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なんとかなるさ、絶滅危惧種。  作者: やまきとしはる
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第五話『デスパレイト・ラヴ』

「さて」と私は手を合わせた「どう料理してやろうか。」

場所は理科実験室。学校の中にあるありとあらゆる部屋の中で私刑(リンチ)を行うにおいて、万能の性質を誇る部屋だ。何故か。

先ず一つに、『過疎性』があるだろう。理科実験室なんてものは、狭い学校の敷地の中でも、かなり辺鄙な、湿っぽい位置にある。アミューズメントテーマパークで言うと、敷地の郊外の、トイレがテーマパークの雰囲気に即する気取った様相を取らなくなる位置にあたる。すなわち、敷地の『はずれ』だ。こんな場所、生徒はおろか、教職員も滅多に訪れることはない。だいたいからして、現在の理科の授業で実験を行うことは殆ど無いのだ。近頃は燃焼の実験の一つにしても『危険だ危険だ』と、うるさいものなのである。ここは、そんな風に時代の経過とともに需要を剥奪された、いわば『かなしい辺境』なのである。だから、私が私刑(リンチ)をする場としての需要を見出したとしても、何ら不都合はないのではないだろうか、寧ろ、理科実験室としては『部屋冥利に尽きる!』とでも言って、私に頭を下げるべきところだろう。これが一つの理由、『過疎性』である。

そしてもう一つは、『防音性』である。この部屋は、勿論だが、理化学全般の実験を行うことを想定して設計されている。そんな数ある実験達の中には大きな音を伴うものがあっても、おかしくはないだろう。だからこの部屋には『防音性』が付与されている。実際、この部屋に入ってきてから、外の音があまり聞こえない。だからこちらがおぞましいことを行っていても音は漏れない。だがその代わりに、外側からの音も全く聞こえない。まあそれは、先程の『過疎性』でカバーできるところであろうと思う。

以上の二つの観点から、理科実験室は私刑(リンチ)に超、最適なのである。これらの理科実験室の法則は、もしかしたら私がいる学校にのみ当てはまるものであって、ほかの学校ではそうは行かぬという事も考えられるのだが、とにかくここでは、理科実験室が一番なのだ。

「やめろ、僕を、どうする気だ。」相良が相当に怯えて、凄い表情を見せている。「叫んでも外には聞こえないのですよ。」と教えてやれば、もっと面白い表情が見られる。というような考えも一瞬、浮かんだことには浮かんだが、直ぐに払拭した。私はそこまで外道ではないのだ。自負している。

私が相良への適当なレスポンスを考えて押し黙っていた数秒間の間、急に部屋の扉が開いた。がらがら、と妙かつ不躾な音を鳴らして、扉は廊下と実験室の間の空間を真っ二つに割いた。そこから現れたのは、やはり空と華怜だった。

「やっほー!私たちが来たぜ!つゆちゃん!」

「遅くなってすみません、パン食ってました。」

相良は、二人の登場に、目を見開いてカタカタと震え出した。「どうしてここに」と言わんばかりだ。単に驚いているだけなのか、おびえているのかはわからない。

「さて、相良君。」と華怜が先ず切り出した。「すべて吐いてもらいます。」

「何を、何を吐けというんだよ。」と相良がすかさず華怜に言い返した。それは心なしか、先程私に話しかけてきていた相良の口調より幾分か乱暴さが増しているように思えた。相手が変わった瞬間に態度が急変するそれは、さながら小学生男子が起こす好きな女子に対しての反動形成のように思えた。

反動形成?

自分が何気なく思い浮かべた言葉が急に速度を増してあたまの中を埋め尽くしていった。まさか、この男、華怜の事が。

「ちょっと待ってくれ、クー、カレン。ええと、私はこの男とちょっとした話があるから、そこで待っててくれ。」

と言って、私は目の血走った相良の腕を掴んで、部屋の隅へと引っ張っていった。


「なに、なにっ、すんだよっ!」相良が明らかに不快そうに私に詰め寄る。

私の方はというと、至って冷静な口ぶりで、「おまえさ、まさか・・・」と私の気付いた事実を口に出そうとしていた。

「まさかって・・・なんのまさかだよ。」

「だからさ、カレ」

「ちがうから」相良が急に毅然とした態度で臨んできた。こういう場合は大体図星。私の勝率が上がった瞬間である。

「だからさ。カレン。か・れ・ん。」

「ちがう!やめろ!やめろお!」私に人をおちょくって楽しむ趣味はなかったが、今の相良

の反応は下手なピンボールゲームよりずっと楽しかった。

「おまえ、相良、隠し事下手なんだな。」

「悪いかよ・・・。」

「とにかく私が言いたいことは一つなんだが、カレンさ、多分お前のことよくは思ってないぞ。」と私は相良に耳打ちする。良い反応を見たい。という欲望もあった。

すると奴は想像以上の反応を見せてくれた。スライム状に溶けたのではないかと思うほど、のっぺりと、するすると、床にへたり込んだ。顔は青褪めて、「まさか、まさかのまさか」とうわごとのように呟いている。

「ほんとのことだよ。あーあ、お前が、虐待なんてするやつだったとはなあ。」

「してないしてない。そんなことしてないしてない。」

「嘘だ。だってお前の消しゴムについてたの、あれって血だろう?」

私が相良を指さしてそう言うと、奴は体をびくっと震わせて、泣きそうな顔になった。

「まさか、それが原因で、鏑矢は、俺の事が嫌い・・・?」

「さーね、だとおもうけど。」と私は軽く言った。「でもお前もなんだってカレンみたいなのに惚れたんだか。もっと可愛い子はいっぱいいるだろう。」重ねてそんなことを言いながら頭にシロの事を思い浮かべていると、忽然と相良が立ち上がった。それはもう有無を言わさぬ勢いで、まるで鉄砲玉のようだった。そして奴は走り出した。その方向には、空と華怜がいた。

「おいちょっと待て、一体、どうしたって言うんだよ!」と私は声を掛けるが、奴は止まらず、空と華怜のもとにつくや否や腰を折ることしか能がないサラリーマンみたいにかくんと腰を九十度に折りこうべを垂れて、「誤解なんだー!」と言った。

「え?なにがですか?」と流石の華怜も驚いた素振りである。

「だから、俺は虐待なんてしていない。むしろ、その逆なんだ。親父が、親父がさ、余りにも弟を虐めるからさ、見てられなくてついぶっちまったんだよ。あれは、その時についた血なんだ。信じてくれ。」

「え!?相良君」と空が驚嘆の声を上げる。「ヒーローじゃん。すごいよ。」

華怜はというと、「ふうん。」と興味なさそうにポケットに手を突っ込んでカイロか何かを弄んでいた。



☆★☆



その後、我々が様々の事情を相良から聴取した結果、どうも奴は本当に弟虐めではないらしいことが解った。奴の父親は困ったことがあるとすぐに身近なものに当たらなくては気が済まない性分であるらしく、奴も子供のころそんなどうしようもない衝動の餌食になった事があるらしかった。その理不尽な経験から、弟を守ろうとして出た行動が「親父を殴る」という事だったらしい。我々としてはそれは妥当でまっとうな行動に思えたし、相良を疑っていたことが申し訳なくなったくらいだったので、直ぐに相良を帰した。

奴の帰り際、空はずっと「ヒーローだ。君はヒーローだ。」と言っていた。相良は終始照れ臭そうにしていたが、その目線はしっかりと華怜の所に据えられていて、収拾のつかない感じに私は吹き出しそうになった。

奴が出て言った後、私は華怜に、「カレン、さっきから、何いじってんだ?」と尋ねると、華怜は「カイロですよ」と言って、一冊の本を取り出した。そして、気恥ずかしそうに「あ、間違えました。これはカイロじゃなくて『我が闘争』でした。」と言って、直ぐにポケットに『我が闘争』をしまって。カイロを取り出した。

私はポケットに我が闘争を忍ばせているような女がまともな恋愛観を持っているとはどうしても思えず、少し相良が不憫になった。そして、相良を応援したい気持ちも、すこし、芽生えた。頑張れ。相良。



☆★☆



帰り道、我々が例の公園を通りかかると、男の子が大声で「ごめんなさい!」と言っていた。その光景を狂気のこもった目の父親は静かに見つめていた。「立てよ・・・」と言っている。

私はその光景を見るのが二度目であるにかかわらず、やはりびっくりして、つい目を伏せてしまった。

その時だった。遠くから足音が響いてきて、それは確実に近くへ近くへと距離を縮めていた。

現れた相良は、そのまま父親のもとへ、猛ダッシュで駆けると、父親を殴った。「尊属殺重罰規定がなんぼのものじゃああああ!」と叫んでいる。

父親は思い切り吹っ飛んで、男の子は驚きの顔を見せる。

そして相良は「逃げるぞ!」と弟の手をひいて走り始める。奴は去り際に公園の入り口に立つ我々を認め、驚きながらも、今はそんな暇ではないという風に、小さく会釈をして去っていった。

「ああいう人、嫌いじゃないですよ。」と華怜が言う。

その声には恋に発展しそうな予感は露ほども含まれておらず、どちらかというと「おもしろいやつだな」みたいなニュアンスが含まれていたので、私は、「前途多難だな。相良。」とやつを慰めたくなった。

「私もヒーローになりたい!」と空が幼稚に大声を上げる。

華怜はそれを聞いて、「じゃあ、なりましょうか」と言って、公園の真ん中に横たわって小刻みに動く父親を指さした。「ほら、後一仕事、ありますよ。負け犬ガールズのお仕事。やりましょうか。空さん。露美さん。」華怜は笑顔で言う。


まだよろしくと僕は言いたい。

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