1280話・惹かれ合う闇の因果・繭の深部へ
プリームスと褥を共にしたギンレイは、ソッと気付かれないように寝所を抜け出した。
余りにもの多幸感で溺れてしまいそうだった…そんな思いを可能な限り払拭したかったのだ。
『矛盾しているわね…』
魔神王を倒せず封印も出来なかった以上、自分には何の価値も無い。
だがプリームスに必要とされる事で、己の存在に意義を勝手ながらに見出してしまった。
きっと、このままプリームスと二人きりで生きれば幸せになれるだろう。
でも駄目だ。
プリームスは永劫の王国の聖女王であり、多くの物を背負っている。
自分の為だけに束縛して良い存在っでは無いのだ。
何時の間にか淡い光を放つ水源区画に立って居た。
アニムス曰く、この広大な区画の水には微細な生物が存在し、水を浄化しているとか。
その浄化の過程で微生物の発する物が、この淡い光らしい。
「美しくて幻想的ね…多分、地上では見られない光景だわ」
その独り言に返す声があった。
「ならばプリームスに見せてやると良い。少しは気晴らしになるだろう」
魔神王の声…ギンレイの内部から聞こえる声だった。
「そうね…」
「浮かない様子だな。何か気がかりでも?」
「……ずっと気になっていた事があるの」
「ほう…申してみよ。余が答えられる物なら、隠さずに答えてやろう」
ギンレイは自身の中で湧き上がった”あの時”の想いと、それに伴う疑問を口にした。
「私は初めてタトリクス様…プリームス様に会った時、打算とは別に心を鷲掴みされた思いだった。見初めたなんて物じゃない…まるで運命の様な出会いだったの。これは私の意思なの?」
「何らかの超常的な力が働いた…そう言いたいのか?」
「プリームス様は因果の負属性を引き寄せて、その身体に蓄積させてしまう体質だわ。そして私…いえ、お前は因果の負属性を生み出す魔神の王だ…」
そこまで言ったギンレイは、力無く両膝を付いた。
「この私の想いは…それに因って生まれた幻想なの…?」
「否定はしない…余とプリームスが惹かれ合うのは、因果の負属性が本能のように作用しているからだろう。だが、それが何だというのだ?」
然も大した事では無いように訊き返すアニムスに、ギンレイの胸中を失望に似た何かが満たしてしまう。
「魔神には分からない! 私のこの気持ちは!」
「ならば全てを否定して無かった事にするのか?」
「くっ!」
そんな事をギンレイが出来る訳も無かった。
「フフッ…人間には抗えない感情が幾つか有る。恨みや愛情、それに希望だ。これらは人間の性質上、底と言う物が存在しない。仮に成就しても、それは只の妥協…故に生半可な結果では妄執となる」
饒舌なアニムスに、ギンレイは苛立ちが募った。
「何が言いたい?」
「起因が何であれ、余やギンレイはプリームスを愛してしまった。このまま生半可な想いで居続けるつもりか?」
「…!」
ギンレイは漸く察した。
迷いは妄執を生み、妄執は因果の負属性を生む。
結果、それを取り込み苦しむのはプリームスなのだ。
「最早、余とギンレイは一心胴体…お前の妄執は余を介し、より大きな因果の負属性となろう」
そのアニムスの言葉が決定打となり、ギンレイの迷いを完全に打ち砕いてしまう。
『私は何て無力なの…』
「迷う事も、抗う必要も無い。ただ己の欲望に従えば良いのだ。そうすれば余が必ずプリームスとの幸福へ導いてやろう」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
魔神の繭の上部を破壊したグラキエース達は、地面に穿った巨大な穴を目にしていた。
「この穴の下が繭の本体なのでしょうか?」
アポラウシウスが嫌そうに言った。
蝶や蛾が成虫になる為の通過点に、繭の形態が存在する。
そして繭内では幼虫の形態を一旦分解し、液状化した状態から成虫の形態へと生まれ変わるのだ。
仮に蝶や蛾と同じ経過を魔神が辿るなら、この穴の下に液状化した魔神の本体が有る事になる。
そんな中へ身を投じるなど、常人ならば嫌悪感を抱いて当然だろう。
それはソキウスも同じだったようで、嫌そうな声音で同調する。
「恐らくは…でも抵抗がありますね」
一方グラキエースは、一切の迷い無く穴へ身を投じた。
「え…!?」
「ちょっ?!」
それを見送り半ば唖然とするアポラウシウスとソキウス。
正に主人への揺るがない忠誠心を垣間見たのだった。
「ふぅ〜〜仕方ありませんね。敬愛するタトリクス様を救う為なら、多少の不快感は我慢せねばなりませんか」
アポラウシウスは溜息をつき、意を決した様子で穴に飛び込んだ。
臣下では無いアポラウシウスに先を越され、慌てて飛び込むソキウス。
「ま、待って下さいよ〜〜!」
そうして巨大な穴を10mほど落下した刹那、液体に包まれるような不快感を覚えた。
だが実際には液体など存在せず、また全く浮力も無く自然落下は続く。
「って…落下死しちゃう!!」
もし100m超える縦穴なら、ソキウスの能力を以ってしても死は免れない。
『仕方ない…指輪を使うか』
プリームスから貰った指輪の中には、浮遊と飛行を可能とする魔導具がある。
万が一の奥の手だが、使わずに死ぬくらいなら、使って後悔する方がましだ。
こうして指輪を使おうとした瞬間、ソキウスの体に上方から何かが巻き付いた。
「なっ、何っ!??」
それは漆黒の鎖?で、妙に弾性を生じさせる。
そのお陰でソキウスの自由落下は次第に抑制され、最終的には停止したのだった。
いわゆる宙ぶらりんだ。
「フフッ…何の準備も無しに飛び込むとは、無鉄砲にも程があります。私が居なければ落下死していましたねぇ」
少し揶揄うような声が真横から聞こえた。
「アポラウシウスさん…」
ソキウスはホッと胸を撫で下ろす。
この鎖?が繭内の防衛機構なら目も当てられなかった所だ。
「因みにグラキエースさんは落下速度より速く、すっ飛んで行きましたがね…フフフ」
半ば呆れ気味に苦笑するアポラウシウス。
流石は魔王四天王だっただけの事はある…とソキウスは感心すると同時に呆れた。
ここまで来ると数100mの高さから落下しても、ピンピンして居そうである。
そして兎に角はグラキエースへ追い付かねば為らない。
「え〜と…大変助かりましたが宙吊りは困るので、ゆっくり降ろして貰えませんか?」
「フフッ…分かっていますよ。では未知の地下世界…もとい繭の深部へご案内致しましょう」
などと告げたアポラウシウスは、器用に空中で恭しく首を垂れたのであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




