月の姫(4)
ただ1人で荒野を彷徨っていたフィート。
10歳の少女がする行動ではない。
その理由をアポラウシウスは尋ねたのだが、フィートは戸惑い逡巡した様子を見せた。
「それは…」
『ふむ…集落を出ざるを得ない事情が有ったのか、或いは…』
何にしろ辛い事態に見舞われたは間違いないだろう。
そう考えたアポラウシウスは、これ以上聞くのを止める事にした。
「無理強いしたい訳では無いのです。話したく無ければ黙っていてくれて結構ですから」
すると暫く考え込んだ後、フィートは意を決したように告げる。
「ううん…貴方は私を救い出してくれた。それに報いる術は無いから、せめて事情くらいは話すわ」
『ほほぅ…随分と殊勝になりましたね』
意外なフィートの反応に、少し驚かされるアポラウシウス。
恐らく今までフィートは、鉄の如き強い意志で使命を全うしてきた筈。
故に頑な態度を取ると考えていたのだ。
「そうですか…では、貴女が生まれた集落はどうなったのですか?」
「集落は…内側から崩壊したの」
「内側…?」
「王族を守護する者が、自然と集落の中心になる。それに納得のいかない者が現れたの。その所為で内紛が起こって殺し合いにまで発展して…」
アポラウシウスの中で疑問が湧き起こった。
「ふむ…変ですね。月の民一族は、この大陸に渡って1000年は経っている筈です。その様な諍いは何度も経験して乗り越えて来たのでは?」
しかも高度な文明を有する一族あり、その程度の事を未然に防げないのは実に変だ。
「当然の疑問よね…でも時と共に色々な事が形骸化して、どんどん一族の数も減っていったの。だから仕方無く外部より人を補填してのよ…それが…」
フィートが全て言い切る前に、アポラウシウスが被せ気味に言った。
「成程…良かれと思い一族では無い人間を加えたが、それが経年と共に破綻の起因になった訳ですか」
「うん…」
「で、貴女以外の月の民は滅びたと…」
「それは分からない…王族は私だけじゃ無いから」
「そうですか」
ここで一つの仮説をアポラウシウスは立てる。
月の神に祝福と呪いを受けた存在は、月の民一族の王族として扱われていた。
だが実際は王族などと大層なものでは無く、魔神に対抗する術を伝える道具だった…と。
その根拠として、フィートが余りにも粗雑な扱いが挙げられる。
『恐らく唯一の王なども存在しないのでしょうね』
これらをフィートに問い質しても、納得のいく答えは得られないだろう。
察するに受け継がれた王族の記憶は、曖昧で断片的なのだ。
そうでなければ、その叡智を以てして強大な国家を築いていたに違い無い。
「他に聞きたい事は有る?」
いつもの抑揚の無い口調でフィートが尋ねた。
「いえ…差し当たっては特に有りませんね」
アポラウシウスとしては、フィートが如何程の実力を有しているか気になる所だ。
しかし取り急ぎ知りたい訳でも無いので、今は安寧の時間を選ぶ事にした。
「そう…なら、これから私はどうなるの?」
「言ったでしょう…10歳相応の暮らしが出来るようにすると」
そうするとフィートは、僅かに苛立ちを含む語調で返す。
「抽象的過ぎるわ」
しかし、そこに含まれる情動に、期待が含まれている事をアポラウシウスは見逃さなかった。
『フフッ…やはり人間としての情動には抗い難いか』
「そうですね…貴女の力を封じた後、セルウスレーグヌムの王都にでも行きましょうか」
「王都…? 何をさせるつもり?」
「フッ…悪いようにはしませんよ」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
2日後、準備が整ったアポラウシウスは、隠れ家の更に最下層へフィートを案内した。
そこは広いのか、或いは狭いのか全く分からない部屋だった。
その理由は小さな燭台に一本だけ蝋燭が灯され、淡い明かりが僅かな範囲を照らしていたからだ。
「ここは…?」
流石のフィートでも少しばかり不安になる。
これと言った説明もされず、この不可思議な場所へ連れて来られれば当然だろう。
「謁見する為の場所です。本来ならば完全な闇が必要なのですが、貴女の為に蝋燭1本程度なら許して頂きましたよ」
相変わらず飄々と返すアポラウシウス。
しかしながら全く説明になっておらず、フィートの中で不安ばかりが募る。
『謁見…? この男は何を言っているの?!』
そもそも地の底の暗い場所で、とても"高貴な存在"が居るとは思えない。
仮に居たとすれば、それは伝説上の悪魔か、若しくは危険この上ない稀代の犯罪者に違い無い。
そんなフィートの胸中を察したのか、
「フィートさん…余り失礼な事を考えないで下さいよ。うっかり口に出して不興を買っては、元もこうも無いですからね」
などとアポラウシウスが言ったのだ。
その口調には、いつもの飄々さが窺えない。
つまり少なくともアポラウシウスを超える、強大な存在が居る証拠だった。
そうして優しくアポラウシウスに背を押され、フィートは不気味な空間に足を踏み入れた。
その刹那、凄まじい悪寒が彼女を襲ったのであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




