102話・迷宮の短所と長所
プリームスがこの王都に拠点を構えるなら、迷宮が良いと言いだす。
理由としては迷宮の最下層なら自身と”身内”の安全を確保し易いからだ。
又、どの程度の深さかにもよるが、迷宮の最下層ともなると容易に接触が取れない為、外部からの干渉を抑制出来ると言う利点も有った。
これは正に隠遁には打って付けの場所と言える。
逆に難点と言えば地上までの距離が遠すぎると言う事だ。
迷宮に入り最下層まで降りるだけでも相当な手間である。
そして逆も然りな訳だ。
本来迷宮の主である上位アンデットは飲食を必要としない。
故に迷宮の出入りを必要とせず、最下層に籠り切りになれる訳である。
逆に言えば籠り切りになる為にアンデットになったと言っても過言ではないだろう。
更に地中の深い場所にある為に、水脈や浸み込んだ雨水の影響で湿度が異常に高かったり気温が低かったりするのだ。
要するに人が生活する上で快適とは言えない環境なのだった。
アグノスは迷宮に拠点を置く事に猛反対してしまう。
利点や難点、欠点をプリームスが詳しく説明したのが仇となったのかもしれない。
正直、駄々を捏ねると言っていい程の反対だった。
しかしアグノスの立場になって考えれば反対するのも頷ける。
17歳の年頃の娘が、何が嬉しくて地下迷宮の最下層に住もうというのか・・・。
そう思うとプリームスは申し訳ない気持ちになってしまう。
結局はプリームスの我儘に振り回す事になるのだから。
それに一番の問題が残っていた。
「王都近郊に都合よく、プリームス様が思うような深さの地下迷宮があるのでしょうかね?」
そう独り言のようにスキエンティアが言ったのだ。
正にその通りであり、それが問題であった。
するとエスティーギアが一言呟く。
「ありますよ・・・」
「「「え?!」」」
一同、そんな都合が良くある訳が無いと思っていたので驚いてしまう。
アグノスはと言うと知っていたようで、嫌そうな、そして少し居たたまれ無い様子だった。
迷宮が存在するからこそアグノスは反対したのかもしれない。
またプリームスからすれば、言い淀み内心で悶々とされるより、はっきり意思を示してくれた方が助かるのだ。
そう言う面でアグノスは小気味好いと言えた。
エスティーギアは申し訳無さそうに話し出す。
「その迷宮に関してご説明したい所なのですが、ポリティーク殺害の件で王宮がバタバタしているようなのです。ケラヴノスも指示が欲しいとの事なので、申し訳ありませんが行って参ります」
そう言ってエスティーギアは、そそくさと理事長室を出て行ってしまった。
こうなると迷宮の情報を知り得ているアグノスから聞き出すしかない。
そう思いプリームスはアグノスに優しく話しかけた。
「アグノス、知っている事が有れば教えてくれるかい?」
少し頬を膨らまして不機嫌な様子を見せるアグノス。
プリームスは困ってしまった。
『この様子だと答えてくれそうに無いな・・・なら少しご褒美をあげないといけないか』
これは”身内”として迎え入れられ、本人が”伴侶”と思っているからこそ出来る小生意気なアグノスの態度と言える。
フィエルテなどプリームスに対して恐れ多くてとても出来ない態度であった。
またプリームスも”身内”に甘い事も問題であるだろう。
これに関してスキエンティアは頭を抱えばかりである。
何故ならこの調子で”身内”が増えれば、プリームスの優しさに甘えて分を弁え無い者が出てくるかもしれないからだ。
そして下手をすれば独断専行が過ぎ、プリームスへ不利益を及ぼしかねない。
そう将来をスキエンティアが心配していると、プリームスがアグノスを甘やかし始めた。
ソファーに座るプリームスは両手を広げてアグノスへ言った。
「おいでアグノス」
まるで魅了されたように無意識な様子でアグノスはプリームスに抱き着いた。
そしてプリームスは優しく抱きしめ背中を撫でる。
「私のお願いを聞いてくれないかい? アグノスの悪いようには絶対しないゆえ、知っている事だけでも教えておくれ」
アグノスはプリームスの豊満な胸の感触を自身の胸で感じた。
更に自身の頬をプリームスに寄せた事で、その暖かさと仄かな甘い香りが鼻孔をくすぐり官能的な欲望を湧きたたせてしまう。
アグノスは恍惚となる自身を押し留めながらプリームスへ零す。
「本当にプリームス様は意地悪な方です。それに女ったらしです・・・私が拒めない事を知っていて、そんな優しい言葉を掛けるんですから」
傍で見ていたスキエンティアも、『全くその通り』だと思った。
プリームスは自身の魅力に鈍感ではあるが、自身がどう振舞えば相手がどう動くかは分かっているようなのだ。
故に癖が悪い・・・。
こうしてプリームスは、アグノスから王都近郊にある地下迷宮の情報を引き出すに至るのであった。




