政略結婚(16)
「……」
エフティーアは困惑していた。
土足で住処を荒らした自分を、目の前の強大な古龍が直ぐに殺さなかったからだ。
「どうした? 我の問いが聞こえなかったのか?」
不思議そうにトニトルスは首を傾げた。
先程まで死闘を繰り広げた相手とは、とても思えない。
「き、聞こえている」
「ならば、もう一度問おう。人間よ、我に戦いを挑み後悔しているのか?」
『フッ…面白い』
どのみち死ぬのなら、冥土の土産に古龍との会話を持って行くのも悪く無い。
諦めた所為か、エフティーアは心が軽くなるのを自覚した。
「あぁ……後悔先に立たずとは、正にこの事だ」
「ほほぅ…では生かしてやると言えば如何する?」
「…?!」
まさかの提案にエフティーアは唖然とする。
「フフッ…長く生き過ぎると、何もかもが惰性となる。故にな、お前のような向こう見ずは、ある意味で良い刺激になるのだ」
つまり良い暇潰しになったと言う訳だ。
そして住処を荒らした罪を、それで帳消しにするもりなのだろう。
人間にも色々な為人が有るように、龍にも気得な奴が存在する…そうエフティーアは思う事にした。
「そうか……住処を荒らして済まなかった。その申し出、有り難く受け取ろう」
するとトニトルスは再び首を傾げた。
「ん? 住処を荒らした罪を許してはおらんぞ。我が許したのは、矮小な存在で在りながら、無礼にも我に戦いを挑んだ事だ」
「なっ!?」
"してやられた"…そうエフティーアは確信する。
元からトニトルスは2つの罪を問うつもりだったのだ。
そうして1つは許し、もう1つは自分に"何かをさせて"償わせる…そう端から企んでいたに違い無い。
「フハハッ! どうやら気付いたようだな。人間にしては聡いではないか」
「私に何をさせるつもりだ? それが外道の所業ならば、今すぐに舌を噛み切って死んでやろう」
慌てるトニトルス。
「待て待て!! 人の世の倫理に外れる事は要求せぬ」
「……そうか。では伺おう」
1000年を生きた自分が気圧された…この状況にトニトルスの胸中を愉悦が満たした。
『何と小気味良い事か。これが人で言う一廉の存在なのだろうな』
「うむ…近い将来、我は寿命を迎えて暴走する。その始末をつけて欲しいのだ」
エフティーアは怪訝そうに眉をひそめた。
「寿命なのに暴走? 矛盾しているのではないか?」
一般的に寿命とは、加齢で体の機能に限界が生じ、最終的に生命活動を停止する事を指す。
そんな限界の肉体で"暴走"を起こせる訳も無い。
『この人間…この状況で中々に目ざといな。迂闊に嘘はつけぬか』
「待て待て! まだ話の途中だ」
そう告げたトニトルスは、小さく溜息をついてから続けた。
「ふぅ……我が言っている寿命とは"精神"の事だ」
「精神……そうか、成程な…」
思わせ振りな呟きをするエフティーアに、トニトルスは興味が惹かれた。
「ん〜〜? 我ら龍族について何か知っておるのか?」
「ああ…一説で古龍級以上の存在は、理論上で不老ではないかと言われているのだ。だが文献に記される伝説の古龍は現存していない。つまり精神の暴走が原因で死に至ったのでは?」
龍の巣内に、衝撃波を伴った笑いが響き渡った。
「…っ! 鼓膜が破れるところたったぞ」
咄嗟に両耳を手で塞いだエフティーアは、嫌そうにボヤく。
「クククッ…ククッ……すまんすまん。少ない情報からの洞察、見事であったぞ。お前が言うように古龍は精神…厳密には脳の寿命を迎えて暴走し、周囲や己を破壊し尽くして滅びるのだ」
「……」
露骨に嫌そうな顔をするエフティーア。
「何だ? 言いたい事が有ればハッキリ言うが良い」
「私は南方で最強と呼ばれる武人を集め挑んだのだ。なのに私以外は簡単に薙ぎ倒されてしまった…この意味が分かるかね?」
「ふむ…要するに今勝てぬ存在が、後になって勝てる筈も無いと?」
エフティーアは頷く。
「ああ…私には無理だ。始末をつけて欲しいのなら、それこそ国家に要請し軍を出すしか有るまい?」
トニトルスの巨大な前足が地面を叩き、凄まじい地響きと揺れが起こった。
「仮に我を始末出来たとしても、数多くの人命が損なわれる…それでは駄目だ!」
「…!」
目を見張るエフティーア。
自然界の頂点に君臨する古龍が、矮小な人間の命を気に掛けたのだ…驚かない筈が無い。
トニトルスは広大な龍の巣を見回しながら言った。
「何故、このような辺境の山奥に、古龍は住処を構えるのだと思う?」
「…? それは人間に干渉されたくないからだろう?」
「それも有る…だが根本的な理由は違うのだ。ここは住処であり、また墓所なのだよ」
「墓所? ……!」
この巨大な龍の巣を見渡し、漸くエフティーアは理解する。
この龍の巣は、険しい山岳地帯の内部に築かれた大空洞だ。
その内壁は鉄を思わせる程に押し固められ、人の力では傷付ける事さえ叶わなく見えた。
そう…ここは古龍の戦いに耐えうる舞台であり、墓なのだった。
「我は無用に命を奪いたくは無い…だからこそ龍の巣を築き、我を屠る者を待つのだ」
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




