1281話・煩悩ここに極まり
アポラウシウスの鎖に繋がれ、ゆっくりと縦穴を降下するソキウスは、その縦穴の余りの長さに息を飲んだ。
毎秒2m程度の速度で下降しているのだが、何と5分以上経った今でも底に到達していないからだった。
「これは…1000m以上は有りそうですね」
飽きて来たような声音でアポラウシウスが呟いた。
「そうですね…ところで大丈夫なのですか?」
不安そうに尋ねるソキウスを見て、何が不安なのか分からず首を傾げるアポラウシウス。
「はて…何がですか?」
「いえ…あたしを先程から鎖で吊ってくれているでしょう? 魔法だったら随分と魔力を消費してしまうのではと…」
本音で言えば急に鎖が消失して、落下するのが怖いだけではあるが…。
するとアポラウシウスは小さく笑って答えた。
「フフッ…ご心配には及びません。これは分類で言えば魔法ですが、魔力を多く使う従来の魔法とは異なります。まぁ端的に言えば、燃費が良い固有魔法と言った所でしょうか」
「なるほど…」
一安心するソキウス。
しかし他にも心配事が有った…それは先行したグラキエースだ。
彼女はプリームスが魔王だった頃の四天王で、その実力はプリームスに肉薄する。
肉体の強度云々を鑑みるなら、今なら総合力でグラキエースに軍配が上がるかも知れない。
それ程の傑物でも冷静さを欠き、独断専行で突き進んでいる風に見えた。
『グラキエースさん、大丈夫かしら…』
プリームスの事も心配だが、その敬愛する主君の強さをソキウスは十二分に知っている。
きっと魔神王を倒すに違い無い…だからこそグラキエースの行動が怪訝で為らなかった。
ふと自分は主君に薄情で、楽観視し過ぎなのかと心配になる。
『こんな事をアポラウシウスに相談出来ないし…』
そんな思いが雰囲気で伝わったのか、アポラウシウスは心配そうに尋ねた。
「何か他に心配事でも?」
「え? う〜ん…まぁ、そうですね…」
「魔神王ですか? それともグラキエースさんの事ですか? いや……愚問でしたね」
訊くまでも無かったとはかりに、勝手に自己完結するアポラウシウス。
『ちょっ!? 揶揄ってるの?!』
ソキウスは突っ込みそうになるが、そんな雰囲気でもないので取り敢えず我慢する。
その代わり問い返してやる事にした。
「アポラウシウスさんは不安にならないのですか?」
「私ですか? ふむ…」
そう言って少し思考した後、アポラウシウスは告げた。
「最悪の事態…つまり魔神王を倒せそうに無いなら、全てを見捨てて逃げるでしょうね。ですから本来であれば、私の中で不安と言う定義は存在しません」
「それって…凄い自己中ですよね」
余りにも薄情、或いは信義に欠けると言うべきか…ソキウスは呆れ過ぎて素直な思いが口を突く。
「フフフッ…仰る通りです。それでも今回ばかりは話が違いますよ」
「…? どう言う意味ですか?」
表現し難い嫌な予感がするソキウス。
「先ず共に組織を運用する相方…ソキウスさんが居ます。貴女を放って逃げたりはしません」
「じゃあ"先ず"と言ったからには、他にも逃げ出せない理由が有るのですよね? まさか魔神から人類を守る為だなんて、嘘臭い事は言わないで下さいよ」
「ハハハッ…私が人類の為に? 有り得ませんね。人類が滅びても私だけは生き残って見せましょう」
アポラウシウスは戯けた口調で言った。
明らかに冗談ではあるが、有り得なくも無いとも思う。
そして裏に隠された真意が何かソキウスは気になり、駄目元で尋ねてみた。
「フフッ…それでどうなんです?」
「我々はフォボス武國支部の運営をする事になりましたが、そのフォボスの総帥がタトリクス様だったのです…こんな偶然が有るでしょうか?」
少し興奮気味に告げるアポラウシウスだが、問いに答えておらず困惑するソキウス。
また何か狂気じみた物を感じ背筋に悪寒が走った。
『え…何?! 怖いんだけど・・・』
「あぁ~~ソキウスさんはご存知なかったかな? 私は以前からタトリクス様が気に掛かって仕方無くてですね、直に想いを伝えたばかりなのですよ」
「えぇぇ?!」
アポラウシウスの突拍子も無い行動もだが、この意気揚々な言い様にソキウスは嫌な予感しかしない。
『ま、まさかプリームス様…死神相手に思わせ振りな事をしたんじゃ……』
するとアポラウシウスは嬉しそうに続けるのだ。
「実は食事に誘ったところ、落ち着いてからなら構わないと御返事を頂いたのですよ!」
空中でズッコケるソキウス。
「そ、そうですか…良かったですね」
『はぁ~~ビックリした。只の食事か……』
しかしながら最凶最悪と言われた死神アポラウシウスが、こんな紳士的で初心な一面が有るとは意外な事この上ない。
『人は見掛けには因らないものね…と言うか、それでも気持ち悪いけど』
見直しはしたが、根本的な不快さは変わらない…何とも不憫な男である。
「要するにですね、タトリクス様との食事を実現するには、速やかに魔神王を処理せねば為らない訳です」
「確かに人間を害する魔神の王を放置しては、落ち着いてなんか居られませんからね。でも…食事の為に命を懸けるだなんて、」
正気の沙汰では無い。
『他に何か企みでも有るのでは?』
故にソキウスは勘繰られずには居られなかった。
「目的も手段も全ては我が矜持を貫く為…ですから矜持に命を懸ける事を厭いません」
『……理解に苦しむわね』
「え~と…要するに美しい女性と食事をする事が、アポラウシウスさんも矜持? それって只の生き様では…」
「フッ…そうとも言いますね。兎に角、私は強くて美しい女性が大好きなのです。因って食事は通過点に過ぎず、私の人生をより豊かにし、より私を高みへ押し上げる為にタトリクス様は必要なのですよ」
『んんん?? それって…』
小難しい言い回しで饒舌に語るアポラウシウスだが、とどの詰まり”高尚に言っている”だけである。
「ただ単に…タトリクス様とイチャイチャしたいだけなのでは?」
「その通りです! うはははっ!」
その刹那、縦穴の底に着き、今度は完全にズッコケてしまうソキウスであった。
『この人…馬鹿だわ。このまま一緒に進んで大丈夫なのかしら…』
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




