145話・プリームスとフィエルテの午後(2)
プリームスとフィエルテが向かったのは、傭兵ギルドであった。
到着して早々、広いフロアー内の傭兵達から一斉にガン見されてしまう。
お昼時と言う事もあり、傭兵ギルドの1階フロアーは食事をしに来た傭兵や冒険者で一杯だったからだ。
またこの場所に似つかわしくない様相のプリームスが入ってくれば、注目されるのは当たり前だと言えよう。
「おい、あれボレアースの聖女じゃ・・・」
「噂じゃ国王の賓客扱いらしいぞ」
「今日は護衛が一人なんだな・・・てか、どっちも良い身体してやがる」
傭兵や冒険者達が口々に騒めき始めていた。
どうやらこの間、傭兵ギルドに来た時の騒ぎで有名になってしまったらしい。
注目されるのはその所為であった。
フィエルテが少し心配した様子で囁きかけて来た。
「プリームス様、このような無頼漢のたまり場で食事をされるのですか? 品の無いような事を言う輩も居ますし、ご機嫌を損なわれるのでは?」
プリームスは特に気にした様子も無くニヤっと笑う。
「気にならんし、慣れておるよ。昔はこんな奴らばかりを相手せねばならんかったしな」
主がそう言うなら仕方ない。
気が気で無いが、フィエルテは従わざるを得ず相槌を打つだけだ。
「左様で・・・」
プリームスはそのまま受付まで行くと、受付嬢へニッコリ微笑んで告げた。
「ギルドマスターは居るかね? 居るなら、フロアーで食事をしているゆえ顔を出せと伝えて欲しい」
名前も告げずに用件だけ言うプリームス。
本来なら有り得ないが、受付嬢は畏まった様子で答えた。
「は、はい!、ボレアースの聖女様。マスターは執務中ですので直ぐとはいきませんが、出来るだけ早く来れる様に伝えておきます」
完全に”ボレアースの聖女”で覚えられているようである。
話が直ぐに通ったのも、ギルドマスターのメルセナリオが気を利かせてくれたのかもしれない。
恐らくギルド職員達に、プリームスが来たら最優先で扱うようにと通達したのだろう。
こういった時に、ある程度の地位や力を持つ者と伝手があるのは、手間が色々省けて便利である。
と言っても、その伝手を作るのに最初の手間がそれなりに掛かってしまうのだが・・・。
プリームスは受付から離れると、厨房があるカウンターへ向かう。
取り合えず適当にお勧めを注文し、フィエルテが料理のお代を払おうとすると、
「ギルドマスターから聖女様に無償で提供するように言われてるので・・・」
そう店員に言われ、支払いを拒否されてしまった。
小さな幸せを感じた瞬間であるが、何だか申し訳ない気もプリームスはしてしまう。
ここでプリームスは重大な事に気付く。
この世界に来て一番知っておかねばならない常識を、1つすっぽかしていたのだ。
今までクシフォスなどに頼り切っていて、完全に失念していたそれは”通貨”であった。
『まぁ食事をしながらフィエルテに教えてもらうか』
座れる席が無いか周囲を確認するが、テーブル1つ丸々空いているのは皆無であった。
沢山ある4人掛けの丸テーブルには、ガタイが良い無頼漢が席に着き所狭しと食事を進めている。
会話が弾んでいる所と、不愛想に黙々と食事を取ってる所が見て取れた。
混んでいるので相席も当たり前なのだろう。
暫く待っていても中々席が空かず、出来上がったお勧めの定食を手に、プリームスとフィエルテは食事が出来ず立ったままの事態に陥る。
「困ったな、こんなに混んでいるとは思わなかった」
フィエルテはと言うと、こんな時でも役に立てなくて気落ちしている様子だ。
「申し訳ありません、プリームス様・・・。力ずくで彼らを退かせても良いのですが、それは流石に私の常識と誇りが・・・」
滅茶苦茶なことを言い出すフィエルテに突っ込んでしまうプリームス。
「当たり前だ! そんな事をされたら恥ずかしくて私が居た堪れんわ!」
そんな風に立ったまま騒いでいると、
「そこのお嬢ちゃん、良かったらこっちに座るかい? ワシら丁度食い終わってな、まだ相席になるがね」
と一番近くのテーブルから声がした。
プリームスが声の主を確認すると、50歳はとうに越している初老の男性が目にとれた。
無骨だが人の良さそうな笑顔で、無精髭が妙に似合っている。
そして短めに切り揃えられた髪は白髪が混じって、熟練さと同時に哀愁を感じさせられた。
ここに居ると言う事は傭兵か冒険者なのだろうが、少々年齢的にキツそう思える。
「ありがとう、ではお言葉に甘えよう」
プリームスがそう言って初老の男性へ歩み寄ると、直ぐに席を立ち椅子を譲ってくれた。
更に隣に座っていた男性も、同じくフィエルテへ席を譲る。
こちらの男性は60近く見える。
完全な白髪頭と、顔に刻まれた深い皺がそれを物語っているからだ。
2人とも170cm程で身長は高くは無いが、ガッチリとした体格で傭兵らしい雰囲気である。
「ありがとうございます」
フィエルテも礼を言って、空いたプリームスの隣の席へつく。
すると2人の老傭兵は傍に余って置かれていた椅子を引っ張り出すと、プリームスとフィエルテの近くに座ってしまった。
「どっこいしょ、食うて直ぐ動くのはしんどいでな。歳やのう・・・」
何とも老人然としていて哀愁が漂い、ノンビリな雰囲気である。
それが感染してしまいそうで、プリームスは笑みが溢れた。
「私は旅行者でプリームスという。隣のは付き人のフィエルテだ。お二人は見た所、傭兵のようだね?」
2人の初老に少し興味が湧いて、プリームスから名乗りがてら会話の口火を切る。
「お〜あんたの事は知っとるよ。ボレアースの聖女様だろ? 今や時の人じゃな。ワシはスデラスだ、一応傭兵だが本職は鍛冶屋だの」
そう白髪まじりの老傭兵は告げると、隣に座る完全な白髪頭の老人を指して続けた。
「で、そっちのヨボヨボがファブロだ」
何とも失礼な紹介だが、当人のファブロは気にした様子も無く、
「ほう~、間近で見ると物凄い別嬪さんやのう。ええ目の保養になるわい」
と呑気なものだ。
プリームスとフィエルテが着いたテーブルには、他に2人の冒険者然とした男性が居る。
だがスデラスとは仲間でも知り合いでも無いようで、特に挨拶などはされなかった。
チラチラとプリームスを見て頬を染めるだけで、何も話し掛けて来ない。
むっつりか・・・。
メルセナリオもまだ来ないようだし、食事をしながらノンビリ待つとしよう。
そう考えていると自分もこの老傭兵と同じく、呑気だなと思ってしまう。
『まぁ、見た目はこんな形だが私もいい歳だからな』
話すつもりは誰にも無いが、実年齢を言ったら嘸かし驚くだろうな・・・とプリームスはほくそ笑むのであった。




