1200話・アポラウシウス 対 タトリクス(4)
『馬鹿な…長棍へ吸い付いたように防がれた?!』
アポラウシウスは驚きを隠せないでいた。
放った5本のレイピアを、徐に回転するタトリクスが容易く打ち落とした為だ。
何か仕掛けがある筈…それが何なのか分からねば、恐らく攻撃を当てる事は叶わないだろう。
『いや…それでも、』
飽和攻撃なら話は別である。
相手は長棍1本。
対して此方は10本のレイピアなのだ。
5本が駄目ら10本で攻めれば良い…しかし出来るだけ無傷に負かすのは不可能と思えた。
そもそもタトリクス相手に様子見が間違っていた。
『多少傷物になるのは仕方ないようですね…』
弾かれたレイピア5本を引き戻したアポラウシウスは、後方の地面へ無造作に寝かせる。
片やタトリクスは独楽のような回転を止めると、身の丈を超える長棍を垂直に立てた。
そして立てた長棍を持つ手はソッと添えるだけ…何故なら倒れないからである。
この長棍、実は伝説級の魔導具で半自立型の逸品、故に敢えて地面に寝かせない限り、勝手に立ってくれるのだった。
『さて、これで流石に本気で来るわよね』
後は全ての攻撃を無力化して、絶望した所をコテンパンに殴り倒すだけだ。
そう、こちらから攻めるだけの力と体力は、1回しかないとタトリクスは自覚しているのだ。
何より10本のレイピアを自在に操る、その不可視の技術が気になっていた。
凡その仕組みは分かっていたが、完全に見抜いた訳では無い。
『出来れば何度か攻撃さて、じっくりと観察したいわね』
そんな風に思われているとは微塵も気付かないアポラウシウス。
一応は飽和攻撃で圧倒するつもりだが、レイピア5本の一斉攻撃を容易に凌がれ、未だに不安が払拭し切れないでいた。
万が一、10本全てが防がれれば、もう肉弾戦しか無い…そうなれば無様な戦いになるのは必至。
それは手加減の無い殺しの技であり、血生臭い不快な技でしか無いのだ。
『やれやれ…魔法が使えれば、ここまで悩む事もないのですが…』
などと内心でボヤキながら、アポラウシウスは指先へ気と僅かな瞬動を伝える。
突如、立て掛けた5本と地面に寝かされた5本のレイピアが、魚が水面を跳ね上がるように浮き上がった。
不可思議この上無く、恰も心霊現象の如くだ。
これに度肝を抜かれた観客は息を飲み、クラージュとアグノスは目を見張った。
一方ズィーナミは、その技が何なのか見当が付く。
『もしや鋼糸術か?! だが目に見えぬ程の鋼糸など有り得るのか?』
魔法が禁止な以上、他に考えられるのは魔法の武器くらいだろう。
しかし空中を飛行し自在に制御可能な武器が、果たして"10本"も存在するのか?
答えは…否である。
只、これを認識しているのはタトリクスとアポラウシウスだけ。
その理由は極小の糸で操る術を、恐らくこの2人しか心得ていないからだ。
正にアポラウシウスにとって秘伝の奥義であり奥の手。
しかしながら武の極地に在るタトリクスからすれば、数ある種類や様式の一つでしかなかった。
この差こそが対戦の雌雄を決する起因となる。
浮き上がった10本のレイピアは、一斉にタトリクスへ目掛けて飛来する。
その速度は先程と段違いな音速に達し、衝撃波を発するに至った。
だが直後、まるで凧の糸が切れたようにレイピアが四散する…10本全てが。
「なっ!?」
驚愕の余り声が漏れるアポラウシウス。
制御を失ったレイピア10本は、舞台の上や場外へ軽い金属音を立てて落下した。
「フフッ…相手が悪かったわね」
そうタトリクスが言った刹那、アポラウシウスの耳に覚えが有る風切音が聞こえる。
それは余りにも微かで、"知っている者"しか察知し得ない物……糸が空気を斬る音だった。
「くっ!!」
アポラウシウスは攻撃に使用していた"物"を全て防御に回し、透かさず飛び退った。
「良い判断ね…」
10mは離れていた筈のタトリクス…その声がアポラウシウスの傍で聞こえた。
「…!?」
タトリクスは密かに展開させていた鋼糸で、アポラウシウスが操る"糸"を切断していたのだ。
加えて長棍の挙動を利用して棒高跳びのように跳躍…結果、瞬間移動したかの如く肉薄に至る。
「さて、約束通り仮面をバキバキにしてあげるわ」
タトリクスが"糸"を操ると悟った時点で、アポラウシウスは糸に因る攻撃へ全力の警戒を傾けていた。
その為、タトリクスの肉薄を察知し得ず、その後の近接攻撃にも防御が追い付かなかった。
『不味い!!』
気付いた時には既に後の祭り。
タトリクスが放った掌底が、アポラウシウスの顔面を捉えていた。
すると見事に翻筋斗を打って吹っ飛び、アポラウシウスは場外へ落下したのだった。
闘技場内はシーン……と静まり返る。
そうして1分程の間の後、慌てて審判が舞台へ上がって宣言する。
「タ、タトリクス・カーンの勝利!!」
これで漸く理解した観客から、割れんばかりの歓声がドッと上がった。
「はぁ…やれやれね」
掌底を放った右手を摩りながら、タトリクスはトボトボと舞台を降りる。
その姿ときたら、とても勝者とは思えない覇気のなさであった。
「「タトリクス様!!」」
控え室へ戻ろうとするタトリクスへ、アグノスとクラージュが血相を変えて駆け寄る。
「え?! な、何!? どうしたの?」
可愛い女子2人に詰め寄られ、戸惑うタトリクス。
「どうしたの?…じゃありませんよ!」
「そうですよ! 体は大丈夫なのですか?」
勢い余ったアグノスとクラージュは、そのままタトリクスに縋り付く始末。
こうなると体に力が入らないタトリクスは、2人に抱き付かれたままドベッと倒れてしまう。
「ぐぇっ!」
「あわわぁ…申し訳ありません!!」
「うわぅ!? ご、御免なさい!!」
などと泣きそうになりながら謝る2人だが、タトリクスから一向に離れようとはしない…確信犯である。
「フフッ…何とか対戦を勝利で乗り切れて良かった。さぁ手を貸そうタトリクス殿。クククッ…」
と告げて手を差し出したズィーナミたが、滑稽な3人を前に込み上げる笑いを我慢する気は無いようであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




