129話・スキエンティアとプリームスの睦事(1) ※改稿済み
プリームスが眠っている間に、スキエンティアは何とか身体を洗い、洗髪まで済ます事が出来た。
何とも回りくどく面倒な手間と手順か・・・。
しかしこれも身から出た錆と言うか、自業自得と言わざるを得ないだろう。
「スキエンティア・・・」
意識がはっきりし出したプリームスがスキエンティアを呼び始めた。
丁重に寝かせる事が出来なかったとは言え、プリームスを湯舟の傍の床へぞんざいに横にしてしまった。
少し後ろめたい気持ちで直ぐに返事をして、プリームスの元へ向かう。
「ここに居ますよ、どうかなさいましたか?」
するとプリームスは、よちよちとスキエンティアの声がする方へ這って進みだした。
プリームスのその有り得ない仕草、挙動がスキエンティアを動揺させる。
『ああぁ・・・御労しやプリームス様・・・』
と口に出そうになったが堪えた。
「ス、スキエンティア・・・身体から力が抜けて立てない・・・」
そう泣きそうな顔で告げるプリームス。
スキエンティアはズッコケそうになってしまう。
そして溜息をつくと、丁寧にプリームスを抱き上げた。
『精神だけでなく体まで幼児退行してしまったと思いましたよ』
取り合えずホッと胸を撫で下ろす。
そこから2人で抱き合って湯舟に浸かる事にした。
相変わらずスキエンティアにべったりなプリームスではあるが、悪い気はしない。
寧ろ喜ばしいくらいであった。
『ずっとこのままなら良いのに・・・』
不謹慎で自分勝手な思いを持ってしまい、慌ててスキエンティアは頭を横に振り、それを払拭した。
プリームスの幸せこそが、己の幸せなのだ。
”自分自身”の幸福など願ってはならない。
『きっとプリームス様が私を甘やかそうとしたから・・・。私が甘えるくらいなら、もっと私に甘えて欲しい』
当のプリームスは向かい合って抱きつき、スキエンティアの胸に頭を預けている。
温泉のお湯も暖かくて気持ち良いが、プリームスの体温が素肌を通して直接伝わり、心が癒されるようだ。
愛しい主を直に感じられる幸福を今更ながら噛締める。
こんな些細な事が実は安穏と充実をもたらす。
それは日常の中にあって意識しなければ気付かない物なのだ。
以前の世界で、魔界の統一を目指していた時もそれなりの充実感はあった。
プリームスの役に立てる事に誇りを感じて充実していたのだ。
しかし安穏などは有りはしなかった。
それは長い年月に及ぶ戦乱と権謀に、肉体も精神も疲弊していた為である。
スキエンティアがそう感じているのだから、プリームスの心身の疲弊はその比では無いだろう。
そう思うと、こんな安穏な時間が永遠に続くよう願わずにはいられない。
『だけど、プリームス様は何かとお節介な所がありますから・・・自身で面倒事を増やし過ぎない様に見張っておかなければ』
プリームスを主として自分達の展望に思いを馳せる。
だが15年以上前に、志半ばでスキエンティアは肉体を失ったのだ。
その時の不安がどうしてもの脳裏を過ってしまう。
未来を見据えた時、それが幸福に見えれば見える程に”あの時”の失敗が自身を苛む。
『あの時の様な失敗は、もう絶対出来ない・・・。この身体は”私だけの物”では無いのだから。それに私以外に誰がプリームス様を御守りすると言うのか!』
スキエンティアは心に湧いた不安を払拭するよう、そう自身へ言い聞かせた。
「こらこらスキエンティア、苦しい・・・」
と愛しい主が、可愛らしい声で文句を言った。
何時の間にかスキエンティアは、プリームスを抱きしめていたのだった。
湧き起こった不安が無意識の内に行動に出ていた事を悔やみ、スキエンティアは慌てて腕の力を緩めた。
『私らしくもない・・・・』
スキエンティアはプリームスを抱きかかえ、湯舟から立ち上がる。
「ベッドに参りましょう。ここでは逆上せてしまいますからね」
するとプリームスは苦笑いして、スキエンティアに軽く口付けをする。
「何だか私より、お前の方が疲れた様子だな。まぁ良い・・・では湯からあがろう」
スキエンティアに開放されたプリームスは、湯船から出ると収納機能が付加された指輪から大きな手拭いを取り出す。
輪奈織された手拭いで吸水性が抜群そうである。
それをスキエンティアに差し出し、
「拭いてくれ」
そう端的にプリームスはスキエンティアへ言った。
その様子は先程まで幼児退行を起こしていた同一人物とはとても思えない。
スキエンティアは、そんなプリームスから輪奈織の手拭いを受け取り、
「仰せのままに・・・」
と頭を垂れるのであった。




