1194話・強かな傑物達
グラキエースは控え室のソファーに座り自嘲していた。
「フッ…私もまだまだ精進が足らぬ」
「貴女ほどの武人でも、タトリクス・カーンは手に負えませんでしたか…」
開けっぱなしだった控え室の入り口から、聞き覚えの有る声が聞こえた。
「…気配を消して近付くとは、ジズオ殿は趣味が悪いな」
グラキエースに文句を言われ、ジズオは苦笑いを浮かべる。
「フフッ…御免なさい。でも本当に意外だったの…貴女がタトリクス・カーンに負けるのがね」
「私の戦い方は魔法と剣を併用した物…相手に合わせ過ぎたのが敗因と言えるわ」
そう返したグラキエースは、少し思考してから続けた。
「いや…どの道、出し惜しみ無しで戦えば、私が負けていたかもね…」
未だに震えるグラキエースの左手を見て、ジズオは僅かに顔をしかめる。
「相当な一撃だったようですね。恐らく螺旋波動かと思いますが、あの威力を矮小な包丁で成すのは脅威でしか無いですよ…」
「……」
『螺旋波動……確かに凄まじいがタトリクス様の本気は、あんな物では無い』
結果的に予定通り負けた訳だが、いまいちグラキエースは腑に落ちなかった。
それは自分の攻撃が2回ほどタトリクスに掠った事である。
魔王だった頃のプリームスなら、素の状態でも一切攻撃が当たらなかった筈なのだ。
『やはり本調子で無いのでは?!』
このまま武術大会を進行させて問題ないのか?
そんな不安がグラキエースの胸中を覆う。
主君の目的が達成されるのは確かに最重要事項だ。
しかしながら、それはプリームスが無傷である事が大前提となる。
つまり目的が達成されても、主君を害する結果になるのは本末転倒なのであった。
「どうかしましたか?」
急に黙り込んだグラキエースに、ジズオが心配そうに…否、怪訝そうに尋ねた。
『ここで勘繰られては不味いな…』
「私が負けても現状で有利なのは変わり無い。ならタトリクス・カーンを負かせば、ジズオ殿の思惑通りになる。残る当ては…と思ってね」
するとジズオの後ろから声がした。
「それはアポラウシウス氏に任せるしかないね」
貧民街の王ジウジだ。
彼女は元六武大将であり、王都武林の一画を支配する傑物でもある。
そしてアポラウシウスとソキウスの共同事業者で、グラキエースとの協調を選んだ曲者だ。
また武國の未来を憂い、ズィーナミ勢力が一強になる事を危惧している。
その結果、ズィーナミ派と対立するジズオへ協調したのだった。
「ジウジ殿か…この一画は関係者以外の立ち入りは禁止している筈だが?」
グラキエースに揶揄され、ジウジはニヤニヤと笑みを浮かべた。
「何言ってるんだい、私が行けない所なんて武國では殆ど無いよ。まぁ強いて言うなら神域くらいかねぇ〜」
元六武大将だから?
違う…その張り巡らせた情報網と、凡ゆる場の人間に買収が成せる技だろう。
『フッ…協調者であれば利用価値は非常に高いな』
土地勘が無く伝手が無いグラキエースからすれば、ジウジは重要な人材と言える。
故にジズオ派が負けようとも、貧民王との繋がりは維持せねばならない。
「アポラウシウスに任せれば勝てると?」
「うん…そう私は思うけどね。武神クシフォスにも上手く立ち回って、結局は勝っちゃったしね。タトリクス・カーンにも上手くやってくれるんじゃないかな?」
などと答えるジウジは飄々とした口調だ。
まるで勝っても負けても、困らないように見えなくも無い。
その態度から凡そを洞察するグラキエース。
『成程…貧民王は時の権力者に合わせて来た訳か。なら…』
負ければズィーナミへ鞍替えし、勝てば現状維持…
何とも打算的な為人である。
しかし裏を返せば互いに利用価値が有る限り、裏切る事は無い。
ある意味で分かり易い相手とも言える。
何より裏組織フォボス武國支部の共同経営者なのだ、余程の事が無い限り互いに後へは引けない。
つまり現状で心配すべきはジズオとの関係…そして武國政権の行く末だろう。
「アポラウシウスが負ければ如何する?」
グラキエースの問いに、ジウジは「ん〜〜」と態とらしく考えてから答えた。
「その時はタトリクス・カーンを暗殺するしか無いね。まぁ隙が有ればの話だけど」
『…!!』
グラキエースは怒りで全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。
だが、そんな素振りなど見せずに再度問う。
「暗殺は後処理に問題が有る。全く他国の要人ならいざ知らず、同じ国の武王候補を暗殺するのは感心しない」
「へぇ〜〜意外にグラキエースさんは真面だね」
このジウジの反応には僅かだが怪訝さが含まれていた。
辛辣且つ打算的に返すグラキエース。
「私は費用対効果や、予測される最良の結果で方法を選択する。そう言う意味なら、貴女よりは真面だろうよ」
正に腹の探り合い…味方同士であっても、決して全幅の信頼を置かない。
なのでこの辛辣な言い様は、じゃれ合い程度でしかないのだ。
「ハハハッ、違いない。まぁ今の提案は冗談と思っておくれ。それに私の見立てでは、意外と簡単にタトリクス・カーンを落とせるかもって考えてるしねぇ」
「落とす?」
「ほほぅ…?」
グラキエースは首を傾げ、ジズオは興味深そうに相槌を打った。
「だってタトリクス・カーンはギンレイさんと仲が良いのでしょ? ならそれを利用して籠絡すれば早い。それが駄目でも態と負けるように、ギンレイさんがお願いすれば済むのでは?」
まさかの提案にグラキエースは露骨に嫌そうな顔をする。
「……」
「あれ? 私の提案は駄目かい?」
不思議そうにするジウジ。
するとジズオが溜息をつきながら答えた。
「はぁ…貴女には分からないでしょうが、基本的に武人は信義を重んじます。ですからタトリクス・カーンがズィーナミを裏切る事は絶対にありませんよ」
「ふむ…そう言うものなのか」
理解し難そうなジウジに、グラキエースの方が理解し難かった。
『この女…打算的過ぎる。下手をすれば裏切りそうだな…』
かく言う自分も”元から”裏切っている…もとい潜入なので人の事を言えないが…。
何にしろ全ての事が終わっても、この貧民王は無傷な気がする。
それを鑑みると事後の問題の方が厄介…そうグラキエースは思えてならないのであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




