1207話・ソキウス 対 クシフォス(5)
クシフォスは両腕を広げて悠然と前進する。
対してソキウスは全く体を揺らさず、ヌル〜ッと不気味に前進した。
対照的な2人の動き…それは一触即発の間合いに至っても同じだった。
右腕を振り上げ膂力の限りで薙ぎ払う攻撃。
そのクシフォスの手は鉤爪のように開かれており、引っ掻く事も"掴む"事も可能に見えた。
しかしソキウスは超至近に至っても何もしない。
自殺行為に思えるが、実力が確かなだけに逆に不気味この上無い。
クシフォスの右手がソキウスの肩口に触れるか否や、その動きが突如停止した。
いつの間にか差し出されていたソキウスの左手が、クシフォスの二の腕の内側を突いていた。
しかも人差し指たった1本で突いただけ…それなのに丸太のような腕を止めたのだ。
『痛え!!』
叫びそうになるクシフォスだが、怯まずに左腕を振るった。
これも同じように止められ、流石に声が出てしまう。
「ぐぇっ! いだだだた!!」
「あたしに無手で…しかも近接戦を挑むなんて馬鹿よ」
不用意なクシフォスへ、見下げる口調で告げるソキウス。
だが次の瞬間、不用意だったのが自分だと認識する羽目になる。
何とクシフォスは経穴を突かれているにも拘らず、腕を強引に押し込んで来たのだ。
「ちょっ!?」
『何て馬鹿力!? 普通、経穴を突かれたら動かせないわよ!!』
ソキウスは驚愕し、引くか押すか逡巡してしまった。
この僅かな間をクシフォスは見逃さない。
そのまま両腕を力任せに押し込み、ソキウスの二の腕両方をガッチリ掴んだのだった。
「しっ、しまっ……」
危機に陥り、ソキウスの思考が高速回転する。
この体格差…膂力では絶対に勝てない。
掴み技に持ち込もうとも、先に掴まれている状態では、兆しを読まれて容易に対処される筈。
ならば如何に脱するか?
ここまで考えて盲点に気付く。
"掴まれて危機に陥った"のでは無い、"掴んだ相手が危機に陥った"のだ。
体に触れているのだから、それを利用して崩せば良いだけである。
それを実行し掛けた時、クシフォスが囁いて来た。
「お前…イリタビリス外交官だろ」
問い掛けでは無い…完全な断言だった。
「なっ!!?」
焦り出すソキウスへ、クシフォスは静かに続ける。
「待て! 擬装してるって事は何か訳が有るんだろ? このまま黙ってやるから、勝ちは俺に譲ってくれないか?」
まさかの申し出に、ソキウスの頭が真っ白になった。
「……」
「別に負けても良いんだが、次の準決勝はタトリクス殿と戦える。こんな機会はまたと無いからな…出来れば本気で立ち合ってみたいんだよ」
切実なクシフォスの言葉に、ソキウスは唖然とした。
「えぇぇ…?!」
しかしクシフォスの気持ちも分からない訳では無かった。
タトリクス…もとい主君は永劫の王国の聖女王なのだ。
そんな存在と他国の大公爵が気軽に手合わせなど出来ない。
そこに"本気"が加われば尚更だろう。
『むむむ…訊きたい事は色々あるけど、』
そもそもは負けるのも吝かでは無かったので、クシフォスの申し出を受け入れる事にするソキウス。
ここで強引に勝っても、結局は準決勝で負けなければ為らない。
良い引き時かも知れなかった。
しかしながら虚仮にされ苛立ちが残っており、憂さ晴らしをしたい気持ちもある。
「分かりました…でも、もう少し遊んでからでも良いですか?」
まさかの条件にクシフォスは少し考えてから答えた。
「……ハハッ! お前も中々な戦闘狂だな。構わんが…技は無しでいこうや」
『ちょっと初めに煽り過ぎたか? まぁ俺の自業自得か…』
「それなら互いに怪我もしないでしょうね…了解しました」
そう答えた直後、ソキウスは躊躇う事無く金的を放った。
その理由は単純…両の二の腕をガッチリ掴まれては殴りに行きようが無く、蹴りしか使えなかったからだ。
「うおっ! ちょっ、お前!!!」
慌てて両手を離して蹴りを受け止めるクシフォス。
もう少しで直撃しかけ冷や汗が出る。
『おいおい…容赦無えな』
事なきを得たのも束の間、両手が解放されたソキウスの連拳が飛んでくる。
「どわっ!!」
これまたクシフォスは慌てて対処する。
初撃は右縦拳、続いて連拳の左…金的から殆ど間が無いので、恐らく3連携技と思われた。
しかも左が先程と同じく鞭のように撓る打ち付けで、変則過ぎて軌道が読めない。
こうなると手数か、或いは範囲の広い一撃で返すしか術はない。
「ぬ〜ん! 面倒くせぇ!!」
結果、大味で力任せなクシフォスは、範囲の広い一撃で対処するに至る。
「きゃっ!?」
丸太の如き腕が高速で振るわれ、ソキウスの縦拳と鞭打が簡単に弾かれてしまう。
『ちょっ!? こ、これって適当に振ってるだけでしょ!』
勘が良いのか、はたまた腕がデカ過ぎて防御が余裕なのか、雑なのに上手く防がれてソキウスは納得がいかない。
「今度はこっちからだ!」
体勢を崩したソキウスへ、クシフォスが肉薄する。
「うわっ…!」
巨躯が迫って来て、つい声を漏らすソキウス。
また"技無し"では体格で劣る此方が不利…今更ながら若干の後悔が脳裏に過ぎった。
そんなソキウスの思いなど関係無いとばかりに、クシフォスが大雑把に右で殴り付ける。
「おらっ!!」
これをソキウスは咄嗟に受けてから流した。
まともに防御すれば、絶対に痛いと確信があったからだ。
だが甘かった…左の腕で受け流したのだが、その一瞬の接触でも凄まじく痛かったのだ。
「痛いぃぃ!!」
「ハハハッ、休む暇は無いぞ!」
続けざまに左の拳が飛ぶ。
これも綺麗に右腕で受け流すが、やはり凄まじく痛い。
『これで只殴ってるだけなの!? もし直撃したら…』
ソキウスは背筋が凍るのを感じた。
更に痛みで怯んでいる所へ、クシフォスの喧嘩蹴りが真っ直ぐに飛んでくる。
虚や実の駆け引きを伴わない、そこそこ速いだけの直線的な蹴り。
されど当たった時の事を想像して、ソキウスは無意識に体が萎縮してしまう。
そうして僅かに反応が遅れ、蹴りが脇腹を掠る羽目に。
「えっ!?」
驚愕するソキウス。
掠っただけなのに体が横に回転したのだ。
『うそ〜ん?!』
体が回転する…つまり相手から視界が外れる事と同義。
虚実の駆け引きが無いだけに、視覚的な情報の欠如は一瞬でも命取りに繋がる。
「うははっ! 隙有り!!」
クシフォスは歓喜の声を上げ、下から捲り上げるような平手を放ったのだった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




