1294話・暴走の君(3)
最硬度に高めた魔法障壁を前面に張り、グラキエースはプリームスへ突進した。
『魔法は零距離では放てない。組み伏せて制圧する!』
事前に聞かされて居なかったグラキエースの行動に、ズィーナミは焦る。
「グラキエース殿?!」
だが何の策も無しに最強の存在へ仕掛ける訳が無い。
ズィーナミは、それが上手く行く事を祈るしか出来なかった。
完全に足元が凍り付き、床から足が上がらなくなったプリームス。
しかも体の向きはイースヒースへ向いたままだ。
『よし! 行ける!』
グラキエースは疾走の中で確信する。
後は背後から捕縛するだけだ。
刹那、プリームスとグラキエースを隔てるように、灼熱を伴う炎の壁が出現した。
「…! グラキエース殿!!」
思わずズィーナミは叫ぶ。
このままグラキエースが突進すれば、消し炭に成り兼ねない炎の壁へ突っ込んでしまうのだから。
ほくそ笑むグラキエース。
『プリームス様ならそうするでしょうね』
"十字氷華"
密かに展開していた5つの凍楔を、グラキエースは炎の壁へ十字に打ち込む。
これで炎の壁は瞬時に凍結し、氷の壁に変貌したのだった。
そしてグラキエースは止まらない。
右手に握ったロングソードを振い、それは音速を超える斬撃と化した。
"烈風"
衝撃波を伴う不可視の斬撃が、一瞬で氷の壁を粉砕する。
そうして先に見えたのは、無防備なプリームスの後ろ姿だ。
「…!」
グラキエースは目を見張る。
何と此方の動きに合わせ、イースヒースがプリームスへ肉薄していたのだった。
『フッ…流石ね』
まさかの挟撃にプリームスの気配が揺らぐ。
これをイースヒースは動揺と捉えた。
『ハハッ! やはり暴走しても何らかの意識は有るのだな』
されど情けは無用…力尽くで組み伏せて制圧するのみだ。
その時、熱閃か或いは暗閃なのか、迎撃しようとプリームスが右手を上げる。
「遅い!!」
イースヒースはプリームスの両腕を掴み、魔法の発動を封じた。
魔術師にとって零距離での抵抗は、もはや悪足掻きでしか無い。
「申し訳有りません、プリームス様」
そう呟いたグラキエースは、プリームスを背後から羽交締めにした。
小柄な超絶美少女を、大の大人が寄って集って制圧する。
とてもでは無いが見るに耐えない光景だ。
しかしそれは常識が当て嵌まる世界と人の話。
これでも不足な程にプリームスは危険であり、今の結果は奇跡とも言えるのだから。
そう…これで済むなら、本当に奇跡と言えただろう。
「いかん!! 二人とも離れろ!!」
何かに気付いたインシオンが叫んだ。
直後、グラキエースは前半身が、イースヒースは掴んだ両手に激痛が走る。
「ぐっ?!?」
「ぬぉ!?」
そうして咄嗟にプリームスから離れた二人は、自身の体を見て愕然とする羽目に。
何とグラキエースは抱き付いた体の表面が焼け、服がボロボロになっていた。
またイースヒースの両掌は火傷のように爛れる始末。
『これは…!?』
訳が分からず混乱しかけるが、ジッとしていては格好の的だ。
なので直ぐさまイースヒースは、エテルノの元へ飛び退る。
一方、グラキエースは崩れるように両膝を付いた。
「くっ……」
それをプリームスが見逃す筈も無い。
突如膨らんだ魔力?がプリームスの足元から爆ぜ、床の氷諸共にグラキエースを吹き飛ばしたのだった。
「グラキエース殿!!」
無防備な状態で宙を舞えば、もう本人では追撃に対処のしようが無い。
故にズィーナミは自身を顧みず駆け出す。
それは枯れた老人とは思えぬ俊足…縮地に因る疾走で、瞬く間にグラキエースへ到達し抱き留めた。
だが只それだけ…そこから防御する事も、回避する事も出来ない。
そう、ズィーナミは本当に身を呈してグラキエースを守るつもりなのだ。
「グラキエース殿…もう一度試みようぞ」
その一言は、自分では成し得ない可能性をグラキエースに見たからだった。
「…!!」
グラキエースは察した。
今ここにはプリームスの暴走を経験し、それを乗り越えたのは自分しか居ない。
だからこそ何が何でもズィーナミは機会を作ろうとしている。
「ズィーナミ殿……」
プリームスの右手が2人に向けられた。
もはや空中では回避する術は無く、誰もが二人の死を予見する。
『私は氷武帝。この程度では簡単に死ねない…勿論、剣匠も!』
"屈折する空間"
プリームスの放った熱閃は、グラキエースを抱えるズィーナミの直前で真上に曲がり、天井に直撃して凄じい爆発を起こした。
その余韻が収まらぬ内に、更にグラキエースは無詠唱で魔法を発動させる。
「魔力の縄」
それは青白い無数の蛇。
否…蛇に見える縄のような物が、一瞬にしてプリームスを雁字搦めにした。
「きょ、距離を…」
グラキエースは痛む体を押し、ズィーナミへ囁く。
魔力の縄は超難度な捕縛魔法で、術者の魔力や魔力硬度で捕縛力が変化する。
つまりグラキエース程の超絶者ならば、魔力の縄は禁呪や極大魔法級の強さとなるのだ。
それでも足らない…恐らくは僅かな足止めにしかならないだろう。
それを即座に認識したズィーナミは、迷う事無くグラキエースを抱えて飛び退った。
「承知!!」
ガラスが割れる風な耳障りな音がした。
プリームスを雁字搦めにしていた魔力の縄が、跡形も無く破砕し消し飛んだのである。
「なっ…!!」
『一秒も持たないだと!?』
余の力の差にグラキエースは愕然とする。
今ズィーナミは着地し、その両手はグラキエースを抱えて塞がっている。
追撃が来れば防ぐ術は無い。
間髪入れず直径30cm程の黒い球が、プリームスの頭上へ無数に出現した。
背筋が凍るグラキエース。
『魔法弾! いや、あれは!』
暗黒魔法の闇爆撃をプリームスが改良し、そして固有魔法にした物…黒星撃。
数は10数個と流星撃に比べれば地味で、また速度も遅い魔法だ。
しかし対象を追尾し続けて、更には1つ1つの速度が微妙に違う。
要するに1度の回避や防御で済まず、しかも被弾すれば即死級なのだ。
『やはり私ではプリームス様の足下にも及ばずか…』
今度こそ死を覚悟したグラキエース。
その時、凄じい轟音が響き渡り、グラキエースとズィーナミの視界を何かが塞いだのであった。




