月の姫(8)
急にフィートへ舞い降りた養子縁組の話。
これに当人では無く、それを告げたアポラウシウスが困惑する羽目に。
何故ならフィートが、"アポラウシウスの養子"になるのか?…と尋ねたからだ。
「どうして私が貴女を養子にするのですか? 娘が生まれたばかりだと言うのに…」
半ば呆れた口調でアポラウシウスに返され、フィートは首を傾げた。
「はて? 何か変な事を言ってしまいましたか?」
今度は頭を抱えるアポラウシウス。
「はぁ……私の籍に入れば、"私が"要らぬ疑いを掛けられてしまいますよ。それに貴女も自由に振る舞えなくなります」
「……男爵は大して高位では無いでしょう?」
『この子は…』
ああ言えばこう言う…そんなフィートに少しばかりアポラウシウスは苛立ってしまう。
「そう遠く無い未来に、私は"それなり"の地位に就きます。そうなると色々とややこしいのです」
「ふ〜ん……で、誰と養子縁組をするのですか?」
『私に対して損在な口を利くのは貴女くらいですよ…全く!』
などとアポラウシウスは内心でボヤいた。
「リヒトゲーニウス王国の下級貴族です。まぁ私直属の工作員ですがね」
「成程…下級貴族ですか。"他国の爵位"ですから、きっと準男爵辺りですよね?」
「……どうしてそう思うのですか?」
「最下位の騎士爵は一般市民でも受けられますが、何か功績を上げないといけません。やはり手っ取り早いのは、金で買える準男爵かと」
流暢に講釈を垂れるが、そのフィートの語調には殆ど抑揚が無い。
更には終始無表情なので人間味も無い…常人が相手なら、間違い無く不気味がるだろう。
しかし相対するアポラウシウスは違った。
「フフフッ…正解です。良く私の事や世情を勉強していますね」
この三年でフィートは人間の生活にも慣れ、"これでも"随分と人間らしくなったのである。
故に嬉しくなったのだった。
「時間は沢山有りましたから。でも殆ど屋敷の敷地内から出れなかったので、人の営みを肌で感じれていません…」
フィートには珍しく、言葉尻に消え入るような語調が含まれていた。
「そうですね…ですから養子縁組をして人の生活に溶け込むのです。それで学校にでも通い、何か好きな事でも見つけると良いでしょう」
「好きな事?」
「はい。貴女が興味を持って、やってみたい事です。趣味で終わっても構いませんが、貴女の人生の根幹となれば越した事はないでしょうね」
フィートは熟考するように顎へ手を置き、1分ほど黙り込んでしまう。
「フィートさん? どうしたのです?」
アポラウシウスは少し嫌な予感がしたが、訊かずには居られなかった。
「……私は…マスターの役に立ちたい。駄目ですか?」
「役に立ちたいと言われましても…盗賊ギルドの長である"私"に対してですよね?」
「はい、駄目ですか?」
「……」
逡巡してしまうアポラウシウス。
手駒が増えるのは嬉しい事だが、それをフィートに求めてはいないからだ。
そもそもは守るべき対象であって、決して部下でも僕でも無いのだ。
『う〜む…一般人に偽装させるつもりが、闇組織に属しては本末転倒ですよ』
少なからず危険が付き纏う…そんな人生を送らせたくは無い。
「マスター…私は貴方に恩が有るの。だから何らかの形で返したい」
『困りましたね…』
頭を抱えるアポラウシウス。
今までフィートは大人しく従順に過ごしていたが、一旦思い立つと極端に一途な面を見せたりする。
最近では簿記技能を覚えたいと言い出し、それが余りにも執拗だったので、仕方無く教師を付けた事も有る程だ。
仮にここで拒否しても、恐らく執拗に恩を返したいと言うだろう。
『なら可能な限り安全を担保するしか無いか…』
結局はアポラウシウスが折れるのである。
「仕方ありませんね…ならリヒトゲーニウス王国の下級文官は如何ですか?」
「……また下級ですか」
少し怪訝そうにするフィート。
「勘違いしないで下さい。下級と言っても大貴族付きの舎人や補佐官ですから、割と実質的な地位は高いのですよ」
「それならマスターの役に立てますか?」
中途半端な役目では、大して貢献出来ない…そうフィートは考えていた。
「そうですね…大貴族となると侯爵や大公爵になりますから、その舎人になれば国家的な情報も得られるでしょう。盗賊ギルドの長としては、中々に有難い情報となりますね」
「分かりました…下級文官を目指します」
フィートが穏便な方を選択し、取り敢えずは胸を撫で下ろすアポラウシウス。
『まぁ人の世を知るのなら、南方の議長国は打って付けでしょうね』
「さて、貴女が養子縁組をする準男爵は、フラウ・ダートルと言う男です。私に忠実な部下ですので、フィートさんは何も心配いりませんよ」
「フラウ・ダートル……表向きは何をしている方ですか?」
「家庭教師です。貴族の子女相手にね、」
そう答えたアポラウシウスは、ニヤリとフィートへ笑みを浮かべたのであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




