1331話・聖女皇、寝巻きで散策(2)
刹那の章III・政略結婚(3)も更新しております。
そちらも宜しくお願い致します。
「はぁぁ……卿とは約束が有ったか…」
そう呟きながらプリームスは右隣の席を指差した。
同席を許可されたアポラウシウスは、直ぐさま嬉しそうに座る。
「ご許可して頂き有難う御座います」
「まぁ卿とは色々有ったが、武國では助けられたからな。無下には出来ないよ」
「フフッ…左様ですか。流石は器が大きくて居らっしゃる」
おべっかするアポラウシウスに、再び溜息が漏れるプリームス。
「はぁぁ…褒めても何も出ないわよ」
「いえいえ、本心を申したまでです」
そうアポラウシウスは笑みを浮かべて返すと、店主へ告げた。
「私も同じ物をお願いします」
「……」
明らかに不審人物なのだが、聖女王の知り合いなら仕方無い。
黙って頷いた店主は、手際良く梅酒の水割りをアポラウシウスへ提供した。
しかしながら脳裏では警笛が鳴り続ける。
『こいつ…やばいぞ。メルセナリオに連絡しておくか?』
傭兵時代の勘…それがガレーに危機感を持たせたのだ。
それは培った経験則に基づかれ、殆ど外れた事が無い。
目の前の仮面の男…恐らく武力も然る事乍ら、性質がヤバいと即座に感じていた。
そんな店主の雰囲気を察し、プリームスは微笑みながら告げる。
「店主…私が居る限り大丈夫。彼に関係して何かしらの諍いは起こさせないよ」
「そ、そうですか…」
ガレーは軽く頭を下げて2人から距離を取った。
南方最強の軍事国家と称される永劫の王国。
その王が言ったのだから納得するまでだ。
ならば余計な首を突っ込むのは無粋…いや、危険である。
"只の"店主として、此処で起こった事は何も見聞きしなかった事にするしか無いだろう。
「悪さなんてしませんよ」
アポラウシウスは軽くグラスを差し出して言った。
乾杯しようと誘っているのだ。
これにグラスを合わせて素っ気なく返すプリームス。
「そう? まぁ信義を重んじない相手なら、簡単に処理の決断も出来たのだけどね…ある意味で残念だわ」
「フッ…怖い事を仰る」
こうして2人で何気ない会話をすること1時間…この間にプリームスは、梅酒の水割りを5杯も飲んでしまう。
そうなると大して酒に強くないプリームスが酔うのは必然だった。
「わらしわぁ〜〜わらしのぉ、好き勝手に生きたいわけなろ!」
完全に呂律が回らないプリームスに、苦笑が絶えないアポラウシウス。
「フフフッ…左様ですか。で、結局は如何されたのです?」
それでも丁寧に相槌を返し、尋ねられそうなら試みる強かさだ。
「あいつと口喧嘩ちて、飛び出してきら」
「あいつ…ですか」
『王妃の事は"あいつ"などとは呼ばないでしょうし…恐らく宰相辺りか、』
アポラウシウスは痴話喧嘩と判断した。
またプリームスを見知った時からスキエンティアが共に居たのだ、十中八九は間違いないと思われた。
人は配慮や妥協で人間関係を構築する…そう自分は常々考えている。
故に互いの配慮が足りず、また妥協が出来なかった場合に人間は衝突するのだ。
『些細な擦れ違いと言った所ですかね…』
こんな痴話喧嘩やベロンベロンに酔った姿を見ると、聖女王も人間なのだと実感し親しみさえ覚える。
『完璧な存在は確かに美しいが面白味が無い。だが限り無く完璧に近い存在は…』
美しさと面白味の両方を兼ね揃える、だからこそプリームスに惹かれて止まない。
そんなアポラウシウスの気持ちなど他所に、プリームスは杯を呷り続ける。
「ぷっは〜! ちょっと飲みしゅぎたかなぁ?」
「そ、そうですね…これでは悪酔いしてしまいますよ?」
飲み過ぎないよう止めるべきかアポラウシウスは逡巡した。
そもそも自分はプリームスの従者でも臣下でも無い。
なので健康面を危惧して対処する義務が無い。
『しかし…義理はあるか…』
「なんらっ? わらしのしたい事に文句をつけるにょ?」
『か、絡み酒か……』
流石のアポラウシウスも困り果てる。
絶世の美女に絡まれるのは嬉しいが、理性が伴われないのでは意味が無い。
ここまで酔えば、どうせ記憶が残っていないのだから。
「何とか言ってみりょっ!」
『やれやれ……これは一旦酔いを覚させた方が良さそうですね』
「店主…お冷のコップと水差しを頂けませんか?」
アポラウシウスに注文され、ガレーは直ぐにコップと水差しを差し出した。
前もって準備していたかの早さである。
そのコップに水を注ぎ、ソッとプリームスへ差し出すアポラウシウス。
「聖女陛下…満足行くまで話は伺います。兎に角は水分補給をしましょう。これを疎かにしますと、きっと後悔しますよ?」
何故に疑問系なのか不明だが、決め付けない優しい口調が良かったようだ。
プリームスは少しモジモジと戸惑い、そしてコップを受け取ったのである。
「うぅぅ…痛いのはいやら…」
「では、ゆっくりで良いですから、お冷を二杯ほど飲みましょうね」
「うん…」
促されたプリームスは素直に水を飲み出した。
『フフッ…まさか酔っ払いの介護をする羽目になるとはね』
しかしアポラウシウスは嫌な気はしなかった。
どの様な状態や状況であろうと、こうして憧れの存在と空間を一緒に出来るのだから。
何より普通では見る事が叶わない聖女王の寝巻き姿。
可能ならば近くに居る人間の目を潰し、この艶やかな姿を自分だけの物にしたい位だ。
「さて…聖女陛下、酔い覚ましに少しばかり散歩でも如何ですか? お話は歩きながらでも可能でありましょう」
決して強引に進めないアポラウシウス。
これも良かったのかプリームスは素直に頷いた。
「うん…ちゃんろ付き添っておね」
「勿論です。ですから安心して身を委ねて下さいね」
『なんと言うか…酔われると知能が下がっているような』
それが不敬だと自覚し、アポラウシウスは慌てて考えを払拭する。
「げぷっ! うぇ〜い」
そんな事など露知らずのプリームスは、淑女に相応しく無いゲップを出して返事をするのであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




