート。
その時、馬車の扉がノックされた。
「マスター…いえ…アス・トゥート卿、遠路はるばるお疲れ様でした」
続いて聞こえたのは中年男性の声であった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




