1160話・予選6区決勝‐4戦目‐奏怜刃 対 ユチャ(2)
六大大人・奏怜刃と槍使いユチャとの対戦は睨み合いから始まるかと思いきや、開幕から激しい牽制合戦となる。
しかし幾ら激しいと言っても牽制は牽制・・・互いに決定打の有る攻撃にはならない。
と言うか、2人とも無理に攻撃せず直ぐに引く所為で、一見派手に見えても全く進展が無かった。
そうして互いの距離が5m程に開いた時、ユチャが一旦槍の攻撃を止めて言った。
「槍と剣なのに流石ですね・・・」
怜刃は剣を正眼に構えたまま静かに返す。
「そう? 六大大人の私相手に、そこまで動ける貴女も中々のものよ」
そして内心で自嘲する。
『フッ・・・タトリクス様の槍捌きに比べれば、この程度の間合いの不利は大した事は無いわ』
道場ではタトリクスの槍を目の当たりにし、更には手合わせで鋼糸をも体験した。
あれ程の武力は比肩するものが思い浮かばない。
「私は貴女に憧れて武國にやって参りました。こうして大会で立ち合えるのは光栄の極みです」
ユチャに羨望の眼差しで告げられ、怜刃は僅かに戸惑う。
おべっかで持ち上げて油断させるつもりだと勘繰ったからだ。
だがユチャから放たれる雰囲気は本気そのもの・・・なので素直に返した。
「そうですか・・・ですが私より強者は幾らでも居ますよ」
「奏大人は私のような者には憧れなのです! それに貴女は武國の頂点に位置するではありませんか!」
熱弁するユチャ。
正直、暑苦しいと怜刃は感じ、同時に憧れられる事への不快さを抱く。
そんな器が己に無いことを自覚しているからだ。
「確かに私は武國で頂点の一画を担いますが、只それだけですよ」
実際、剣聖と比肩する剣匠が居て、元魔教主のジズオが六大大人に・・・六武大将に在籍する。
自分など序列が高いだけで、実力では彼等に劣るのは確かだ。
何よりタトリクスと言う超絶者に出会ってしまった。
恐らく武王を超え、更には剣聖をも超える実力の持ち主・・・そんな存在を前にしては、自身の矮小さを認識せざるを得ないのだった。
「奏大人・・・貴女は女人でありながら、男に引けを取らない事を体現したのですよ。だからこそ女武人の憧れなのです・・・そんな寂しい事を言わないで下さい」
切実な訴えをユチャから感じ取る怜刃。
『嬉しい事を言ってくれる・・・』
女人として高い地位を得たくて、今まで努力した訳では無い。
只々、奏家の宿命を背負い邁進しただけだった。
そして目の前の槍使いからの賞賛は、そう生きた怜刃の副産物と言えるだろう。
されど、そんな羨望や賞賛は今の怜刃には意味をなさない。
「槍使いユチャよ・・・ここは研鑽した武を示す場。お喋りはお終いだ」
「承知!」
潔く頷いたユチャは、怜刃の言葉へ応えるように震脚を伴って突進した。
「!!」
牽制で凡その実力を計ったつもりで居たが、その数段を上回る速度に怜刃は目を見張る。
『特殊な歩法を使うようね』
開幕、ユチャが一足飛びで間合いを詰めた時よりも速く、その速度と相まって槍の間合いが伸びたように感じた。
そうしてユチャから放たれた超速の突きを、怜刃は剣で受け流さずに身を逸らして回避する。
これは直ぐにでも反撃に転じる為だ。
しかし怜刃の想定通りには進まなかった。
ユチャは躱されたと見るや、そこから再び踏み込んで怜刃の後方へ抜けて行ってしまったのだ。
こうなると怜刃は下手に追撃出来ない。
何故ならユチャが追撃を想定して、振り向きからの払いをするのが明白だからだ。
怜刃は感心する。
『成程・・・縦横無尽に駆け巡って翻弄し、間合いの広い槍で外からチクチク削る訳か』
機動力と間合いの広さに物を言わせた戦術・・・並の武人では、どちらか片方しか実践出来ない。
それを女人ながらに可能なのは才能か?、或いは努力なのか?
『いや・・・これは為人なのかもね・・・フフッ』
タトリクスが背丈を超える長槍を持ち、フラフラする姿を思い出し笑みが漏れた。
その極地に達した練度に驚かされたが、恰も動くのが面倒臭そうに後の先しかしないタトリクスにも唖然としたものだ。
しかも一見して槍に振り回されている風な動き。
どう見ても今対戦しているユチャの方が鋭く、また卓越している様に見える。
それでもタトリクスの槍の方が、観戦しているだけなのに恐ろしくて堪らなかった。
何をするか分からない不可解さ、加えて兆しを感じさせない動きと自在に操る気配。
どれを取ってもユチャではタトリクスの足下にも及ばない。
僅かに笑みを浮かべる怜刃を見て、ユチャは怪訝そうに様子を窺った。
「・・・・」
「あの槍使い・・・」
タトリクスは2人の対戦を見ながらボソリと呟く。
これにアグノスが再び過剰に反応する。
「な、何ですか?! 軽装だからって女子をジロジロ見てはいけませんよ!」
『いや・・・軽装とか関係なく、他人をジロジロ見ちゃ駄目でしょ・・・』
などと突っ込みそうになるタトリクス。
だが実際にユチャは非常に軽装なのも確かだ。
後ろ手に纏めた長い茶髪に合わせてか、革の胸当てと革の脛当て・・・防具はそれだけなのである。
また下に着ている服は、ヘソ丸出しのシャツにショートパンツだけ。
そこに女性的な曲線と引き締まった体付き・・・男性なら目のやり場に困るかも知れない。
『格好だけなら人の事は言えないか・・・』
かく言うタトリクスの姿は、裾に腰までスリットが入った生足丸出しの旗袍なのだから。
兎に角、誤解を解く為に補足するタトリクス。
「え〜と・・・槍捌きはまだまだなんだけど、歩法が私の知り合いに似ていてね。だから露出が高くて目が行ったんじゃないよ」
アグノスは首を傾げた。
「タトリクス様のお知り合いですか・・・?」
「うん、凄く古い知り合いでね・・・」
このタトリクスの言葉で、アグノスは察した。
「あ・・・!」
以前の世界でタトリクスの四天王だった武人・・・その中に確か槍使いが居たのだ。
そして今回の武國観光は、残りの四天王を探す足掛かりだった。
飽く迄もタトリクスと同じく"転移"させられた事が前提ではあるが。
「この対戦の勝敗よりも気になる事が出来ちゃったわね」
少し申し訳無さそうにタトリクスが言った。
「対戦が終わり次第お呼びしますか?」
「う〜ん・・・」
怜刃が勝つのが目に見えており、そんな状況で何処の馬の骨とも知れぬ女が呼び出せば、ユチャが気を害する恐れがある。
故にタトリクスは逡巡した。
それに一子相伝の可能性もあり、ユチャが何も教えてくれない可能性もあり得る。
取り敢えずは良く観察し、酷似している点を探るのが先だ。
「まぁ、もう少し様子を見るよ」
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




