1285話・寂しき別れの時
時間が経過するごとに、プリームスは現実味を感じなくなっているのを感じた。
確かに自分は生きている…しかし夢なのか現実なのか区別が曖昧になっているのだ。
そしてその原因が何なのか凡そ察しも付いていた。
魔神王の傍に居る限り、潰える事の無い因果の負属性。
それをプリームスが吸収し続けアニムスが浄化する…これが永久機関の様に機能し、中毒化…或いは依存症に似た状態へプリームスは至っているのだ。
『その副作用か……脳の機能が低下し始めている。このままでは…』
本当に現実か夢か分からなくなってしまうだろう。
その前に何としても決着を付けねば為らない。
プリームスは左の薬指に嵌めた指輪をソッと撫でる。
これは永久氷棺を封じた指輪だ。
永久氷棺──使用する対象を決して解ける事の無い氷で覆い尽くし、時間と存在力をも固定する極大魔法。
これをギンレイに使用し、アニムス諸共に封じてしまうのだ。
そうしてギンレイからアニムスの魂を分離する時間を稼ぐ。
『絶対に安全とは言えない方法だが…』
もう意識を保てなくなりそうな自分には、この方法しか残って居ない。
そう…次の接触が恐らく最後の機会だろう。
人の気配がした。
「プリームス様…お食事の時間です。お世話致しますね」
気怠過ぎて瞼を開ける事も億劫な状態…それでも気配や声音でギンレイだと分かった。
「うん……」
優しく背中を支えられて上半身を起こされるプリームス。
そうして温かなスープをユックリと、そして丁寧に少しずつ口の中へ運んでもらう。
「フフッ…これでは完全に介護だわ。まぁ350年も生きているから、本当なら介護されてても変では無いのだけど…見た目が15歳だなんてね」
自嘲しながら言うプリームスに、ギンレイは首を横に振った。
「きっと元の御体も美しかったのでしょうね…この目で見れないのが残念です」
「……本来の私の身体を預かっている者がいるの。彼女に会えば見る事が出来るわ…だから、ここから抜け出しましょう」
「有難う御座います…プリームス様。そうやって私を最後まで見捨てない貴女が眩しくて…嬉しくて。それに…辛いんです…」
「ギンレイ…?」
「貴女は私に囚われて良い人では有りません。魔神王は私が何とかしますから」
そのギンレイの言葉は、プリームスにとって自殺宣言に等しかった。
「だ、駄目よ! そんな自分勝手な事を私は許さない!」
何より無駄死に思えたのだ。
ギンレイと体を共有しているアニムスが、自決を只黙って見過ごす筈も無いのだから。
「アニムスは魔神の軍勢を召喚する為に、次元回廊を開こうとしています。その動力を蓄え眠っている今が、私が抵抗出来る最後の機なのです…分かって下さい」
「駄目だ…絶対に駄目だ!」
プリームスは力が入らない手と腕で、必死にギンレイを求めた。
だが虚空を掻くばかりだ。
「申し訳ありません…」
その場から咄嗟に逃げ出すギンレイ。
そうして後ろ髪引かれる思いで寝所を後にし、ふと思う…なんて呆気ない別れだろうかと。
また誰も看取ってくれない場所で、寂しく自決する自分が滑稽にも思えた。
『いや…違うか』
そもそも死自体が単一で起こる現象と言える…ならば死は全てに平等な孤独を迎えさせる筈だ。
自然の摂理…そうギンレイは己に言い聞かせた。
無造作に床へ置かれた刀を手に取る。
これはプリームスから贈られた逸品で、伝説級の魔導具でもある。
そして本来ならアニムスに取り上げられていて当然の"武器"だ。
なのにギンレイの手が届く場所に有るのは、アニムス自身が刀を気に入っていたから。
また自決しようなどと考えない…そう高を括っていたからだろう。
『残念だったわね。魔神王…お前の思い通りにはさせない』
ギンレイは鞘から刀を抜き、その刀身を見つめた。
「……?」
刀身に雫が数滴落ち、不思議に感じる。
「あ…」
無意識の内に泣いていたのだ。
「うぅ……」
堪え切れない悲しみが込み上げ、止めどなく涙が流れた。
死が怖いのでは無い。
只々、己が失われる事に寂しさを感じてしまう。
それは恐らく諦め切れない希望と、捨て切れない後悔の所為だ。
『もう…時間が無い…』
ギンレイは震える手で刀の切先を胸に添えた。
自決など、この刀を使えば一瞬…魔神王の核を突き、刀の魔法を解放すれば良いだけ。
「プリームス様…貴女の事を心からお慕いしておりました。どうか……」
『お幸せに…』
「…!!!」
凄まじい爆音と熱の余波が通路を伝い、プリームスが居る寝所まで届いた。
また、それが何なのか即座に察する。
『この魔力は…私の…熱戦』
加えて熱戦はプリームスの固有魔法であり、自分以外に発動が可能なのは、限られた者に贈った魔導具でしか成し得ない。
「あぁぁあぁぁ……ギンレイ……」
プリームスは自身の中で何かが壊れるのを自覚した。
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アポラウシウスは本当の絶望とは何か…それを身をもって知った。
行く手を阻む闇の壁は、命を懸ける程の一撃を受けても物ともしなかった為である。
しかも自分だけでは無い…超絶者級の二人を加え、3人での一斉攻撃を以ってだ。
「ぐぅ…」
力無く両膝を付くソキウス。
そしてグラキエースは何もかもを使い果たし、昏倒するように前のめりに倒れた。
『これまでなのか…?』
呆然と闇の壁を見つめ、アポラウシウスは自問する。
だが、それは自問するまでも無かった。
次の一撃どころか、この場から逃げ去る力さえ無いのだから。
「フフッ…ハハハッ……まさか私が、こんな終わりを迎えるとはね」
好き勝手に生きて来た報いか?
或いは武國を訪れた時から、己の運命は決まっていたのかも知れない。
出来れば巻き込んでしまったソキウスだけでも、ここから逃がしてやりたかった。
「申し訳有りません、ソキウスさん…」
「……何を謝ってるんですか? 貴方らしくも無い」
ソキウスは揶揄する風に返すが、両膝をつき俯いたまま、もう顔を上げる事さえ出来ない。
その時、二人の体を蝕んでいた魔力の漏洩が止んだ気がした。
「…!?」
「え…?!」
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




