政略結婚(14)
食卓に使われる巨大な黒檀のテーブルが、振り下ろしたエフティーアの拳で真っ二つになった。
「ちょっ!? 親父! 落ち着け!」
クシフォスは立ち上がり、直ぐにエフティーアを宥めようと駆け寄る。
「黙れ! 馬鹿息子が!!」
だが怒り狂ったエフティーアの拳が、見事にクシフォスの鳩尾に直撃してしまう。
堪らず両膝を床につけるクシフォス。
「ぐぼっ!?」
『くそっ…なんて馬鹿力だ!』
そんな無防備状態のクシフォスへ、エフティーアは止めとばかりに拳を振り上げる。
しかし、その拳は振り下ろされなかった。
「閣下…おやめ下さい」
テユーミアが2人の間に割って入ったのである。
「テユーミア姫…そこを退くのだ」
未だ怒りが収まらぬが、それでもエフティーアの冷静さは失われていない。
「退きません! クシフォス様に罪が有ると言うなら、それは私も同罪です」
「……」
テユーミアの瞳から固い意志を感じ、エフティーアは力無く拳を下げた。
そして椅子に深く腰掛けて尋ねる。
「両者、同意の上だったのだな?」
「はい…婚前に申し訳ありません」
テユーミアは深々と頭を下げた。
「そうか…」
半ば諦めた様子でエフティーアは相槌を返す。
その直後、急に胸を押さえて苦しみ出したのだった。
「閣下!?」
「親父!!?」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
寝室に運び込まれたエフティーアは、直ぐに侍医の診察を受けた。
「ど、どうなんだ?! 親父は大丈夫なのか!?」
クシフォスに詰め寄られ、怖々と答える侍医。
「た、大公爵閣下の容態は、今の所は落ち着いています」
「今の所だと?」
更にクシフォスから睨み付けられてしまい、侍医は卒倒しかける。
「ひぃぃっ!」
これを直ぐに止めに入るテユーミア。
「クシフォス様…気持ちは分かりますが、貴方が取り乱してはいけません。それに今騒いでは、眠っている閣下が起きてしまいます」
「お、おう…すまん…」
惚れてしまった女に…否、もう妻と言っても過言では無い相手に諌められては、流石のクシフォスも従わざるを得ない。
「フッ…すっかり尻に敷かれおって…」
眠っていた筈のエフティーアが呟いて、居合わせた面々は驚愕する。
「うおっ!? 起きてたのか?!」
「閣下?!」
「ひいぃ!?」
「こう煩くては落ち着いて寝ておれんわ」
「…すまん、親父」
クシフォスはシュン…と縮こまって謝罪した。
先程までの威勢は何処へやらだ。
「閣下…何か病を患っておられるのですか?」
テユーミアの問いに、居合わせた侍医が何故かソワソワし出す。
直ぐに察したクシフォスが再び侍医へ詰め寄った。
「何だ? 侍医は親父の病気を隠していたのか?」
「止めんか! 侍医には私から黙っているように申し付けたのだ、彼を責めるな」
「そ、そうか……なら何で病気の事を俺に隠すんだ?」
エフティーアは深く溜息をついた後、観念した様子で言った。
「私の病気を知れば、お前は"自分を捨てて"後を継ごうとしただろう。それは私の願うところでは無い」
まさかの返答にクシフォスは困惑する。
「え…? 親父は俺に早く後を継いで欲しかったんじゃないのか?!」
「私は後を継げと明確に言った覚えは無いぞ。只、早く結婚でもして落ち着けと、遠回しに促していただけだ」
「……」
唖然とするクシフォス。
親の心子知らずとは、正にこの事だと思い知らされた気分だ。
するとエフティーアは、少し自嘲気味に続ける。
「お前を見ていると、私の若い頃を思い出す。その所為か後継に関してや、貴族の慣わしに反発する気持ちも良く分かるのだ。だから…お前の意思を私は尊重する」
『親父…』
確かに最悪の事態を想定すれば、レクスデクシア家の家督は直系で無くても問題無い。
その為に分家が存在するのだから。
しかし直系の嫡子が健在で最悪の手段を選ぶのは、常識的に有り得ない。
恐らく同派閥の貴族や、権威に煩い高位貴族が黙っていないだろう。
その批判に父親が晒されるのを、クシフォスとしては見過ごせなかった。
「俺も後を継がないとは明確に言ってないぞ」
「ほぅ…?」
少し驚いた声音を漏らすエフティーア。
クシフォスはガシガシと頭を掻いて、バツが悪そうに告げた。
「レクスデクシア家は王国の双璧…それも武を司る。武神と呼ばれる親父に匹敵しなけりゃ、その後を継いでも舐められるだけだ。だから俺は…」
ここで透かさずテユーミアが割って続いた。
「武者修行や危険な傭兵活動をしていた。全ては武神の名に相応しくある為…ですね」
「う〜む…」
クシフォスは恥ずかしいのか、濁すように唸って外方を向いた。
「そうか…」
片やエフティーアは一言呟くと、ほんの僅かだが笑みを浮かべて直ぐに瞳を閉じてしまう。
内心で微笑むテユーミア。
『フフッ…やっぱり2人は親子なのね』
子は父を思い理想へ近付こうとする、そして父は子を思い自由にさせたのだ。
しかし配慮や優しさが"小っ恥ずかしく"、2人は口に出せないで居たに違い無い。
ここで侍医が怖々と言った。
「あのぅ…お取り込みの最中で申し訳有りませんが、大公爵閣下の治療が有りますので…」
「え? あ…こちらこそ申し訳有りません。直ぐに出て行きますね」
と返したテユーミアは、即座にクシフォスの手を取って扉へ向かうのであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




