政略結婚(最終話)
「うぅぉぉ?!」
覚醒して起き上がるクシフォス。
『どんだけ気絶してた?! みんなは?!』
「クシフォス様!」
自分を呼ぶ声の方へ向くと、今にも泣き出しそうな妻が立っていた。
「テユーミア……」
「もうっ…心配したんですよ!」
そう愚痴りながらテユーミアはクシフォスへ抱き付く。
「俺は…どれだけ気絶していた? 見たところ…ここは屋敷か?!」
見覚えの有る部屋に、クシフォスは今になって驚く。
「クシフォス様は3週間も眠っていたんですよ!」
『さ、3週間!??』
「えっ!? じゃあ、ここまで俺を運んだのは…」
「夫の面倒を見るのは妻の仕事です。私が責任を持って山から此処まで、貴方を担いで連れ帰りました」
然も当然のように話すテユーミアだが、その表情にはドヤ感が窺えた。
「そ、そうか…重たかっただろうに。色々と苦労を掛けたな…」
「フフッ…そう思うなら溢れんばかりの愛情と、夫の責務で返して頂ければ問題有りません」
『う〜む…それを果たすのが一番難しそうだが、』
などと思いつつもクシフォスは無難に返した。
「そうだな…肝に銘じておこう」
そして直ぐに父親の事を思い出す。
「お、親父はどうなった?!」
「義父様なら起きて動き回っていらっしゃいます。たぶんクシフォス様より元気ですよ」
それを聞いたクシフォスは、気が抜けて再びベッドに横になってしまう。
「ク、クシフォス様?!」
「大丈夫だ…これで取り敢えずは肩の荷が降りたよ」
父親に対して反発する事も有ったが、それでもクシフォスにとっては偉大で大切な存在なのだ。
『長生きして国を支えてくれねぇとな』
「クシフォス様……」
夫の体に触れたままテユーミアが怪訝そうに呟いた。
「な、何だ?!」
「体が大きくなってませんか? その…以前より筋肉量が増したと言うか、骨格もガッチリしたような…」
そう言いながらテユーミアは、サワサワとクシフォスの体を撫で回す。
これにクシフォスは反応してしまい、慌てて体を丸めた。
「ちょっ!? そんなやたらと触るな!」
「あら…フフフッ。それだけ元気なら、本当に体は大丈夫そうですね」
「お、おぅ…」
『確かに以前よりゴツくなったか? それに活力が漲るような…』
1週間も眠り続けたのに大した弊害も感じない。
今すぐに30km程度を走っても大丈夫な感覚だった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
レクスデクシア家は内々で、親子共に回復祝いを催す事になった。
主賓は勿論クシフォスとエフティーアで、祝いに参加したのはテユーミア、その姉のエスティーギア、それに使用人と守り人一族の騎士数人だけだ。
因みに守り人一族の騎士はトニトルス討伐に同行した者達で、クシフォスが是非にと言って呼んだのである。
死戦を乗り越えた同朋なのだから、当然と言えば当然だろう。
また小じんまりとした祝賀会ではあるが、豪勢な料理と高価な酒が並び、とても内々で催す規模とは思えない。
正に豪胆で鷹揚なレクスデクシア家ならではと言えた。
こうして祝いの場が佳境に差し掛かった時、守り人一族の姫であるエスティーギアが、注目を集める為に声を張り上げた。
「さあさあ! ここで回復祝いに守り人一族を代表して、この私が2人に贈り物をしたいと思います」
「贈り物…?」
怪訝そうに聞き返すクシフォス。
一筋縄では行かない人間だと知っているだけに、少しばかり心配になったのだ。
『おいおい…変な物をくれるなよ…』
一方、武神ことレクスデクシア大侯爵エフティーアは、立場が立場なだけに無下には出来なかった。
と言うかクシフォス程にエスティーギアを知らない。
なので快く受け入れた。
「おぉ…何を頂けるのか楽しみだな」
これにエスティーギアはニンマリと笑み、即座に右手の指を鳴らした。
すると事前に待機していたのか、4人掛けのテーブル程も有る押し車が、魔法騎士に押されて会場入りする。
そして押し車の上に乗せられいるのは、長細い大きな木箱だった。
「んん? 大きいな…」
段々と嫌な予感が増してくるクシフォスは、不安になって妻を見やる。
するとテユーミアは微笑みを浮かべたまま、態とらしく小首を傾げるだけだ。
『くっ…姉とグルか!』
何かを企てているのは間違い無い。
しかしながら身内となった者が、自分達へ危害を加えるなど有り得ないのも分かっていた。
仕方無くクシフォスは、率先する事にする。
「立役者は俺だ! この箱は俺が一番に開けるぞ!」
「うむ…好きにしろ」とエフティーア。
「どうぞどうぞ」と言い、ニヤニヤしているエスティーギア。
クシフォスが木箱へ勢い良く手を掛けた時、テユーミアが慌てた様子で言った。
「あ! 急に開けてはいけません!」
「んぁ?」
良く聞こえなかったのか、クシファスは間抜けな声を漏らしながら木箱を開けてしまう。
直後、風の様な"何か"が木箱から吹き出し、クシフォスの髪の毛が一気に逆立った。
「うぉ!? な、何だ?!」
それはクシフォスだけでは無かった。
会場に居合わせた者全員の髪が逆立ったり、又はモッサリと膨らんだ。
「ぶはははっ!!」
これを見たエスティーギアが、淑女には有るまじき爆笑をする。
「お、おいっ! 何なんだこれは?! 笑ってないで何とかしろ!」
妙な惨事?に、クシフォス自慢の武力も役には立たない。
ただ常人の如く狼狽える始末だ。
「ははは…フフ…フ……大丈夫。持ち主が定まれば、魔力を帯た静電気も落ち着くから。取り敢えず手にしてみなさい」
「持ち主だぁ〜?」
イラっとしたクシフォスだが、木箱に入っていた物を見て途端に気分が変わる。
『これは…』
木箱に入っていたのは、藤色の刀身をしたバスタードソードだったのだ。
「隣の木箱にも同じ物が入っているわ。でも持ち主の魔力で刀身の色が変わるから、気に入るか分からないけど…」
エスティーギアの説明で、クシフォスは察した。
『トニトルスの龍骨の剣か!』
恐らく高名な鍛治師と、守り人一族の叡智に因る合作だろう。
「親父! 受け取れ!」
そして未開封の木箱を父親へ投げ渡した。
「お、おい!?」
辛うじて受け止めたエフティーア。
「親父よ…景気付けにどうだい? この神器で模擬戦を俺としようじゃないか」
煽りとも取れる息子の誘いに、エフティーアは木箱から剣を取り出し不敵に返した。
「五分の得物を持ったからと私に勝てる気か? 武神の二つ名は伊達では無いぞ」
「フッ…知ってるよ。じゃあ表へ行こうぜ!」
意気揚々と会場を飛び出すクシフォス。
この後、模擬戦は1時間にも及び、レクスデクシア別邸の庭が壊滅したのは言うまでも無いだろう。
〜〜刹那の章・政略結婚・(完)〜〜
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




