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なんとかなるさ、絶滅危惧種。  作者: やまきとしはる
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第二話『腹痛とハロワ戦記』

「ほら、あれだ。」と私は指さした。

「なるほど、あれですか。確かにがらが悪そうで、気に入らんですね。」華怜が言う。

「ハロワに来てやることと言ったら復讐だね!持つべきものは友人だね!」空が軽快なリズムで言う。

「ああ、その通り。ハロワは復讐と憩いの場だぞ。空二等。」

私は興奮してきて、おどけた口調で言って見せた。


私が指さしているのは、先程、何の罪もない歩行者二人をコーヒー地獄に突き落としたクソ学生三人組である。

先程奴等がしていたコーヒー話の中に「俺もコーヒーのおこぼれが飲めるようなバイトに行きたい!」という元気のよい言葉があった。そこで、あの学生たちがバイトをさがしている最中であると示しをつけた私は、一か八かでハロワに来てみたのだ。偶然会った友人たちは誤算であったが、やっぱり、いた。


「で、復讐と言ってもどうするんですか?やっぱり、往復ビンタですか。」

「ちっちっ、カレンは拷問の趣味が古いな。そんな物理的も物理的なこと、警察を呼ばれるだろうが。」

「じゃあどうするんですか。」

華怜が急かすように言う。空も私をのぞき込む。目が輝いている。

私は気後れする。何故なら、ノープランだ。

「画期的な方法があるんだよ。」取り敢えず私は余裕をよそおって言う。

華怜と空が訝しげな眼をこちらに向けてくる。空気が重い。「う」と私が声にならない声を発したその時だった。いきなり視界の端に走る中年が映った。その行方を追うと、トイレだった。

その瞬間、何かが頭を猛スピードで駆け抜けていった。私は閃いたのである。画期的な方法を。


☆★☆


一時間後、私たちは定食屋でうどんを食らっていた。

うまい。うまい。と空が声を上げている。かわいい。

「しかし、あんなことが何につながるというんですか。露美さん。」

暫く無言の時間が続いていたが、華怜がうどんを食いながら、堰を切ったように、こちらを見て喋り始めた。

「カレン、読みが甘いな。腹痛だよ。腹痛。」私は得意げに言って見せる。

「え?腹痛!?」

「クー、うるさいぞ。静かにしろ。」「ごめん。」空はすぐに謝った。

申し訳なさそうにうなだれる空をよそに、つまりこういう事なんだよ。と私は揚々と手品の種を明かすマジシャンよろしく喋り始めた。

「ハロワで、中年がトイレに駆け込んでたんだよ。」

「うわー、きついですね。その光景。」いきなり華怜がそんな相槌を打ってくるので、うるさい。黙って聞け。と注意する。

「調子を取り直してだな、とにかく私はそこで思い立ったんだ。人が最も嫌がることはなにか、それは腹痛だ!とな。」

おお、と空から息が漏れる。感心しているようだ。対する華怜が呆れたような顔をしているのは、多分気のせいだろう。

「だから、私は必死に考えた。奴らを空腹にする方法を。そして思いついた!その間零コンマ三秒。」

おお、とさらに大きな息が空から漏れる。否応なしに嬉しい気分になる。私の声は更に調子づく。

「ここでその方法だが、天ぷらとアイスを同時に食うと、腹痛になるってのを聞いたことがある。私はそれを実行したんだ。つまりだな。私はポケットの中に入っていたこの定食屋の天ぷら割引券とアイスのあたり棒をハロワの入り口に落としたんだ。意地汚い奴らなら絶対拾って、即日で使うと思ってな。」

おお!と空が驚きの声を出す。そして同時に、でも、と言った。

「でも、あの人たち見当たらないね。」

そう、あれから一時間。奴らはこの店に未だ姿を見せていない。どういうことだ。

「多分、もう来ないですよ。」華怜がさらっと言った。


☆★☆


結局そのあと、何時間待とうがあの男たちは現れなかった。私たちはと言えば、定食屋にずっと居座っているところを若い従業員に咎められ、追い出される形となって、夕方の街を放浪中。今に至る。


「くそったれ。私が何をしたってんだ。」私は思わず悪態をつく。ついでに石ころを蹴っ飛ばしてみる。案外すっきりしない。

「でも私、露美さんの行き当たりばったりな休日、嫌いじゃないですよ。実はあの時、空さんたちがいきなり私に声かけてきたとき、図書館に行って勉強でもしようって思ってたんです。だけど、あのまま図書館とか、行かなくてよかったです。こっちの方がよっぽど楽しかったですね。」荒れている私を見て、華怜が微笑みながら言うので、私は照れ臭くなって、俯いてしまう。

「ありがとう。カレン。」小さな声で言う。

「つゆちゃんは悪くないー!あの男たちが悪いー!」空がいきなり、周りにいけない解釈をされそうなセリフを大声で口走るので、「おい、ちょっ、クー!」と私は制止する。しょうがない奴だ。


その時だった。目の前の角を曲がって突如として現れた集団。それは見紛うこと無きあの学生たちだった。先頭の金髪野郎の手には、当たり付きのアイスキャンデー。きっと私が落したあたり棒によるものだろう。流石に私ははらわたが煮えくり返るような思いがして、激昂の目線を男に注いだ。

どうやら空と華怜も気づいたらしく、あっ。と小さな声を出す。


そこからは、「負け犬ガールズ」のチームプレイが発揮された。みんなが咄嗟に、思いついた行動をとったのだ。奇しくもその行動が、同じものだった。

先程の定食屋でもらった「天ぷら割引券」をその場に落とす。男たちに気付かれぬように、そっと、落とす。


集団がその場を通り過ぎて数秒後、「おっ、いいものを見つけた。お前ら、今夜は天ぷらとか、どうだ?」と気前のよさそうな男のひとりの声が聞こえた。


私たちはそのまま、さも示し合わせたが如く、ハイタッチをした。

負け犬ガールズの初勝利記念だ。

何故奴等は、ハロワの前で拾ったあたり棒は使っているのに、割引券は使ってなかったのかなどと言う、些細な疑問は最早どうでもよかった。嬉しくて、頭が真っ白になった。こんなみみっちいことで喜んでいる私たちは、まさに負け犬なのだろう。でも嬉しかったのだ。


空が歓喜の声を叫んだ。夕焼け空でカラスが鳴いた。


今回は更新が速かったが、今後の事は期待しないでほしい。(やまきとしはる)

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