1338話・貿易都市マル・ウルブズ
刹那な章III・政略結婚(5)も更新しております。
そちらも宜しくお願い致します。
一週間を掛けてカリド王国に到着したプリームスは、早々に王国最大の貿易都市マル・ウルブズに向かった。
そこまでの移動にも3日程掛かったが、乗合馬車を利用して居なければ倍以上は時間を要していただろう。
時刻は黄昏時の5時…寂しさが空気を満たす時間だ。
そんな夕陽が物悲しくも美しく見える中、プリームスは船着き場から海岸線を見据える。
『フフッ……こんな長い時間、一人で行動するのは何時ぶりだろうか』
以前の世界で魔王だった時も、そして転移させられた今でも、一週間以上も完全に一人で行動したのは初めてかも知れない。
そう、何だかんだ言っても誰かと共に自分は居たのだ。
故に思う……一人と言うのは気楽ではあるが、寂しさが付き纏う。
今まで常に誰かと居たのだからな尚更だ。
しかも共に居た者は、皆して私に好意を向ける者達ばかり。
改めて人に恵まれていたのだと思わされる。
その反面、気遣う事も多く、実際に煩わしく思う事も多く有った。
『結局、私はどうしたいのだろうな……』
プリームスは頭を振って”今”の考えを払拭した。
兎に角、今はフォルティスの消息を掴むのが先だ。
その過程で頭を冷やし、身内との関係性を改めて考え直すべきだろう。
「差し当たっては宿か……」
少しばかり気落ちする。
実の所、ここまでの旅路で宿を使ったのは皆無だった。
理由は宿場町などを全く利用せず、殆ど野宿で済ませた為である。
食料は収納魔導具に十分過ぎる程に蓄えられ、野宿用の小型天幕も勿論のこと収納していた。
更には湯舟も収納してあり、普通の旅人と比べれば快適この上ない状況なのだ。
なので宿を取る必要性が無かった訳だ。
しかしながら自分の事は、全て自分でしなければ為らない。
お陰で世話をしてくれた身内の有難味が、今更ながらに実感した。
なのに気落ちする理由は?
実は女一人旅と言うのは、物理的な危険以上に異性の危険性も孕む。
妙齢のプリームスが旅人の利用する宿を使えば、無頼漢の傭兵や、同じ旅人でも軟派な輩に絡まれてしまう。
それをその都度撃退していては、面倒で仕方が無いのである。
しかも手加減を間違えれば命を奪いかねない。
正直、虫の居所が悪い現状で絡まれたら、うっかり手加減し損なう可能性が有った。
「取り敢えず顔を隠すか…」
乗合馬車ではフードを目深に被り、顔を可能な限り見せないようにしていた。
だが常にそうしているのは暑苦しくて堪えられない。
せめて街中ではマントとフードを脱いで歩きたいところだ。
『あ……奴の真似でもしてみるか』
プリームスは収納魔導具から漆黒の仮面を取り出した。
これは永劫の騎士が顔を隠す時に使用する物だ。
そう、死神の様に顔を隠してしまえば良いと考えたのである。
しかしながら、このまま仮面を着けては暑苦しいだけ…。
そこで考えたのが、まんまアポラウシウス様式だ。
目元だけ隠れるように仮面を切断して使えば、暑苦しくないし飲食も普通に可能になる。
「ぬぬぬ……綺麗に切断を……」
左手で仮面を持ち、それを凝視するプリームス……空いた右手は手刀の構え。
刃物を取り出すのが面倒で、手刀で仮面を切断しようとする横着さだ。
「ちぇ、ちぇすとーー!!」
妙な声を張り上げて手刀を振るプリームス。
周囲に人気が無かったのが幸いである。
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プリームスは適当に歩き、適当に目に入った宿に向かった。
規模で言えば中級?くらいか。
立て看板を見ると金額に因って一番粗末な部屋から、湯舟が設置された高額部屋まで幅がある。
部屋数も20以上もあり、大浴場も有る様だ。
「ほぅ…中々に充実した宿だな」
外観は石造りと木造の併用で、完全な平屋方式なのか建物は上に伸びていない。
入り口を潜り玄関広間に入ると、右側に一般的な受付と2つの廊下が見えた。
正面の廊下は宿泊フロアーに続くようで、左の廊下からは喧騒が聞こえる。
「いらっしゃいませ! ようこそ宿屋アクティーへ…お泊まりですか?」
プリームスの姿を見た受付の男性が、直ぐに声をかけて来た。
「あ、はい…泊まりです。一番高い部屋をお願い出来ますか?」
そうプリームスが返すと、受付の男性は少しギョッとした。
「…!」
旅人風の小柄な女性が、目元が隠れる漆黒の仮面をしていた為だ。
しかもその仮面ときたら、歪に切断したような形をしており、お世辞にもセンスが良く見えないのだから当然だろう。
「何か…?」
怪訝そうなプリームスに、受付の男性は慌てて答えた。
「いえ、何でも有りません。え〜と…では、宿泊名簿にお名前の記入をお願いします」
「分かりました…」
『って…名前!?』
今度はプリームスが慌てる羽目に。
エスプランドルを出てからと言うもの、宿泊施設を使わなかった弊害が此処に来て出てしまった。
まさか"プリームス"と記入出来る訳も無く、どうしたものかと逡巡する。
『ど、どうしよう?! 偽名なんか考えて無かったよ…』
流石にタトリクス・カーンの名前は使えない。
そんな事をすれば直ぐに足が付いて、身内に見つかってしまう。
「どうかされましたか?」
小首を傾げる受付の男性。
「い、いえ…何でも無いです」
震えかける手でペンを握るプリームス。
『は、早く何か名前を…!』
そう思えば思うほどに焦り、何も思い付かない。
「お客様?」
男性の声が疑問から怪訝さに変わった。
『そ、そうだ!』
プリームスは咄嗟に"ディーイー"と宿泊名簿に記入した。
これは北方の言語で"最初"と言う意味だ。
因みにプリームスの名も、以前の世界での古代魔法語で最初を指す。
「ディーイー様ですか。あぁ、成程…」
何故か納得する受付の男性。
『え…? 成程…?』
男性の反応に困惑するプリームス。
「北方の方と共通言語での会話は問題無いですけと、今でも古代北方語の文字は現地で使われていますからね…共通語で書くのは難しかったのでは?」
『あ…そう言う事か!』
「そ、そうですね…咄嗟に共通語で書くとなると、一瞬戸惑う時が有りますね」
正に怪我の功名?
少しばかり、この世界の常識を知り得たプリームスであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




