政略結婚(15)
エフティーアは窓から差す木漏れ日を眺め、ゆっくりな時の流れを実感する。
これ程に安穏とした時間は、妻が生きていた10年前以来だろう。
リヒトゲーニウス王国の双璧…その一翼であるレクスデクシア大公爵家。
その当主である自分は、国を支える為に多忙な日々を送っていた。
それでも妻との時間を大切にし、決して忙しさに感ける事はしなかった。
何故なら妻を愛していたからに他ならないからだ。
だが妻と死別してからと言うもの、私事をお座なりにするようになった。
その結果、息子のクシフォスとは軋轢が生じ、そして今に至る。
『何と愚かな事か……私と妻との大切な息子だと言うのにな』
もっと他に方法が有ったのでは?
そんな後悔ばかりが胸中を満たす。
その反面、クシフォスが己の意思で物事を決めるのを、エフティーアは嬉しく思っていた。
家門や貴族の慣習に囚われず、自由に生きる姿は実に小気味良い。
だからこそ矜持を貫き通さないクシフォスに、エフティーアは不満を抱かずには居られない。
『一層の事、完全に家門を捨てて好きに生きれば良かったのだ…』
そう…エフティーアは、息子のクシフォスに後を継がせたくは無かった。
苦労と責任ばかりが付き纏う大公爵の当主など、息子に背負わせたく無いのだ。
寝室の扉をノックする音がし、侍女の声が聞こえた。
「旦那様…テユーミア様が面会を希望されております。如何なさいますか?」
『テユーミア姫が…?』
「うむ…通してくれ」
昨日は随分と彼女に心配をかけてしまったエフティーア。
その謝罪をする良い機会だと思えたのだった。
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「申し訳ありません…突然押し掛けてしまって」
寝室に案内されたテユーミアは、ベッドに横たわるエフティーアへ開口一番で謝罪した。
これにエフティーアは返って畏まる羽目になる。
「いや…謝罪するのは私の方だ。昨日は暴れた上に倒れてしまって驚いただろう…全く申し訳無い」
「フフッ…では御相子と言う事で…」
「フッ…そうだな。取り敢えず掛けなさい」
『やはりテユーミア姫は肝が据わっているな』
テユーミアは促されるまま特に畏まる事も無く、ベッドの傍に有る椅子に腰掛ける。
しかし、その表情からは隠し切れない思い詰めた様子が窺えた。
「只の見舞いでは有るまい…私に何か訊きたい事があるのでは?」
「え…あ、はい…」
「私の病気の事かね?」
「はい…」
妙に気落ちしたテユーミアから、ある仮説がエフティーアの中で立った。
「どうやらテユーミア姫は、私の病に心当たりが有るようだな」
「…! 流石は大公爵閣下ですね…お気付きでしたか」
「ならばテユーミア姫…私の病は何と見る?」
「恐らく精霊病かと…」
「ほぅ…何故分かったのだ? 似たような症状を見た事が有るのかね?」
テユーミアは首を横に振った。
「いいえ、実は大まかですが、魔力の流れを見る事が出来るのです。それで閣下の魔力が、心臓辺りで滞っているのを知りました。こんな症状は先天性か、或いは…」
「後天的な原因…精霊の過干渉だと考えた訳か」
「はい、閣下の仰る通りです」
「フフフ…守り人一族の姫なだけはある、よもや魔力の流れが見えるとは驚きだ」
「では、やはり精霊の過干渉で心臓を患ったのですか?」
「確かに精霊力に因る影響なのだろう。だが根幹は少し違う…謂わば呪いと言うべきかも知れん」
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〜〜30年程前〜〜
そこは南方地域の中央に位置する山脈に在り、人を寄せ付けない自然の険しさが、要塞として機能する場所。
ここ100年の間は、そこへ誰1人として到達する事さえ叶わなかった。
その名も雷竜の岩屋…もはや伝説と化した龍の巣だ。
この雷竜の岩屋へ、仲間と共にエフティーアはやって来ていた。
だが、その仲間も半数以上が途上で脱落し、残りの半数は雷竜との激闘で死に絶えてしまった。
『まさか…これ程とはな……』
エフティーアは己の無力さに落胆する。
南方全域に名を馳せる為、また希少な古龍の素材を得る為の挑戦だった。
しかし古龍であるトニトルスの力は超大で、そもそも人では太刀打ち出来ない存在と思い知る。
『いや…私と同格の者が後1人居れば』
トニトルスを倒せないにしても、互角の戦いが可能だったかも知れない。
そして直ぐに今の考えを払拭した。
『それも詮無い事か…』
仮定の考えなど、事が起こってしまった後では何の意味も無いのだから。
エフティーアが死を覚悟した時、強大な魔力の篭った声が響き渡る。
「人間よ…お主のような気概の者は、ここ100年以上も出会えておらんかった。実に愉悦の時だったぞ」
『こ、これは…古龍の声か?!』
エフティーアは驚愕する。
人間以外の存在が、流暢に人の言葉を口にしたのである…驚かな筈が無かった。
しかも脳に響く如き声音……もはや神域に達した言霊にも思えた。
「どうした? 我とあれ程の激闘を繰り広げながら、今更になって我に怯えるのか?」
剣は折れ、身体中も傷だらけで真面に動けそうも無い。
後はトニトルスに殺されるのを待つだけの状態……故に恐怖では無く、諦めが胸中を支配していた。
「怯えているのでは無い。己の浅慮さと力の無さに落胆しているのだ」
「ほほう…それは後悔しているのか?」
興味深そうに尋ねる巨大な古龍。
『何なんだ…?! 何故、私を殺さない?!』
そんな相手に唖然とするエフティーア。
土足で住処を荒らした矮小な存在を、誇り高き古龍が許す筈も無いと言うのに…。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




