1284話・生き様と本当に大切な物
広大な地下空間を半ばから分断する闇の壁。
それを前にしたアポラウシウスは、絶望に似た情動が胸中を覆う。
何故なら闇の壁に、タトリクスの魔力が含まれているとグラキエースが言った為だ。
詰まりそれはタトリクスが魔神王の糧にされ、その魔力を闇の壁に利用されたに他ならない。
それでもアポラウシウスは認められなかった。
『馬鹿な…あれ程の方が、そう易々と敗れる訳が無い!』
「お二人とも、この壁を突破しタトリクス様の救援に向かいますよ!」
「は、はい!」
ソキウスもアポラウシウスと同じ思いだった。
誰よりもタトリクスの強さを知り、そして常人では不可能な事を成し遂げたのも知っている。
『あたしは、この目で確かめるまでは諦めない!』
一方、グラキエースの心は折れ掛けていた。
最も危惧していた事が現実味を帯びてしまったからだ。
『プリームス様…もっと早く私が動いていれば…』
後悔ばかりが脳裏を巡る。
するとアポラウシウスが言った。
「グラキエースさん…主への貴女の忠誠は、その程度の物だったのですか?」
「……何だと…?」
絶望の淵にあったグラキエースの心から、僅かに怒りが湧き起こる。
主君に対する忠誠心は誰にも負けない…そう自負していた。
その忠誠の所為でプリームスから怒りを買おうが、また煙たがられようが構わない。
最悪、プリームスが無事なら世界を相手に戦い死ぬ覚悟も有るのだ。
「貴様に何が分かる!」
「フッ…分かりますよ。少なくとも私が抱くタトリクス様への想いの方が強いとね!」
辛辣で嘲笑うかのように返すアポラウシウス。
『私より想いが強いだと!?』
「死神風情が図に乗りおって…」
「ほぅ…私が死神だと知っているのですか。流石は闇組織の副総帥と言ったところですね。ですが、まだまだ貴女には胆力が足りません…どうせなら、死んだ主人を生き返らせる位の意志力を見せて貰いたいですね」
アポラウシウスの言い様に、ソキウスが絶句した。
「なっ!?」
そう、アポラウシウスは最悪の事態を想定している。
それでも諦めない執拗な意志、否…ここまで来れば狂気としか言えない。
『狂ってる…でも…』
最悪の事態を想定しても、希望がある事を示唆してもいるのだ。
故にソキウスは返って遣る気が湧き起こった。
「グラキエースさん、諦めるなら全てやり尽くしてからでも遅くはないです」
「……」
グラキエースは己の弱点を今になって漸く認識した。
なまじ察しが良いだけに、先を見通してしまい諦めてしまうのだ。
以前の世界でも同じだった。
プリームスが魔王として人間に討伐される事を望んだ時、それを止められなかった。
そうする事で全てが丸く収まる…などと論理的に判断したのが理由だ。
だがその半面、プリームスを救えない己が矮小で、もどかしい存在なのが堪えられずに居た。
だからこそ先に盾となり、勇者に倒される道を選んだのだ。
『ハハッ…私が選んだ選択は、結局は自己満足。私はプリームス様を救えないと思い込み、思考停止した愚か者だ』
そしてプリームスと生きて再び相見え誓った…もう失わないと!
「分かった…」
意を決した様子で立ち上がるグラキエースに、ソキウスは胸を撫で下ろした。
「フッ…宜しい。では我ら3人の力を合わせ、タトリクス様の元へ向かいますよ!」
そう言い放ったアポラウシウスは、以前より増した闇を足元に発現させたのだった。
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「浮かない顔だね…総司令」
締め切った筈の窓から聞き慣れた声が聴こえた。
「エテルノか…」
インシオンは見つめていた地図から目を離さず返す。
ここはインシオンが率いる魔法騎士団の仮本部…王都武林外環状街の高級宿だ。
インシオンが肩代わりした武林の安全確保は、既に外環状街だけで無く内環状街も達成していた。
「君らしくないね…いや、守るばかりだから、君らしいと言うべきなのかな?」
エテルノは閉ざされた窓を透過し、インシオンの背後に立った。
正に真相吸血鬼だからこそ可能な行動。
その体は闇の霧と化し、凡ゆる物体であっても阻む事は出来ない。
「何が言いたい?」
「私は大丈夫だと思うけど…臣下としては動いた方が良いんじゃないかな?」
体の線を強調する真紅のドレスを揺らし、エテルノは態とらしく行ったり来たりした。
「プリームス陛下は我らの力を必要としていない」
インシオンは務めて冷静に答える。
だが隠し切れない無念さが、その声音から滲み出ていた。
「違うでしょ。必要としていないんじゃ無い…最善の結果を出すには、私達が手を貸せないってだけでしょ」
「……」
『もうっ! 煮えたぎらないんだから!』
いつも飄々とし達観したエテルノでも、今のインシオンには苛立ちが募った。
「本当に王様の事が大切なら、最悪な事態だけは絶対に避けなきゃいけない。このまま傍観していたら、何もしないで後悔する事になるよ」
「人には矜持がある…私が陛下の意向を無下にすれば、きっと互いに後悔する」
信念、或いはインシオンが言うように矜持が、己だけで無く他者をも不幸にする事ある。
また逆に矜持や信念を捨て、生き延びても心が死ぬ事も有るのだ。
『どちらが人間にとって不幸なのか…』
この疑問にエテルノは完全な正解を見出せなかった。
だが一つだけ確かに言える事が有った。
「死んでしまっては後悔する事も出来ない。それに失ってからでは後悔もし切れない」
「…!」
「私達は王様の為だけに存在する。なのに王様を失っても矜持が保たれるの?」
「……」
その苦悩でインシオンが俯き掛けた時、ソッとテユーミアが背中に触れた。
「お父様…私はプリームス様の元へ向かいます。後悔したくは有りませんから」
『後悔か……フッ』
インシオンは自嘲する。
矜持や信念に従い、そうして優先順位を決め最善を選択する…それが最も正しい事だと考えていた。
なのに思えば後悔ばかりの人生だった。
そんな時、いつも心に生じていたのが迷いだったのだ。
『そうか、感情に従わず迷った故に…』
後悔を生み、妄執となって己を苛んでしまったのだろう。
250年も生きたと言うのに、今まで悟り切れなかったとは正に滑稽と思えた。
「目が覚めた…今ならまだ間に合うやも知れん」
不死の戦友と愛する実娘へ、インシオンは静かに告げた。
「ハハッ! 遅いよ…全くもうっ!」
「お父様…いえ、総司令、行きましょう…プリームス様の元へ!」
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




