1449話・シンの密かな任務(2)
「任務では無く、これは私からのお願いだよ」
などとホウジーレンは自嘲気味に言った。
これにシンは特に表情を変える事なく返す。
「お願いですか…手に余る物でなければ、お受けするのも吝かではありません」
本音で言えば、これ以上の仕事を増やしたくは無い。
しかしながら主人の実父に頼まれては、断れる訳も無かった。
「フフッ…君ならそう言ってくれると思っていたよ」
「こう見えても忙しい身ですので、手短に言って頂けませんか?」
つれない"元暗部"の侍女へ、ホウジーレンは苦笑いを浮かべながら答えた。
「そうだな……先ほど言った妻の…いやベイパンの件だ。恐らくだが亀国か鳳国の工作員と思われる。先ずは龍国の南門省へ渡った筈ゆえ、出来る範囲で行方を探って欲しいのだ」
「出来る範囲と言う事なら承ります。それで閣下との連絡手段は如何致しますか?」
「これを…」
ホウジーレンは左手中指に嵌めていた指輪を外し、ソッと執務卓の上に置いた。
「指輪……ひょっとして魔導具ですか?」
「うむ。これは神獣から受け継いだ神器の一つでね、距離に関係無く念話を可能にする。もちろん万能では無いし、魔導具特有の制限もあるがね」
「……成程。つまり蓄えられた魔力が切れれば、念話も出来なくなるのですね」
「そんな所だ。これは二つ一対の指輪で、指輪間の距離に因って消費される魔力量が変わる。恐らくだが龍国程に遠方なら、相当に念話の時間が限られるだろう」
そうホウジーレンは補足しながら、右手中指の指輪に触れた。
「左様ですか…この話はディーイー様には?」
「それは君の判断に任せる。今話すべきだと思うなら話すと良い。だが火炎島…いや、これはロン家の不始末でもある。それを鑑みて判断してくれ」
「承知しました。他にご用意が無ければ私は失礼します」
と告げたシンは、ホウジーレンの言葉を待たずに踵を返した。
「君は相変わらずだな」
そんな侍女へ、ホウジーレンは特に咎める様子も無く、逆に笑顔を浮かべる。
「姫様がお産まれになった時、閣下は言われました…姫様に忠誠を捧げろと。ですから閣下に敬意を示す義理は有っても、従者としての義務は一切御座いません」
その言葉が言い切られた時には、既に執務室から彼女の姿は消え失せていたのだった。
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『先ずは南門省に着いてから…』
シンは皆の衣服を整理しながら、脳裏でボンヤリと先を見据えた。
「どうしたの? シンにしては珍しいはね…ボ〜ッとして、」
主人に尋ねられ、シンは慌てる事なく冷静に返した。
「本土に戻るのは20年振りでしょうか…それで少し記憶を巡らせていたのです」
「あ…そう言えばシンは本土の人間だったわね。でも20年も離れていては、随分と故郷も変わってしまっているでしょう?」
そう返したハクメイは少し申し訳ない気持ちになった。
シンは単身で故郷を離れ、何も文句を言わずロン家に仕え続けたのだ…その人生の半分以上を費やして。
故にシンの青春や女の花盛りを奪ってしまった…そうハクメイは思えて為らなかった。
主人の気持ちを察し微笑みで返すシン。
「フフッ…姫様、お気遣いは不要です。もはや私にとって火炎島は第二の故郷なのですから。それに実家とは定期的に手紙の遣り取りをしていましたから、寂しい気持ちは余り有りませんね」
「そう言うものなのかな…」
「そう言うものなのです」
などと2人の遣り取りの最中に、割と豪快な寝息が聞こえてきた。
ディーイーのイビキである。
「プッ! お姉様…中々に淑女には有るまじきお姿ですね」
必死に笑いを堪えたハクメイは、ソッとディーイーに布団をかけた。
ふと思う…この方は、どれだけ自分の時間を他人に費やしたのだろうと。
これだけ御節介でお人好しなら、相当に自身を顧みず無茶をした筈だ。
しかも実年齢が350歳…その無茶の程は常人の域を遥かに超えるに違い無い。
『かく言う私もお姉様に救われたのだから…』
しかも知り得る範囲では自分だけで無く、火炎島やロン家まで救った。
そして、これより自分の目的を二の次に、ガリーとリキの手伝いまでしようとしている。
この性分を変える事も、また止める事も出来ないだろう。
『なら少しでもお姉様の負担を減らせる様に、私が支えなくちゃ』
聖女王相手に烏滸がましい話かも知れない。
それでも何らかで支えたい…そんな思いがハクメイの心を満たしたのであった。
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そこは静かな聖堂のようでいて、死者を荼毘に伏す斎場のようにも見えた。
例えるなら、生を司る創造の神と、死を司る死神が同居するが如き歪さ。
それがこの空間を示すに相応しい表現と言えた。
何者かが空間の中央に立ち、天窓から僅かに漏れる日差しを浴びる。
「後どれほど待てば、ここから出られるのかしら…」
それは余りにも儚く、また弱々しい声だった。
だが何故か生気に溢れ、死など微塵も感じさせない胆力を感じさせる。
少し離れた位置で控えていた女が言った。
「聖女様……必ずや同朋が我らを救いに参じる筈です。もう暫くご辛抱を…」
「私の所為で国が乱れるなら、尚更に此処から出る事は憚られるわ…」
「貴女様は間違っておりません。理を正す時が…貴女様の手で変える時がやって来たのです。お気を強くお持ち下さい」
聖女は天涯を見つめ小さく溜息をついた。
「きっと王は分かっている。そして私も…」
事実が真実では無い様に、正解や正義が常に正しい訳では無い。
この世界は不完全で、また矛盾だらけなのだから。
第九章:北方四神伝・I (完)
※次回から第九章:北方四神伝・llをお届けします。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




