1311話・天地創造
テュシアーがプリームスの手を取った刹那、身体が浮き上がる感覚を思えた。
否…実際に2人は跳ね上がるよう真上へ飛翔していた。
そして真っ暗だった世界が遠のくを目の当りにする。
「ハハッ……無意味だと思って飛ぶ事さえしなかったけど、この世界は意外と広かったのね」
自嘲するように呟くテュシアー。
「そうね…ここは私の深層意識の底だから。でも、現実世界はもっと広い。それを貴女に実感して欲しい」
このプリームスの声には切実な思いが込められていた。
だからこそテュシアーの中で不安が膨らんだ。
「まさか…自分を犠牲にして、私の居場所を作る気では無いわよね?」
1つの肉体に2つ以上の自我は共存できない。
仮に可能とするならば、それは片方が肉体の制御権を持ち得ない場所…深層意識の奥底へ身を置かねば為らない。
そう、テュシアーがしたように。
でなければ肉体の制御権を明渡すか奪うしかない…つまり何方か片方が消失するしか無いのだ。
「心配いらない…そんな重荷を背負わせる事なんてしない。それに私も生きて皆と幸せになりたいから…」
ここまで言われては、もう信用せざるを得ない。
それに結果がどうであろうと、既にテュシアーの中では後悔は無かった。
「分かったわ…もう何も口出ししない」
「フフッ…良い子ね」
プリームスはテュシアーの手を引いたまま、更に高く飛翔した。
目指すは僅かに穿った防壁の穴。
そこを越えて暴走の自我を破壊するのだ。
しかし容易い事では無い。
因果の負属性の集合体…それが暴走の自我だ。
プリームスの自我が浸食される程に強大な存在であり、故に深層意識へ閉じ籠るしかなかった。
『だが今は違う』
恐らくプリームスの身体を乗っ取って暴れ回り、因果の負属性を相当に消失させたに違いない。
そうでなければソロルとやらが穴を開け、更に防壁を越えて深層意識まで辿り着けなかった筈なのだ。
全身を圧迫する感覚が2人を包み、直後、水中から宙へ放たれた解放感を覚えた。
表層意識…そこは薄れかかった因果の負属性が漂う空間。
『やはり…』
暴走の自我は消耗している。
放っておいても何れは消失するだろう。
それでも悠長に待っている訳には行かない。
『多分、今もイムレースが暴走の自我を抑え込んでいるんだわ。それが無くなれば…』
抑制を失い再び暴走の自我は活性化して暴れ回る。
そうなれば再度止める手立てが”外部”には無く、誰かが命を落とすのは目に見えていた。
『そんな事は絶対にさせない!!』
意を決したプリームスは”僅かな余力”を残し、持てる魔力を集束させる。
”極大増幅陣”
『本来なら極大化だろうが対処する事は出来なかった。でも消耗した状態で内側からなら』
如何に強固で強大な因果の負属性でも、成す術など無い。
”消滅・改”
改良され、また極大化された消滅魔法は、数千…否、数万に及ぶ微細な黒球を生み出し、周囲に漂う因果の負属性を侵食し始める。
そうして暴走の自我だった闇の集合体は、1分も経たずして消失したのだった。
だが、これからが問題だ。
暴走の自我を消失させた以上、このまま悠長に精神体のまま漂っては居られない。
何故ならプリームスの肉体は制御を失っており、生命活動の維持も危ぶまれる状態に在るのだ。
つまり直ぐにでも身体に戻らねば、本当に死んでしまい兼ねない。
かと言って直ぐ戻る事も出来なかった。
今プリームスが肉体に戻れば、テュシアーは此処で消失するか、若しくは深層意識の底へ戻らねばならいからだ。
テュシアーが不安そうにプリームスを見つめた。
「大丈夫…絶対に成功させるから」
残していた僅かな余力を使い、プリームスは魔力の塊を具現化する。
これは脳に有る記憶野を模して作った物だ。
しかし、それよりも高度で複雑な仕組みを有し、最も近しい物質は"精神と記憶の精霊魔石"だろう。
そう…プリームスはクラージュの精霊憑きから切っ掛けを得た。
そうして擬似的に作り上げた"精神と記憶の精霊魔石"へ、テュシアーの自我を定着させる方法を思い付いたのだった。
『作るのは只の記録媒体では無い。テュシアーが自由を謳歌出来る広大な世界を!』
それが可能か否かは分からない、されど自信や確信など最早不要。
成さねばならぬ…それだけがプリームスを突き動かしていた。
『意識…脳の空間など高が知れている。なら、この物理法則に捕らわれない別の領域を利用するまでだ』
プリームスは魔術で形成した記憶媒体を、既に脳内へ作りだして利用しており、常人では不可能な魔法の並列発動が可能となっていた。
しかし、この記憶媒体では駄目だ…もう脳に”それ”を余分に置ける領域が無いからだ。
故に狂気の魔法医師が…今ではメディ.ロギオスが使う超次元情報体の仕組みを利用する。
以前では考えなかった機構…彼等に出会わなければ、今こうして挑戦する事は無かったに違いない。
この機構…情報体への干渉を逆に使い、”脳へ情報体からの干渉”を行うのだ。
そして他次元に構築した情報体こそがテュシアーの為の世界。
『成功してくれよ!』
”極大増幅陣”
残り少ない魔力を強大化で補助、そこから複雑に織り成した魔法機構を発動させる。
「天地創造!!」
凄まじい演算負荷と魔力付加がプリームスを襲う。
かつてない程の物であり、絶望を感じさせるに十分な痛みだった。
体中から血が噴き出るのを感じる。
『くっ…! これを試すには消耗し過ぎていたか……』
万全な状態でも難しかっただろう。
だが魂を削ってでも成功させねば、テュシアー諸共に自分は滅びてしまう。
そんな時、繋いでいた左手から温かい魔力が流れ込んで来た。
「プリームス……私の魔力を使って」
「テュシアー……」
もう互いに余力は残って居ない。
それでも唯一人で力を使い切るよりは随分と良く思えた。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




