1371話・聖女王の証明
刹那な章III・政略結婚(13)も更新しております。
そちらも宜しくお願い致します。
「え………」
ハクメイは思考が停止してしまった。
何故なら、ディーイーが南方の軍事大国永劫の王国の王だと言った為だ。
「お〜い! ハクメイさ〜ん、大丈夫かい?」
少し大きめに声掛けされ、ビクッと我に返るハクメイ。
「は、はい!!」
「本当に大丈夫?」
「は…い……後悔はしませんが、すっごく驚きました…」
未だに信じられないのか、半ば呆然とハクメイは返事をした。
「まぁ、そうだよね…信じられないでしょ?」
「そんな事はありませんよ。噂通り…いえ、その一端を垣間見た感じがします」
『う〜ん…いまいち釈然としていないのかな』
ハクメイの声音から、まだ完全に納得出来ていないように思えた。
なのでディーイーは1つ提案をしてみる。
「じゃぁ何か証明になりそうな事をしてあげる。派手な事じゃ無ければ何でも良いよ」
事実を告げたのに、信用されないのでは此方も納得が行かない。
「え…? 何でもですか?!」
「うん……」
嫌な予感がして少し後悔するディーイー。
『”何でも”は言い過ぎたか…』
するとハクメイは「う~ん…」と熟考してから言った。
「私が噂で聞き及んだのは、聖女王は武も魔術も極地に在ると…ですから、その極地の技を見せて頂けませんか?」
「技か……ここで派手な魔法は使え無いから、武技なら良いよ~」
『と言うか…火炎島からだと永劫の王国なんて遠い異国なのに、私の事を良く知ってるわね…』
それだけ名を馳せた事になるが、ディーイーとしては余り調子に乗っては為らないと思えた。
何事も大きく成れば成る程、羨望以上に妬みが上回る。
そしてそれが危険視と変化し、最終的には敵視へと至るのだ。
だからこそ真実は伏せて、適度に納得の行く”眼に見える事実”のみ公表すれば良い。
『それに力を誇示して己の自尊心を満たすなんて、恥ずかしくて出来ないわ』
強さを他者に知らしめる行為は、謂わば犬が吠えるのと大差ない。
極地に至った自分が今更になって、そんな無様な事が出来る訳も無かった。
これにハクメイは暫く考えた後に告げた。
「……その…ここは御母様の大事な庭園ですので、武技でも威力では無く、技術に特化した技を見せて頂いても?」
「うん、その方が良いよね。誰かが覗き見していたら困るし、見られても分からない技を使うよ」
「え……それでは私も分からないのでは?」
そうハクメイが言うのも当然だが、当人が直に体感すれば話は違う。
ディーイーはニヤリと笑みを浮かべて返した。
「フフッ…じゃぁ私は車椅子から動かないから、ハクメイの好きに攻撃してみて。武器を使っても良いし、素手でも蹴りでも構わないわ」
「えぇぇ…?! 私が動けない御姉様を攻撃するんですか?!」
態とらしく首を傾げて見せるディーイー。
「ん~~? 貴女の聞き及んだ聖女王の力は如何ほどなの? 武の極地って座って動かないと、常人と変わらないのかしら?」
「う……それは…」
ハクメイが噂で耳にした聖女王の武勇は、剣聖を配下に加えた事を起因とする。
北方諸国の頂点に君臨する帝を捨て、西方や南方へ旅立った剣聖。
彼は100年以上もの間、主君に仕える事をしなかった。
その生きた伝説の人物を配下に置く…それ即ち屈服させたに他ならないだろう。
『剣聖は地上最強だわ。その主なら少なくとも…』
同等か、それ以上の武力を誇る筈。
仮に自分が座った剣聖と対峙したなら、一撃どころか触れられる気もしない。
ならば聖女王も…。
ハクメイは意を決した。
「分かりました…では本気でも構いませんか?」
「うん、大丈夫よ。ハクメイが現状で出せる全力で攻撃してみなさい」
と涼しい顔でディーイーは答える。
「はい…」
頷いたハクメイは、ディーイーから3m程の距離を取った。
そして左半身を少し前傾姿勢にする。
『んん…無手でこの構えは』
気配から"八極掌"の構えだと推察するディーイー。
厳密に"この世界の物"としてなら、真八荒拳が正しい。
真八荒拳は無手や武器も扱う武術で、ディーイーが知る範囲でならガリーが使い手だった。
これは直線的な攻撃を主体とするが、非常に速く、また攻撃の威力が尋常でな無い。
『神獣の加護と真八荒拳の威力が合わされば、相当な物になるな…』
下手に受け止めれば、車椅子ごと吹き飛ばされる可能性がある。
それにただ受け止めるだけでは力の証明には為らず、何より面白くない。
『じゃぁ力の扱い方を実践してあげようかしら』
ディーイーは徐に左手を胸元まで上げ、やんわりと人差し指を立てた。
そのディーイーの行動に、ハクメイは挑発だと感じた。
『私の攻撃を指1本で防ぐつもり?!』
だが直ぐにオーフアが小指で制圧された事を思い出す。
『い、いや……侮っては駄目!』
聖女王相手に常識は捨てるべきだ。
あの人差し指に全神経を集中させ、相手を車椅子ごと吹き飛ばすつもりで攻撃する。
恐らく”敢えて見せた”指は、こちらの攻撃を誘導させる何かだ。
これへ惑わされず、しかし細心の注意を怠らない。
「行きます!」
そうハクメイが告げた直後、彼女の右足が蹴り出し脚で震脚を起こす。
「お…!」
ガリーにも劣らない速度で突っ込んで来るハクメイに、ディーイーは感嘆の声を漏らす。
『その歳でこの域か…素晴らしい』
両者が至近に迫った時、左前半身だったハクメイの身体が、右前半身となる。
そして慣性に従った右足は、前蹴りの様相を呈した。
『良く鍛錬されて磨かれた技ね…』
増々感心するディーイー。
このハクメイの前蹴りは”攻撃では無い”。
陽動であり、更なる強力な一撃を見舞う為の下準備。
そうするとディーイーが看破した通り、ハクメイの右前蹴りは寸でで踏み下ろされ、凄まじい震脚を伴った。
『フフフッ…これを初見で躱すのは、永劫の騎士でも難しいかもね』
ハクメイが思った以上の強者で、ディーイーの胸中は愉悦に覆われる。
勿論、永劫の騎士が自分の様に座して攻撃を受ける訳が無い。
故に強さの比較で正しくはないが…それでも加護に頼らない、錬成された立派な技と言えた。
「え………??!」
ハクメイは視界に空が映った事へ唖然とする。
確かに自分はディーイーへ、右拳に因る渾身の突きを放った。
なのに何故…?
答えは簡単だ。
恐らく此方の突きを完全に見切られ、躱された挙句に投げられたのだ。
『くっ!! 受け身を!!』
直ぐに状況を把握したハクメイは、身体を捻って見事に両の足で着地した。
「おぉぉ! 流石はハクメイね」
「もうっ! 何が流石ですか!!」
ディーイーから感嘆の声を掛けられるが、態とらしく思えて仕方がないハクメイであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




