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なんとかなるさ、絶滅危惧種。  作者: やまきとしはる
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第三話『化け物』

壮絶だ。壮絶に眠い。

私は魔法でもかけられているのだろうか。いや、私の目の前で話している頭頂部にハゲを作った男がそんな真似をできるような気はしない。きっとこの男の授業が下手なのが悪いんだ。私は悪くない。うん。割り切って、寝ようと思う。しかも今の時間は、魔性の五時限目。腹にたまった昼飯が、いやだと言っても私を睡眠の世界に引きずり込もうとする。仕方ないんだ。

「おやすみ」誰に言うでもなく、呟いた。が、その微かな声を隣に座る相良が聞き取りやがったらしく、「おい、寝るなよ。」とか忠告して来た。まったく。

「眠いんだよ。ほっといてくれ。」

「そういう訳にも行かんだろう。寝たら、ほら、内申とか危ないし。」

「心配無用。内申不要。捲土重来。おやすみベイベー。」

そう一口に呟いて、顔を倒すと、私の体はそのまま深い眠りへと落ちて行った。

相良が必死の説得を続ける中、私は容赦なく心地の良い眠りに包まれていく。気持ちいい。



☆★☆



目覚めると、そこは破壊された教室だった。私は動揺して暫く目を見張った状態で動けない。

私は時間をかけて立ち上がり、おーい、だれかいないか。と、先ず周囲の人々の安否確認をした。何分か探し続けたが、誰も居ない。そこは、まるで夜のシャッター外のように、閑静な、完璧な、もぬけの殻だった。

次に私は、教室の状態を観察する。してみると、どうも教室を破壊したのは、人間の手ではないぞ。ということが解った。床や机が、まるで焼かれたように焦げている。しかし、焼けた跡のようにも見えない。どういうことだ。

次に時計を見ると、それは三時五分でその動きを止めていた。

教室の作りを見るに、ここは私が普段使っている教室で間違いない。私が寝たのが五時間目だ。そこから、三時五分までの間に何があった?

教室は「得体の知れない何か」に破壊され、みんなは私を置いてどこかに行った。

そんな非現実的なことがあろうか。わたしの足は不意にがくがくと震え出した。

怖い。

恐怖が私の心を支配した。どういうことだ。わけがわからない。

心臓の鼓動が激しくなる。血管がはち切れそうなほど。どくんどくんとなる。

私の意識はそこで途切れる。



☆★☆



目覚めると、溜息を落とす相良の声が聞こえた。「やっとおきたか、十。」

先ず私は先程の出来事が夢であったことに深く安堵する。が、頭はまだ先程の破壊しつくされた教室にいた時の奇妙奇天烈な恐怖の感覚を払拭できずに燻っている。

だから隣に座っている生徒が、相良であるという事を認識するのにも大変な時間がかかった。十秒ほどたってから、私は相良に、「ああ、さがら、おはよう」とぎこちなく挨拶をする。

「おはようじゃないよ。寝るなって、あれほど言ったのに、左右田(そうだ)先生、すました顔して、十は、減点な。って言ってたぞ。」

「しらないよ。あんなハゲは。」私は咄嗟に返事をする。いつもの感覚が戻ってくる。体に力がみなぎってくる感じだ。

「ハゲなんて言うなよ。だいたい、十は進学しないのか?授業聞いてないなんて、それだけでやばいんだぞ。」

「やばい?それ、本気で言ってんのか?授業聞いてなくてどうなるんだ?あんなもの、わかって、どうなるって言うんだ。お前、数学の公式が役に立ったことがあるか?科学の知識が処世術になると思うか?いいか、そんなもの、一分も、いや、一厘も役に立たねぇんだよ。」

相良の説教じみた口調が気に入らなかったので、私は勢いよくまくし立てた。相良が気後れして、「うっ」と言っている。おもしろい。

だいたいから、私はこの男が苦手なのだ。性格は温情に満ち、成績だけ見れば優等生も優等生。授業中に寝ようとする生徒への注意だってできる。ここまで聞けば、超・いい奴だ。だが、奴には知識をひけらかしたがる癖があり、その悪癖が、自らの完璧な性格に致命的な打撃を加えていたのだ。だから、私を含め、私の周囲の人々は、どうも奴を疎ましく思っているきらいがあった。

不意に、相良が口を開く。

「だけど、十がそう言っていられるのも今の内だろうな。将来的にまずいんだよ。授業を聞かないってのは。いいか、これは最後の忠告だ。過去ってのは変えられないんだよ。だから、将来の自分のために、授業をまともに受けるんだよ。」

「うるせぇよ。」と私は一蹴する。だって、うるさい。

相良は「うるさいって・・・」と言いかけて、何か思いついたような顔になり、「うるさいの語源、知ってるか?」と私にキラキラした目をむけてきた。

こういうところだ。こういうところをみんな嫌っている。

「うるせぇよ、そんなこと、知ったって、しょうがないじゃないか。そもそも、お前に私を上から説教する権利はあるのか。私はそこから考えたい。」

「話を逸らしたな、知らないんだろう?」

相良がそんなことを、依然としてキラキラした目で言ってくる。

あー、もう、うざい。



☆★☆



「相良くん?ああ、絶対ヤバい奴ですよ、あれ。」

華怜がいつもの調子でさらっと言った。

「だよなぁ」と私は腕組みして納得する。華怜の肯定が嬉しくて、歩調を強めると、革靴がアスファルトにぶち当たる音がそらに向かって飛んでいく。下校時の茜の空に、こーんこーん。とこだまする。

「相良はねー、絶対ヤバい薬とかやってるよねー」と空。

「それは流石に言い過ぎだろ。」と私は笑う。

皆で談笑しながら、歩いていると、不意に通りかかった公園から短い叫び声が聞こえた。

私はびっくりして、反射的にその公園の方を向いた。

すると、見えたのは、親が子供を蹴り飛ばしている光景だった。

吹っ飛ばされた男の子は土だらけのあたまを少しふると、その頭を地面につけて、ごめんなさいごめんなさいと言い始めた。遠目からでも解る、完璧な土下座だ。今度はそれを見た父親の顔が狂気を帯びる。次の瞬間、また男の子は吹っ飛ばされていた。大きな悲鳴が上がる。

どきっとする。見てはいけないものを見てしまった!とその瞬間に思い、私は顔をふせる。私はその時相当に動揺し、驚いていたのだが、それ以上に私を驚かせ、動揺させたのが、華怜だった。

彼女は、私と空が目を伏せる中、堂々と歩み出した。その余りに堂々たる歩み出しに、私と空はそれを呆然と見る事しか許されなかった。彼女の迫力が制止を許さなかったのだ。

そして華怜はそのまま一直線に父親のもとに歩みを進めたかと思うと、まず笑顔で、こんにちは。と言った。父親は突然の第三者の登場に少々焦りの色を浮かべたが、直ぐに憤然とした態度を取り戻し、何だお前は。と怒鳴った。

すると、一瞬の事だった。華怜がその父親を平手で打ったのである。

ぱちん!と小気味良い音が夕方の公園にこだまして、静寂に溶け込んでいく。

父親と、男の子は呆然としていた。対する華怜は全く臆さず、口を開いた。

「痛いですか?痛いですよね。この痛みは、その男の子の分です。ほんとはこんなものじゃありませんけど。私の手も痛いですし。今日はここまでです。」

父親が「何を勝手に!」と怒鳴る。そして手を振り上げる。ここで華怜が叫んだ。

「あなたは、その子の父親なんですよね!」

父親は、その迫力にびくっとして、「あ、ああ」と肯定した。

「どんな厳しい独裁者でも、子供には優しいんですよ。子供に、あからさまに限度を超えたけがを負わせる輩を、私は人間とは思いません。いうなら化け物ですよ。化け物。人間じゃないです。」

その華怜の声には、妙な迫力があった。父親もあからさまにたじろいで、泣き出しそうな顔をしている。

「今日、たった今から、もうこの子には何もしないと誓ってください。もしあなたが再び化物に堕ちるのだったら」華怜が声を張り上げ、最後には静かな声で言った。「承知しませんから。」

父親はその場に崩れ落ち、子供はそこに駆け寄っていった。

華怜はゆっくりとこちらに戻ってきて、「行きましょうか」と言った。

私と空は、余りの出来事に何も言えなかった。



なんだか暗いはなしをかいちゃった。お次は明るく(やまきとしはる)

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