1161話・予選6区決勝‐4戦目‐奏怜刃 対 ユチャ(3)
「面白い歩法を使うわね・・・」
興味深そうに言う怜刃。
これにユチャは槍を振り被る独特の構えをし、
「褒め言葉として受け取りますね」
そう返した瞬間に踏み込んだ。
再び凄まじい速度で突っ込んで来るユチャに、今度は剣での受け流しを試みる怜刃。
相手の足を止めるには、それが一番手っ取り早いからだ。
先程の突きとは違う、槍先での振り下ろし。
それを受け流した直後、怜刃の剣に予想以上の加重が掛かった。
「むっ!?」
その所為で受けて"流す"筈が、強力な槍先の一撃で剣が弾かれてしまう。
この隙を逃さないユチャは、振り下ろした勢いを利用し槍をクルッと半回転させる。
すると切先の逆・・・槍の柄先が体勢を崩した怜刃を襲う。
『やるなっ!』
怜刃は素直に感心する。
間合いの広さ、速度、近接でも立ち回れる汎用性・・・これらをユチャが十分に理解して槍を扱っていた為だ。
だが怜刃も相手の想定通りには動かない。
剣を弾かれた勢いに逆らわず体を横に回転させたのである。
そして回転に因って半身になった傍を、虚しく槍の柄が虚空を薙いだ。
こうして両者とも深追いをせず、距離を取るように後方へ飛び退った。
「ユチャって人の歩法・・・縮地だね、」
ボソリと呟いたタトリクスの言葉に、アグノスは首を傾げた。
「しゅくち・・・ですか?」
「流石はタトリクス殿だな、縮地を知ってたか!」
「・・・!!?」
突然背後に現れて大声を出すクシフォスに、アグノスの体がビクッと跳ね上がった。
「・・・そう言うクシフォス殿も知っていたのですね。武神と呼ばれるだけの事はあります」
「ハハッ! よせやい、褒めても何も出ないぞ・・・ぐえっ!?」
タトリクスに褒められて嬉しいそうなクシフォスだったが、怒ったアグノスに耳を引っ張られてしまったのだ。
「気配を消して女性の後ろに来ないで下さい! これだから脳筋は!」
シュン・・・となるクシフォスを他所に、タトリクスはアグノスへ説明を始めた。
「縮地は相手に悟られ難くする移動法で、勿論普通に走るより段違いで速いの」
「へぇ〜〜そうなんですか。私は武術は素人なので何とも言えませんが、一歩が凄く広い感じに見えました」
「うん、理屈で言うと足を動かして進むのでは無くて、体を進む方向へ倒すの。それで倒れる挙動を利用して前進・・・足は後から付いて来る感じ」
不思議そうな顔をするアグノス。
「ん? でもユチャさんは始めに踏み込んでたように見えましたが・・・」
「そうだね・・・私も只の縮地なら気にも留めなかったけど、正に知り合いの縮地がユチャ氏のように特殊な物だったのよ」
「成程・・・ならユチャさんは重要参考人ですね!」
アグノスの言い様に、ずっこけそうになるタトリクス。
「それは犯罪に関係する事で・・・まぁ良いか。取り敢えず、もう少し様子を見るよ」
『不味いわね・・・』
ユチャは自分が追い込まれている事に気付く。
開幕から後の先で対応し続ける怜刃、加えて勝利が決するような進展も皆無だ。
つまる所、それは手の内を剥かれ続ける事に等しい。
そうなれば最終的に弱点を突かれて、自分が負ける未来しか見えなかった。
『なら、一か八か勝負に出るしか無いわね』
意を決したユチャは、得物である槍を真ん中から二つに分離したのだった。
「えっ・・・何ですか、あれは?!」
呆気に取られるアグノス。
それもその筈、有利だった槍の長さを自ら無くしたのだから当然だ。
これで手数が増えても、怜刃が得意な間合いに入らなければならず、ユチャが不利になるのは明らかに見えた。
「ん〜〜仕込み槍? 短い槍が2本になったね」
特に驚いた様子も無くタトリクスは答えた。
因みに分離した槍の後ろの方は、ちゃんと先に刃が付いている。
強度的に疑問を感じるが、タトリクスの言うように仕込み槍が名称に相応しいだろう。
『二刀流? だが刃が先にしか付いていない分、相手を斬り付ける小回りは片手剣の方が上ね』
そう怜刃は高を括った。
相変わらず待ち受ける怜刃を見越したのか、ユチャは右に持った槍を徐に振り上げる。
そして震脚を伴う縮地で突っ込んで来ると思いきや・・・・何と、その右の槍を怜刃へ投擲したのだった。
「なっ!!」
虚を突かれた怜刃は反撃し易い回避では無く、槍を剣で受け止めてしまう。
「おぉっ!」
少し感心して声を漏らしたタトリクス。
ユチャが投擲した槍の真後ろから、怜刃に肉薄していたのである。
つまり投げた槍と殆ど同じ速度で追随しており、人間離れしているとしか言い様が無い。
片や怜刃は完全に出遅れた状態になる。
否・・・投擲された槍を受け止めた直後であり、迫るユチャの追撃に対処出来る訳が無かった。
「・・・!!」
「申し訳ありませんが、勝たせて貰います!」
懐に入ったユチャは左の槍を逆手に持って、柄先で怜刃の鳩尾へ鋭い突きを放った。
勿論、震脚を伴う突きで、そんな物を急所に受ければ昏倒は間違い無いだろう。
「!??!」
ユチャは目を見張った。
突いた槍の柄が、まるですっぽ抜けたような妙な手応えだった為だ。
「残念・・・剣相手に零距離だからと気を抜いたみたいね」
『しまっ・・・』
その怜刃の声を聞いた刹那、ユチャは意識が遠のくのを感じる。
零距離からの掌底が、ユチャの顎を撃ち抜いていたのだった。
倒れ伏したユチャを目の当たりにした観客等は、一瞬の決着劇に呆然とする。
だが審判が駆け寄り怜刃の勝利を高らかに言い放つと、漸く状況を理解したのか歓声が湧き起こった。
「今のは・・・一体どうなったんですか?!」
未だに状況が理解出来ないアグノス。
虚を突き懐に潜ったユチャが明らかに優勢に思えたが、気が付けばユチャが倒れていたからだ。
「怜刃さんは着物と袴に上から打掛を羽織っているでしょ。あの格好は動き難そうだけど、一応は理由が有るのよ」
「・・・? と言いますと?」
「着物や打掛は体の細かな動きを見せなくするの。袴も同じ・・・爪先の向きや脚の角度を見せなくして、挙動を隠してしまうの」
そこまで言ったタトリクスは、身振りで更に補足を続けた。
「今回のは両肩を動かさず、着物の中で腹部から腰を捻って、ユチャの突きを皮一枚で躱した訳だよ」
「なるほど! そんな事も可能なんですね〜〜」
文化的な戦闘様式の違いにアグノスは感心した。
南方や西方は戦闘に於いて、動き易いピッチリとした装いをする。
或いは頑強な鎧などを着込み、攻撃を受けた場合の被害の軽減を重視している。
『まさか当てさせないような工夫をしているなんて・・・』
正に目から鱗であった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




