1143話・武王デンとジズオ
突如、発症した闇堕ち。
タトリクス特有の病・・・もとい呪いと言うべきかも知れない。
これは周囲に溜まった負の感情を、その特異な体質の所為で吸収してしまうのだ。
そして症状が進み末期になるとタトリクスの体は黒く染まり、非常に強い破壊衝動に駆られる。
更に重度になると敵味方の判別が付かなくなる程に狂乱し、魔力や体力が尽きるまで破壊を撒き散らすのだ。
こうなると起因となる存在を消滅させるしか、闇堕ちを完全に解消する術が無くなる。
しかしながら今の症状は非常に軽度であり、直ぐに危険な状態になる訳では無い。
『自覚症状も出ない程だけど、原因は・・・』
正直、よく分からないタトリクス。
だが魔法障壁で防げる程度に、この武國・・・武林の地に因果の負属性が蔓延しているのだろう。
若しくは聖剣の呪いが、微細な因果の負属性を引き寄せている可能性も考えられる。
タトリクスは頭を抱えた。
魔法障壁で因果の負属性を防げば、聖剣の呪いが進行してしまう。
かと言って魔法障壁を張らなければ、闇堕ちが重症化するからだ。
『うぅ・・・これじゃぁ八方塞がりじゃないか』
なにより身内に心配を掛けたくは無かった。
『魔法障壁を張ったり解除したり、騙し騙しやり過ごすしか無いかな・・・』
真横には、まだ幼さの残る端正な顔が瞳を閉じていた。
小さな寝息を立てている事から、自分と居る事に安心しきっているのだろう。
それはタトリクス自身も同じだ。
だからこそ思う・・・ギンレイも気掛かりではあるが、先ずは大切な伴侶と身内へ配慮しなければならないと。
『身内を不安がらせてどうする・・・無茶はこれっきりにしないと・・・』
そんな決意を嘲笑うように、タトリクスの意識を強い眠気が覆い隠してしまうのだった。
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ジズオは重く厳かな扉を開き室内へ入った。
ここに至るまでは何重もの警備機構を抜けなければならない・・・そう、武王宮で神域と呼ばれる武王デンの寝所であった。
寝所に入ると直ぐに大きな衝立が視界を塞ぐ。
首を垂れて静かに尋ねるジズオ。
「デン陛下・・・お加減は如何でしょうか?」
「・・・・ジズオか・・・うむ、起き上がる事は出来ぬが、今日は何時に無く調子が良い」
と嗄れた声が返って来た。
「左様ですか・・・それでは点滴をお変え致しますね」
「うむ・・・」
衝立を越えると、部屋の中央に天蓋付きのベッドが目に飛び込んで来る。
そして窓から差し込む淡い陽光が幻想的で、まるで御伽話の一場面かの様だ。
抱えていた金属製の鞄をベッドテーブルに置き、それをジズオは静かに開ける。
中には無色透明の液体が満たされた点滴瓶が2つ、点滴に使用する器具が敷き詰められていた。
天蓋の蚊帳を開き、ベッドに横たわるデンの脈を取るジズオ。
「・・・・」
「2週間前までは動けたのだかな・・・」
「・・・・・」
「もう皆の前に立つのも叶わぬ・・・情けない」
「その様に弱気な事を仰らないで下さい」
ジズオは感情を押し殺しながら淡々と返した。
「ジズオ・・・お主には色々と苦労を掛けた。儂の延命の為に、お主へ不名誉な汚名を着せる事になってしもうた。本当にすまない・・・」
「いえ・・・目的は違えど、"その行為"は噂と然して乖離は有りませんから。フフッ・・・何処から漏れたのやら、」
デンへ点滴の処置をしながら、ジズオは自嘲気味に言った。
デンの延命処置に使用する薬剤・・・それは生命力の根幹である心臓や、生命の苗床である子宮を必要とした。
これらを集めるには、人間の女性を捕えるのが最も効率的なのだった。
だが、それを国民から得る訳にもいかず、極刑が下された罪人や、武國に潜入した間者などを捕え殺害し、薬剤の材料へ変えていたのである。
倫理を欠いた所業と言わざるを得ない。
それでもジズオは、そうしなければ為らなかった。
武王デンが失われれば、延命に使われた何万倍を超える人命が失われる。
正に少数を犠牲に、大多数を救う為の苦渋の決断なのであった。
「お主が魔教主だった事を知る者の中で、反感を抱く者が流した噂だろう。何も知らぬがゆえの愚行だな・・・」
それには何も返さず静かに尋ねるジズオ。
「・・・点滴を変え終わりました。何かご所望が有ればお伺い致します」
「うむ・・・儂の後継は見つかりそうか?」
「魔剣から収集した情報では、一人だけ滅魔の素質が有りました。他は全くの適正が無いか、多少有っても発狂して使い物にはなりません」
デンは深く溜息をつき、諦めた様子で尋ねた。
「・・・・そうか。武國内や北方に撒いた魔剣は、全部で幾つになった?」
「流した核のみも含めましたら、丁度100本になります」
「100人中で1人とは・・・その者に期待して良いのか?」
それはデンにとって一筋の光明・・・150年にも及ぶ苦行が解放される可能性を秘めていた。
「はい・・・既に私の派閥に属し、次期武王候補として擁立しております」
ジズオの回りくどい言い様に、怪訝そうな表情を浮かべるデン。
「派閥だと? つまり対立候補が居るのだな?」
ジズオは苦笑いを浮かべた。
「流石はデン陛下ですね・・・仰る通りです」
余計な心配を掛けまいとする思いは、デンとしては嬉しい。
だが国家の存亡に関わるのなら話は別だ。
「対立"出来る"派閥が有るなら、脅威なのは間違いなかろう?」
「私に対立しているのは剣匠と奏怜刃・・・そして二人が擁立した武王候補は、タトリクス・カーンと言う人物です」
「・・・!!」
デンは目を見張る。
剣匠ことズィーナミ・リニスは、最重要機密であるデンの秘密を知らない。
しかし代々奏家は武王の秘密を共有し、封魔の一族として武王に仕えて来たのだ。
最悪、中立の立場を取っても、敵対するなど考えられなかった。
「ご心配には及びません。どちらが次期武王を擁立するかは、武術大会での結果で雌雄を決します・・・これに勝てば良いだけなのですから」
「そうか・・・手段は幾らでも有ると言う訳だな」
「左様で御座います・・・」
恭しくジズオは首を垂れて言った。
「ふぅぅ・・・相分かった。お主に全て任せる」
例え計画が破綻していようが、もはや起き上がる事さえ儘ならぬ自分に対処する術は無い。
信頼と諦めが綯い交ぜになった思いを抱え、デンは静かに瞳を閉じたのであった。
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〜「封印されし魔王は隠遁を望む」作者・おにくもんでした〜




