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なんとかなるさ、絶滅危惧種。  作者: やまきとしはる
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第六話『小休止』

「そいえば、つゆちゃんの家って行ったこと無い気がするんだけど!」元気に、そう言いだしたのは空であった。

確かに私は二人を家に招いたことはない。しかしそれには理由があるのだった。そう、察しのいい読者の諸君ならばすでにお気づきかもしれぬが、シロの事である。

シロは可愛い。その可愛さの輝きは知らず知らずのうちに太平洋ゴミベルトの毒素をすべて抜いていたと私の中で慎ましく噂されるほどである。しかし二人をシロに会わせていないのは、そんな私の我儘な独占欲が働いたからではないとここに言い切っておきたい。そう、シロを溺愛する私とて自覚はあるのである。シロは、どう考えても異常で、普通の世界、つまり我々が普段暮らしているこの世界の生き物とは一線を画している。なんたって、結構な年長者のはずなのに、育たない。働いてない。おまけに金髪碧眼ときた。

我が妹ながら呆れる。

しかし、十露美、ここで名案を思い付く。

ここでのシロに関する問題はすべて彼女が「大人である事」に起因している。

つまりだ、シロの年齢(私でも知らないが)を伏せて会わせれば、問題はないのではないか。「親戚の子でぇ」とか適当なこと言えば、万事OKじゃないか。「今預かってるのぉ」とかさ・・・。

いや、親戚の子が金髪碧眼な訳があるか!十露美、ゲームオーバーである。

「どうしたんですか、神妙な顔して、貴方の家は人造人間の機密設計局か何かですか。」

唐突に、華怜が私の思考に割り込んできた。びっくりして、「ちがっ!」と変な返事をしてしまう。

「ははは、『ちがっ』て、ちがってちがって!」空が面白がっている。煩いことこの上ないが、空なので許される。

「じゃあ、なんでそんな悩んでいるような顔をしているんですか?もしかして、ホームレスですか。」

「ちげえよ」次は流石の私も強気に出た。私とシロとの憩いの空間を路傍の段ボールだなんて呼ばせない。

「だったら、今日放課後にでも、空と一緒にお伺いさせていただきたいです。いやなに、私もすこぉし興味があったものでね。」華怜が悪戯っぽく言う。

「いいねいいね!行こうよ華怜!いいよね!?つゆちゃん!」

先程の笑いをの余波である涙がまだ顔に残っている空の燦然たる笑顔にあてられた十露美は、「いや、うちさ、ちょっとうるっさい奴がいてさ、妹なんだけど、いいかな?」観念した。

華怜がニヤッと笑ったのが見えた。



☆★☆



「で、つゆちゃんの妹って、どうゆう子なの?気になる気になる!」

下校の道を歩きながら、空が元気に尋ねた。

「そうだな、先ずちょっと驚くと思うから、先に言っとくけど、あいつあの年でカラーワックスとかカラコンとかやってんだよな。いきなり金髪碧眼だけど、驚かないでやってくれ。ませてんだよ。最近のガキってのは。」口から出まかせを言う。

「むふふ、そうですかそうですか。それもいいんじゃないですかね。」華怜が気色悪げに言った。どうもさっきから様子がおかしい、この女。

「じゃあそろそろ着くんだが、あ、ほらあのアパートだ。」

「おぅ!アパルトマン!」空がわざとらしく行った。

「ほう、いい住まいではないですか。私の家と比べれば。」

確かにそうだな、と。私は心の中で思った。華怜の家は、きわめておんぼろな下宿であった。当然ながら部屋も狭い。彼女はその狭い範囲の中に出来る限りの本だな、本だな、本だな、を並べ日夜ビブリオフィリア然と思索にふけっている。

ここでついでに話しておこう。空の家の事だ。これが中々普通の家であった。しかし、外観だけであった。中に入ると、何かよくわからない物体が壁に敷き詰められていた。防音のための断熱材か何か(空も詳しくは知らない)だと後で知る。だから夏は相当熱くなるらしく、決して広いとは言えぬ家のいたるところには空調が所狭しと設置されている。異常だ。空はそんな家の中に出来るだけ多くの音楽設備を整えていた。金はストリートライブで溜めた。枕ではない。と本人が言っていた。彼女は家に入るなりしびれを切らしたようにギターに向かって走り出し、壁に埋め込まれているスピーカー(ギターアンプというのだと後に知る)にコード(シールドケーブルというのだと後で知る)をさし、それをギターに接続し、大音量で鳴らし始めた。悔しいが、上手い。決して超絶的な技巧を披露しているわけではないのだが、聞いているこっちが楽しくなってくるような、素敵な演奏だった。

と、まあこういった具合に私が彼女らの家の中身を知っているのはひとえに何度か招かれたことがあるからであり、こちらの家を断固として見せぬのはフェアであるとは言えない。それも今回私が空と華怜を家に入れる決心をした一因だった。



☆★☆



家に近付いていくと、ベランダが明瞭に見えてきて、そこに誰かが立って、布団を叩いているのも確認できた。シロである。ぱたぱたと、可愛らしい仕草だ。

「もしかしてあれが、十さんの妹ですか?」

華怜が感激したように尋ねてくる。「そうだよ」と私は軽く答える。

「・・・っ!こうしてはいられないです!早くあなたの家のドアを叩きたい!」

「まあまて。もうすぐそこだ。・・・なんでそんなに興奮している。」

まさか、こいつ、ビブリオフィリアの上にペドフィリアだったのかしら。

ふと隣の空を見遣ると、・・・あれ?いなかった。

「おい、華怜。空、何処行った?」

「ああ、田幡さんは、きっと必要になるから、と、ギターを取りに行きました。」

「まさか、走ってか」「その通り」「すごいな」「私もそう思います」

その時だった、どうやら私の存在に気付いたらしいシロが、「あっ」という顔になり、こちらに手を振ってくる。

「おねーちゃーん!おかえり~!」

隣で華怜が微かな声で「ずきゅーん」と言っていた。確かに聞いた。



☆★☆



「おう、帰ったぞ、シロ」

「お帰り!お姉ちゃん!」口裏を合わせるまでもなく、シロはいつも通り私をお姉ちゃん扱いしてくれる。凄く助かる。

「あのー、私お姉ちゃんの友達で、華怜って言います。宜しくね。」

いきなり聞こえた声に、私はギョッとした。華怜がこんな、丁寧に喋るなんて!

「え、お友達!?すごい!よろしくね!えーと、カレンさん!」

またもや、かれんは「ずきゅーん」していた。もうよくわからない。

「じゃあ、シロ、客人にお茶でも出したまえ」わあたしがおどけた口調で言うと、「わかった!お姉ちゃんのはココア?」と尋ねてきたので「おう、それで頼む」と言った。

「じゃあ、取り敢えず行くか?私の部屋。」

「そうですね。ずびずびっ。」なんだそれ、鼻血か!?華怜。



☆★☆



私の部屋は、二人の部屋と違って、とても普通だ。勉強机に丸机、あと空調。それで十分だ。寝る場所はリビングのソファ。ベッドの必要性を取り立てて感じない性分なのである。

そんな部屋で暫く華怜と他愛ない話をしていた。

「しかし、お姉ちゃんですか。乙なもんですな。」

「なあカレン、さっきからどうしたよ、お前さ、おかしいぞ?」

「私は至って平常運転ですが。ひひひ。」

いや、おかしいだろ。

「お待たせーっ」

元気にシロが入って来た。と、一緒に入ってくる人影が一つ。アコースティックギターを抱えた空だった。「このひともお姉ちゃんのお友達ぽかったから、入れといたよ。」

「オーケー。サンキューな、シロ。」

「おお!ここがつゆちゃんのお部屋!想像してたよりずっと普通だ!だけど、シロちゃんが想像の二十倍くらい可愛いいいいい!」

「解ってるじゃないですか、田幡さん。」華怜が頷く。

これは仕方のない反応だ。だってシロは可愛い。だけど、華怜の反応には奇妙な感じを禁じえなかった。直接「可愛いなあ!」という感情をぶつけているというよりは、保護所の如く遠巻きに見つめているような・・・感じだ。

ことことっと軽快な音を立てて飲み物がテーブルの上に並べられる。

シロの手が空っぽになる。その瞬間を見計らって、空がシロに抱き着いた。「いいにおいがする!触り心地がいい!可愛い!」空は三拍子唱えて、恍惚の表情となった。

シロは顔を赤らめているだけだ。進んで受け入れようともしていなければ、抵抗もしてない。

「おお、いい光景です。」と、華怜が何処から取り出したのか、カメラを持っている。」

「記念撮影です。適切に並びなさい。」華怜はそう言って、三脚にカメラを立てる。

なんなんだ、一体。



☆★☆



「クーさん。ギター弾いてよ!」

「構わないぜ。シロちゃん。」

空がカッコつけてギターをケースから出した。そしてつまみを回し始める。

「それは、何をしているの?」

「チューニング!」

「よくわかんないけど、大事なんだね。」

「うん!」

こう見ていると、二人の精神年齢は近いのかもしれない。

「えーと、じゃあ何を歌おうかな。」

そう言って、空は窓の外を見た。見事な夕焼けの色が、窓には映し出されている。それを見て空は何かを思い付いたようだった。

「えーと、じゃあこういうのは?」

空が唐突に歌いだしたのは、「夕焼け小焼け」だった。優しい歌声で、夕焼け時に聴くにはとてもよかった。シロも同じように思ったらしく、拍手している。

「すごい!かっこいい!」

「でしょ!?音楽is最高!」などと空が恥ずかしいことを言っている後ろで、華怜はにやにやしながら、先程撮った写真を隅から隅までなめるように見ていた。

にぎやかな空気だった。二人を家に連れてきてよかったかもしれない。と思った。シロにも、こういう空気があっている気がする。

せっかちな空が「じゃ、次の曲―」と言っている。

華怜が「へへへ」と奇妙に笑っている。

夕焼けは穏やかに差し込み、私たちは憩い、鳥は歌い、鼻は咲き、太陽は笑う。そんな柔らかい空間で、『負け犬ガールズ』暫しの小休止。



これを最後に、しばらくお休みします。結構長い期間です。割と小休止ではありません。詳しくはtwitter@yamaki_humanをご確認ください。

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