第一話『横に広がって歩くな』
横に広がって歩くな。
私も困ってるし、隣の老婦人も大いに困っているではないか。「学生」だから「若い」から、笑っていれば何でも許される。そう思っているのか?虫唾が走りまくる。
男三人。男三人が、後ろで困苦の雰囲気を醸し出す女二人を快く「どうぞ」と通すこともできないのだろうか。煩わしいし、そんな紳士の風上にも置けぬ男は男とは言わないと私は思う。去勢した方がいいんじゃないか?
しかも楽しそうに交わしている話題が、テレビの中の最近甚く人気な女優の事ときた。男子学生なら、同級生の女と青臭くイチャイチャとかできないのだろうか。「あの女優さん、おっぱいおっきいよね」じゃねえんだよ。手に届くことが万に一つもないテレビ界の話をしていることが、また、呆れる。幼稚だ!と、私は叫びたくなる。
しかも、話は戻るが、奴らは横に広がって歩いている。きらいだ。横に広がって歩くような奴は、後ろを見ないし、私のような心根の暗い人間のことなど、露ほども気にかけない。すべてが浅薄なのだ。こういう手合いはきっと彼女にもらったチョコの一つも上品に食えんのだ。気に入らん。きっとテレビでお気に入りの女優でも見ながら、ボロボロとチョコを口から落とすのだ。誠に気に入らん。浮気心と下品のコンビネイションだ。
後、これは日本人全員に言いたいのだが、横に広がって歩くのは、デモの時だけにしてはどうだろうか。大義も何もない学生が、横隊でつまらん話題を次々と口にしながら後ろの歩行者に邪魔をする光景より、多少の大義を笠に着て、好きなだけ空っぽの言葉を吹聴するデモ群のほうが、悔しいが、まだましであると言わざるを得ないだろう。
どちらも幼稚であることに変わりはないが、この場合は確実に空っぽデモ群に軍配が上がってしまう。
きづくと、男三人の話題は、いつのまにか「コーヒーについて」に移行していた。「俺、ブラックコーヒー好きなんだよな」とか、そんなこと公共の場で大声で言う意味はあるのか、金髪カス学生め。日本人のくせに、髪を金色にして嬉しいか。
そこから、男たちは道が広くなる場所まで、五分間ほどそのまま、歩行とコーヒーおしゃべりをして、私と見知らぬ老婦人を困らせ続けた。
老婦人が終始あたふたしていたのがなんともやり切れなかった。
広い道に出て、男たちと老婦人が、無事散らばっていったあと、私は近くに在る自販機でブラックコーヒーを買って、思いっきり飲み干した。「負けるか、くそったれ」と呟く。
☆★☆
くそ学生のせいで、くそな散歩体験をした後、ふと近くの公園を通りかかると、綺麗な歌声が聞こえてきた。誠に聴く人をうっとりさせるような、良い声で、「Stand By Me」を熱唱している。
これは、田幡空の声だな。と私は思った。私たちのすむ町で、公園で熱唱したりなんかするバカは、空しかいない。そのまま公園に入っていって歌声の発信源をみると、やはり空だった。オーディエンスは鳩ぽっぽ一羽。物悲しい風景に、最早笑いがこみあげてくる。
私は空にむかって手を上げる。「よう、クー。」声もかけた。
あれ、露美ちゃんじゃん!と元気に空が駆け寄ってくる。この子は無駄に可愛い。風に靡くショートヘアーに、私は一瞬ドキッとする。
「奇遇だね、つゆちゃんも、ストリートライブするの?」
空は、いきなりそんなことを訊ねてくる。
「んなわけないだろ。偶然通りがかっただけさ。まさに、奇遇だ。」
「へー、そう。ところで、なんでブラックコーヒーの空き缶なんて持ってるの?露ちゃん、好きだったっけ?」
「全然好きじゃない。」
「なら、なんで?」
「色々あったんだよ。色々。」
「へー、そう。」
空の返事は、適当だ。
☆★☆
暫く空と一緒に他愛もない話をして、勿論後ろの人には道を譲りながら歩いていると、向こうから、メガネの女子高生が歩いてくるのが見えた。
知り合いも全然いない私が、よくもまぁ散歩をしているだけで二人もの友人と遭遇するものだなと驚きながら、「よー、カレン。」と手を上げ、こえをかけた。
「え?ああ、露美さんに、空さんですか。おしゃれしてるから、誰かと思いましたよ。」
そのメガネの女子高生、鏑谷華怜が、実際に驚いた仕草を見せながら、そう言った。
「余所行きの格好なんだよ。」と私は返す。
「何処に行くんですか?」
「ハローワーク。」
「冗談ですよね?」
「ほんとだよ。空。なー?」
「そうだよ!いまから、つゆちゃんとハロワに行くの!」
華怜は一体何が起こっているのかわからない。という顔で、私たちを見る。
「い、一体どういうことですか?」到頭華怜の口からはそんな疑問が漏れた。
「行けばわかるよ。つゆちゃんて、基本何考えてるかわかんないし、ついて行ってみなきゃわかんないよ。」と空が言った。
「空さんも、何のためかわからず、いくんですか?ハローワークに。」華怜が問う。
「うん!つゆちゃんのためならね!どうせなら、かれんもおいでよ!私たち三人で『負け犬ガールズ』でしょ?ここで三人揃ったのもきっと何かの縁でしょ!おいでよ。」
「なんだその、負け犬ガールズてのは。」私は、聞きなれない単語が、空から吐き出され、違和感を覚えたので、訊ねた。
「うん!今決めたの!私たち、仲良し三人組で『負け犬ガールズ』!バンドみたいなかんじ?かな?」
それを聞いて、正直私は、びびっと来た。
「いいね、それ『負け犬ガールズ』。クールだ。」私は軽く言い放つ。
空も私も気分屋で、カレンだけが、困ったような顔でそこに佇んでいた。
よろしくおねがいします。やまきとしはるです。