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なんとかなるさ、絶滅危惧種。  作者: やまきとしはる
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第四話『詰問作戦プランA』

「いったいなんだったんだよ、さっきのは。」と私は、華怜に向かって言っていた。

空も、たじろぎながら、「そ、そうだよー、華怜、ちょっとこわかったよ?」と言っている。

『さっきの』とは、勿論、華怜が見ず知らずの虐待親父に平手をかましたあの場面の事だ。

あのとき、華怜は異様な迫力を放っていたし、明らかに、なんというか、普通ではなかった。なので、今まで聞くのが躊躇われていたのだが、三人でずっと無言で歩いていると、その雰囲気の圧力に耐えきれなくなり、私の口からは、華怜に対する質問の口上が吐き出されたのだ。

私たちの質問を聞いて、華怜は、「大したことじゃあないですよ。」と言った。

そして顔に満面の笑みを作り、「あの子、相良君の弟さんなんです。」とも言った。

それを聞いて、私の頭には、大きな衝撃が走った。華怜の答えは全くもって予想もしなかったものだし、出来なかったものだ。その答えが、私の頭を、奇襲のような形をとってぶったのだ。まったく考えも至らなかった方向から打撃が来る。その感覚に、私は、屋根のある部屋の中で急に雨に打たれるような、奇妙な感覚を覚えた。それは、空も同じだったようで、鳩が豆鉄砲を食ったような、面白い顔で固まっている。

私は辛うじて、「どういうことだ」と聞き返した。

すると、返って来た華怜の答えは、纏めるとこういう事だった。

前に相良が、自分の弟の話を友達にしていたのを偶然聞いた。その話によると、奴の弟のこめかみ辺りに、特徴的なほくろがあるということで、先程の男の子のこめかみにほくろを認めた華怜は、もしや相良弟では?と思い至り、虐待する父親を叱る女子高生という体で、男の子の名札の確認に臨んだらしい。すると、ビンゴだった。

華怜は「相良くんの弟であることもわかったし、虐待もとめられたし、一石二鳥ですよ。」と笑顔で言った。

「カレン、お前、演技うまいな。ほんと、びっくりだよ。」と私は溜息を吐きながら言う。

すると次に空が言った。「で、それがわかって、どうするの?あの男の子が相良君の弟だから、何になるの?」

華怜の険しくなる顔が「何も考えてなかった」と、無言で言っていた。



☆★☆



「ただいま」

ドアを勢い良く開けて言い放つと、「おかえりー!」と、元気な声が山彦の如く返って来た。

そしてその声の持ち主は私に溜まった一日の疲れなど露ほども気にするような所作もなく、キッチンからものすごい勢いで走ってきて、私に飛びついてきた。

簡素なドレスローブ一つ。碧眼。ブロンドヘアー。という明らかに日本人然としていないような出で立ちの少女は、正確には少女というべき年齢には当たらないらしいのだが、少女にしか見えない女は、シロという名前で呼ばれている。本当の名前を知っているものはいない。ただ、肌が驚くべき純度で白いので、シロと呼ばれているだけの事である。シロはこの家の居候で、いつからいるのかはわからない。少なくとも私が物心づいた時には、すでに、いた。だが、その当時から彼女の体はおよそ成長という名の付くものすべてに関わり合いを持っていないように思えた。昔から子供のような体と声で、今でも同じだ。私がシロの身長を越したのはいつの事だったか。恐らく小学校高学年の時分であったように思うが、正確には解らない。

そんな昔からシロがこの家に居るという事実を踏まえて考えると、彼女が少女と呼ぶべき年齢にないことは明白だと思えたが、彼女の外見は私にそれを納得させるに足る情報をそなえていなかった。なので、私はいつもシロに対しては、妹のように扱ってしまうのである。

今も、「なんだよ、シロ。飛び付くなって。」と言いながら、その澄み渡ったブロンドヘアーを撫でていた。

だいたい、シロは自分が年長者であるという事を忘れ去っているのではないか。と思うこともしばしばだった。今だって、私がそのようにふるまえと言い出したわけでもないのに、仲睦まじい姉と妹の温もりのある空間が、玄関には出現していた。それは、シロが私に対してまるで年少者のように振舞うからに他ならないものであった。

ただ、両親のいないこの家で、炊事洗濯、その他家事全般を世話してくれるのはシロであり、私はまったくよくできた妹だ。と、微笑ましい気持ちにならざるをえない。



☆★☆



昔に、両親にシロについて尋ねたことがあった。

五、六年ほど前だったと思う。とにかく、両親が失踪するより前の事である。

私は幼心に、成長をしない、平日の日中何をしているかもわからない、日本人の姿ではない。と面妖な要素が三拍子出揃った居候、シロの事を若干は不気味に思い、若干は不思議に思い、両親に尋ねたのである。「シロって、なんなの?」

すると両親は異口同音でこう答えた。「可愛い家族だよ。」

それ以上を質問しようとすると、両親は必ず適当な話で、はぐらかした。

失踪してしまって目に見える姿が仕送りの金しかなくなってしまった両親が何を隠していたのか今となっては解らないし、私は未だにシロの事については知らないことだらけだ。だけど、今はそれでいいのだと思っている。どれだけ異常な境遇であれ、シロは居候なんかではなく、私の家族なのだ。何年も寝食を共にしていると、どんなことにだって頭は慣れていくし、人並みの絆は芽吹いていく。シロは、私の可愛い妹だ。今は、それでいい。



☆★☆



「あ、忘れた、消しゴム貸して。」と私は相良に言っていた。

相良はめんどくさそうにしながらも、はいよ。と消しゴムを貸してくれた。基本的には、意外に気のいいやつなのだ。

そして、その消しゴムを返す時に、わざとらしく、言う。

「この血痕。なんだろう?」


相良の消しゴムのカバーに血痕が付着しているというのは、やはり、観察眼を持つ華怜の発見だった。それまで、『相良の弟が父親に虐待を受けている、だからなんだ?』との思いを抱いていた我々、負け犬ガールズは、その情報を得るとともに、『相良も弟への過度な虐待に関与しているのではないか?』との可能性を掬いだしたのだ。

そして作戦決行に至る。

消しゴムを忘れた乙女を装って、消しゴムをかりて、血痕について尋ねるのだ。それで奴の顔色を窺う。

作戦の成功は、私の演技、才量にのみかかっていて、緊張したが、結果、自分で言うのもなんだが上手く行ったのではないかと思う。

だが、意に反して相良は動揺の色を見せず、「ケチャップじゃないかな」と笑った。「ほら、俺勉強机と、飯食べる机が一緒だから、その時についたんだと思う。」

かなり適当なウソに、私は思わず吹き出しそうになった。

ケチャップでこのシミは、まずありえないだろう。以外に抜けている。

「ほらもなにも、お前の勉強机なんて知らねぇよ。これは絶対に血の痕だって。何でごまかすんだよ。」私は詰め寄ってみた。

そこで、初めて相良の顔色が変わる。「それは」と小さな声でつぶやいた。

「ほら、やっぱりやましいことがあるんじゃんか。」

時間は休み時間。轟々と蠢く会話の波の中で、私たちの会話なんかを気にする者はいない。

「とりあえず、こっちこいよ。話はそれからだ。」私は相良に手招きをした。

相良は魂の抜けた人形のような様子で立ち上がると、「なにをするつもりだ、お前、何を知っているんだ。僕を、どうするつもりだ。」とおびえた目を向けてきた。

「なにって、おまえ、それはさ、」

『相良が弟に暴力をふるっているからって、それがなんだ?』負け犬ガールズの中に、そんな不毛な疑問を口にする者はいなかった。みんなの考えは満場一致で暗黙の裡に決定していたのだ。悪の芽が摘める範囲にあるなら、することは一つ。

「こらしめるんだよ。」

相良の顔が変な色に変わって、面白い。


次回もよろしくお願いします。

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