1167話・歳の差と唐変木
仰向けに倒れたギンレイから放たれた烈風。
その凄まじい破壊の波動は、至近に居たインチェンへ直撃した。
「!!!??!」
インチェンは自分に意識が有り、生きている事を不思議に感じる。
奥義と呼べる烈風を間近で食らい、身体が縦に両断されていて当然な筈。
『何故、私は生きている…?!』
疑問が脳裏を覆った直後、目の前に黒い布が舞うのを見た。
それは自分の衣服がボロボロになって、空中に飛散している姿だった。
そう、ギンレイは僅かに標的を外し、インチェンに烈風が直撃するのを防いだのだ。
『この期に及んで手加減?! 私を殺さなかった事を後悔させてやる!』
烈風の余波で蹈鞴を踏んだインチェンだが、直ぐに体勢を整えて反撃を試みる。
「って…え?!」
予想外の事態にインチェンは呆気に取られた。
同時に観客から色めき立つ声が上がる。
なんと烈風の斬撃がインチェンの服…特に前半身を引き裂いていた。
その所為で綺麗な双丘だけでなく、引き締まった腹部や下半身が完全に剥き出しになってしまったのである。
直後、銅鑼が大きな音を立てて鳴り、慌てた様子で審判が駆け寄ってきた。
因みにその手には羽織らせる為のローブが握られている。
こうして一時的に対戦は中断され、審判が集まり相談を始めた。
そして2分程の審議の後、審判の一人が舞台に立って告げる。
「インチェン・ワンノンを対戦続行不能とみなし、ギンレイの勝利とする!」
これへ観客から特に物言いも無く、歓声が湧き上がった。
「やれやれ…」
タトリクスは胸を撫で下ろす。
実力ではギンレイが上だったが、インチェンの"覚悟"の強さが並々ならぬ物だったからだ。
『死を厭わぬ行動は厄介だわ…狂信的な物も感じるし、』
主人に問題が有るのか、或いは部下?のインチェンが狂っているのか…。
どちらにしろ武技を競う大会で、この様な殺し合いは無粋極まり無い。
隣へ一瞥すると、ズィーナミは申し訳無さそうに俯いていた。
叱り付けてやろうと思っていたが、ここまで悄気る様子を見ては、その気も失せてしまう。
『はぁ…した事を後悔するなら初めからしなければ良いのに』
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ズィーナミはインチェンの控え室に来ていた。
「態々ご足労申し訳ありません…」
そう言って頭をさげるインチェン。
既に白い代えの着物に着替えており、その姿は丸で死装束だ。
「何だ? その格好は儂への意思表明か?」
「……」
頭を下げたインチェンは無言のまま。
ズィーナミは疲れた様子で椅子に腰掛けて言った。
「お主に謝らねばならん。相手を失格か本線への出場を阻止するように言ったが、儂の指示に問題が有った…済まない」
「お顔を上げて下さい! 全ては私の勝手な解釈の問題なのです。ズィーナミ様には何の落ち度も有りません!」
必死に自分の不手際を主張するインチェンだが、ズィーナミは首を横に振った。
「いや…そもそもの指示が間違っていたのだ。タトリクス殿に軽蔑されたよ…」
「それ程に武王候補が大切なのですか?!」
ついインチェンは声を荒げて訊いてしまう。
自分が一番に思われたい訳では無い。
只、自分以外の存在に惹かれる事へ、堪え難い苦痛を覚えて仕方ないのだ。
そう、崇拝する剣匠は人間などと言う俗物では無く、崇高な理想と意志に拘るべきなのだから。
「タトリクス殿は必ずや武國の未来を変える…少なくとも今よりは明るい未来にな。しかし今のまま手を拱いては、きっと武國は衰退し何は滅びるか属国に成り下がるだろう」
「だから、あの方が必要だと?」
頷くズィーナミ。
「あぁ…」
「あの方の魅力に心を奪われた訳では無いのですよね?」
「……」
まさかの問いにズィーナミは呆気に取られ、苦笑しながら続ける。
「フフフッ…こんな年寄りが今更になって女人に恋心を抱くと? 勘弁してくれ…クククッ」
「……本心ですか?」
「ん? あぁ…タトリクス殿は大切な武王候補。そして儂にとっての次の主君となろう。異性として慕ってなどおらんよ」
それを聞いたインチェンは安心した様子で溜息をついた。
「良かった…」
そんな愛弟子へズィーナミは申し訳なさそうに告げる。
「お主が儂を慕ってくれているのは薄々気付いていた。だかな儂では応えてやれぬ…生い先が短いゆえな。それに若い女人が年寄りに執心するものでは無いぞ」
「その様な事を仰らないで下さい!」
「う〜む…現実を見よ。お主はまだまだ若いのだ…自分の幸せを考えて、相応しい相手を見つけるべきだろう」
「自分の幸せが何かは自分で決めます! それがズィーナミ様をお慕いする事なのです…これは譲れません!」
いつもは物静かで自己主張をしないインチェンが、感情を露わにして声を張り上げた。
その事実にズィーナミは気圧されてしまう。
「うむむ……」
しかしながら娘のように面倒を見てきた相手を、今更になって異性として見るのは難しい。
これはある種の倫理的な理性の問題と言えた。
その上、自分は枯れた老人…妙齢の女人など中々に受け入れ難い。
まだ若くて血気盛んであれば、共に慕い合い生きて行く事が出来きたかも知れないが…。
どう諦めさせようかと悩んでいると、インチェンが目を潤ませながら言った。
「私を幸せにして下さいませんか? ズィーナミ様の手で…」
「お主を引き取ったものの、女の子らしい生活を送らせてやれなんだ。それどころか子飼いの暗部の如き扱いをしてしまった…そんな儂がお主を幸せに出来る訳が無い」
「ズィーナミ様の暗部として私自身が勝手に志願したのです。辞めろと仰るなら只の女に戻りましょう…ですから…」
自分を受け入れて欲しい…娘としてでは無く1人の女性として。
そうインチェンが言い絆そうとした時、急に控え室の扉が開いた。
「もう我慢ならないわ! この唐変木!!」
入り口に立っていたのは、憤懣遣るかた無しな様子のタトリクスであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




