月の姫(5)
小さな燭台に灯された1本の蝋燭。
その明かりは周囲を照らすが、この空間の闇が濃すぎるのか、全く広さが分からない。
そんな部屋にフィートは足を踏み入れた。
否…もはや部屋なのかさえ分からない。
ただ理解できるのは、ここが地下深くの場所と言うことだ。
また現実なのかさえも怪しく感じさせる。
何故なら物理法則を捻じ曲げた様な違和感…人が…生命が原始の恐怖を覚えさせる威圧感、それが周囲を満たしていたからだ。
『何なの?! ここは本当に人が居られる空間なの?』
魔神にさえ恐怖を感じなかったフィートは、この空間を前に足がすくんだ。
「大丈夫です、貴女に危害を加える事は有りません。貴女が感じているのは畏怖なのですから」
と背後からアポラウシウスの声が聞こえる。
しかし声が聞こえても闇が深すぎるのか、その存在をフィートは感じる事が出来なかった。
「傍に居てくれてるの?」
「はい…私の気配を感じにくいかも知れませんが、ちゃんと後ろにいますよ」
そんな二人の会話を他所に、いつの間にか事態は進行していた。
蝋燭以外に何も無かった筈の空間に、突如何かが顕現したのだ。
この異様な空間が更に異様さを増し、フィートは息を飲む。
何かが姿を現した…だが、それが分かるだけで何なのかは全く理解できない。
「ようこそ御出で下さいました」
いつものように飄々とした口調では無く、礼節と畏怖が含まれた声でアポラウシウスが言った。
これに女性の声が返って来る。
「余の可愛い信徒の申し出…聞き遂げねばなるまい?」
されど声と認識可能なだけで、これが物理的に発せられた”音”とは全く違っていた。
正に言霊…人には決して発せられない魔力の籠った”干渉”。
故にフィートは察した…目の前に居るのが、地上の生物を超越した存在だと。
「有難う御座います。我が信奉する神よ…」
『神…?!』
フィートは目を見張った。
果たして大転倒以来、この世界で神との対話を可能にした人間がいただろうか?
フィートが受け継いだ記憶の中でも、それは皆無だった。
そう…既に世界は2つの柱神と隔絶され、信仰持つ人間が僅かな加護を得るだけになっていたのだ。
なのに神との対話を可能にしたアポラウシウス。
尋常では無い…アポラウシウスも、そして神?も。
『本当に神が降臨したの?!』
「そこな少女が件の者か?」
闇の言霊がアポラウシウスへ問うた。
「はい、彼女は月の民の王族です。我が敬愛なるオスクロ神よ…来る時まで彼女の力を封じて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
「うむ…余は構わぬ。しかし、そこな少女が受け入れるかや?」
フィートは驚きと畏怖の念で体だけでなく、思考まで停止しかけていた。
「……」
それも当然だった。
月の民が信奉するスキア神であっでも、一時的な降臨どころか、天啓さえ無いのだから。
「フィートさん、神の加護…いえ、呪いを消し去る事は出来ません。ですが長期的には封印が可能です。来る時まで平穏に暮らす為には、オスクロ神の加護が絶対に欠かせません…分かりますね?」
優しげなアポラウシウスの声が背後から聞こえた。
「私が平穏に暮らす…?」
「そうです。月の神の呪いを封印すれば、貴女は普通の人間として暮らせるでしょう」
フィートは逡巡した。
「……」
アポラウシウスが呪いと呼ぶ力は、確かに魔神を引き寄せ自分を苦しめて来た。
その反面、魔神を屠る強大な力でもあり、それが封印されては有事に戦えなくなってしまう。
するとアポラウシウスの手が、優しくフィートの肩に触れた。
「心配いりません。私が貴女を守りましょう」
「守る…? この私を?!」
フィートは自身が置かれた現状に、驚きと戸惑いを感じる。
王族として大切に育てられていた時も、結局は有事に自分が戦わなければ為らなかった。
『そんな私が…他者に……』
「約束します。仮に離れていても貴女に危機が及びかければ、必ず私が瞬時に駆け付けて守ってみせます」
「本当に?」
頷くアポラウシウス。
「はい。もう私と貴女は運命共同体です」
2人の遣り取りを静観していたオスクロが、その強大な言霊で告げた。
「スキアも酷よの。救うべき人間の為に、その人間の犠牲に因って為そうとはな」
「左様ですね、ですが仕方無いのでしょう。オスクロ神よ…貴女様を除けば、2大柱神でさえ殆どの干渉力を失ったのですから」
アポラウシウスの言葉に、オスクロの気配が揺らいだ。
それは丸で笑ったかの様にフィートは感じた。
そして同時に思う…オスクロ神とは如何なる存在なのかと。
フィートが受け継いだ記憶には、その情報が一切含まれておらず、不可解さばかりが募る。
加えて余りにも強大で超絶然としているが、妙に人間らしい印象を受けた。
これが本当に神なのか?…そんな疑問が膨らむ一方だ。
その所為なのか、率直な問いがフィートの口らか発せられた。
「あなたは本当に神なの? 私はスキア神の声さえ聞いた事が無いのに…」
アポラウシウスが慌てた。
「フィ、フィートさん!?」
神に対して「神なの?」なとど問うのは、無知が故に為せる所業だ。
また無知者は愚者であり、愚者を許すほどオスクロ神は寛大では無い。
されど、そんなアポラウシウスの心配は杞憂だったようだ。
オスクロは闇の中で再び揺れ動いた…恰も微笑むように。
「よい…余は、そこな少女が気に入った」
楽しんで頂けたでしょうか?
もし面白いと感じられましたら、↓↓↓の方で☆☆☆☆☆評価が出来ますので、良かったら評価お願いします。
続きが読みたいと思えましたら、是非ともブックマークして頂ければ幸いです。
また初見の読者様で興味が惹かれましたら、良ければ各章のプロローグも読んで貰いたいです。
なろう作家は読者様の評価、感想、レビュー、ブックマークで成り立っており、して頂ければ非常に励みになります・・・今後とも宜しくお願いします。
〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




