猫屋敷
少しでも興味を持って頂いた方、ありがとうごさいます。
ひとつの事件を一気に書いたので、読むのはちょっと大変かもしれませんがすいません。
気に入って頂ければ幸いです。
薄汚れ部屋の中、おそらく誰が見ても掃除をして欲しいと思うような部屋の真ん中で、白髪の男が来客用とみられるソファに座って新聞を読みながら、煙草を吸っていた。
白髪の為、少し年老いて見えるが、よくよく見てみれば、まだ20~30代のようだ。
男は、黙って新聞を読み進めるが、ある記事を見ると少し様子が変わった。
その記事は、ある田舎で、3人の子供が行方不明になったという物、それを見た男は、ソファの後ろにある大きな本棚からファイルを取り出して、再びソファに座ると手にしたファイルの中身と見ていた新聞の記事を見比べていく
『あった』
目当てのページを見つけると、男は読んでいた記事をハサミで切り取り、ファイリングをした。
『これで、10人を越えたな』
そう、男の言う通り、その田舎で子供が行方不明になるのは、10人を越える。
もちろん、警察は動いている。
しかし、この行方不明事件が大きく報道されるには、5人を越える行方不明者が出てからだった事、未だに誰1人発見出来ずにいる現状を考えると、田舎の大人達は、警察はあてに出来ないと考えているだろう。
『行ってみるか』
男は、黒いジャケットを羽織り、探偵事務所と書かれた扉から出ていった。
子供が神隠しにあう町として、世間の注目を集めだした場所、そこで白髪の男が最初に尋ねたのは町の代表者である町長の家だ。
事前の連絡も無しに、急に尋ねた男に対して町長である初老の男性は怪訝な表情を見せる。
『突然の訪問で申し訳ありません。私はこういう者です』
男は軽い挨拶を言うと、町長に探偵と書かれた名刺を差し出した。
町長は名刺を受けとると、視線を少し落として名刺を見つめる。
『ああ、子供達の件ですか。しかし、警察の方も調べてくれていますし、探偵さんに頼むというのは…』
町長はすぐに行方不明事件の事だと察するが、依頼もしていないのに、突然訪れてくるような怪しい者に調査を依頼する気は無いようで、言葉を選んでいる様子だった。
『押し売りのような形になってしまった事、まずは謝罪致します。しかし、今回の行方不明事件について私に調査をさせては頂けないでしょうか?こちらから、お願いしている立場なので依頼料などは頂きませんので』
探偵を名乗る者が、タダで調査をしてくれる、と聞いた町長は少し考える様子を見せたが
『わかりました。そこまでおっしゃるのであればお願いします。ですが、どうしてあなたはそこまで調べたいと言ってくれるのですか?』
当然の疑問である。怪しいとはいえ探偵を名乗る者が無料で調査をさせて欲しいと頼んできたのだから
『簡単ですよ、私は子供達を助けたい。それだけです』
依頼料もいらず、子供を助けたいと言った男の目を見て、町長はこの言葉に偽りは無いと思い
『ありがとうございます。子供達の事をよろしくお願いします』
行方不明になった子供達の事を、本当に心配している人間が町の外にも居ると思うと、町長は自然と頭を下げた。
『はい、出来る限りの事をさせて頂きます。しかし、今日はもう日が暮れるので調査は明日からにさせていただきますね』
そう、この時点で、既に日が傾いている時間だったので、男は調査を行うのは明日からにする旨を口にすると、町長の家から出ようと玄関に向かう為に立ち上がった。
『それでは今日はこれで失礼します』
そこで、町長は男に声をかけた。
『あの、名刺には探偵さんのお名前がありませんが、なんとお呼びすれば?』
町長の疑問はもっともである、なにせ男の差し出した名刺には探偵である事や、探偵事務所の住所、電話番号などは記載されているが、肝心の名前が書かれていなかった。
『私の事は、シロとでもお呼び下さい』
『はぁ、シロさんですか』
シロと名乗った男に対して、本名を名乗るつもりは無いのだろうかと町長は思い、先ほど調査に関しては了承したが、本名を名乗らない者に本当に調査をさせても良いものかと、シロに対しての不信感が少なからず甦り、名前について言及しようとしたがシロが先に口を開いた
『探偵を生業をしている以上、人から怨みを買う事もありますので、極力名前を伏せるようにしているんです。ご理解をお願いします』
町長が不信感を口にする前に、シロから一応の説明があった為、町長はそれ以上の言葉を口にしなかった。
名前についての疑問は残るが、シロの子供達を心配する心は本物だと感じたからだ。
『それでは、明日改めてお話を聞きに伺います』
そう言うと、シロは町長の家を出た。
翌日、シロは町長の家を訪れると、リビングに通され、町長はシロにお茶を出すと、対面に座った。
『それでは、最初の行方不明事件の事から、聞かせて頂けますか?』
『はい、最初は二人の子供が居なくなり、居なくなった子供達は、その、いわゆるイタズラ好きと言うか、素行が良くない子供達だったので』
『家出か何かと思ったのですね』
『はい、その通りです』
いくら、素行の悪い子供とは言え、安易に家出と勘違いした大人達に、シロは呆れるしか無かったが、出されたお茶を一口飲む事で思った事を顔に出さないようにする。
『後になってわかった事なのですが、子供達は町外れにある洋館に肝試しに行った日に行方不明になっているようなんです』
『まさかとは思いますが、行方不明になった子供全員ですか?』
シロの言葉に、町長は躊躇いがちに頷いた。
しかし、これにはシロも苛立ちを隠す事は出来ない。
『それが分かった時点で、その洋館を閉鎖しなかったのですか?』
『もちろん、洋館に近づかないように町民には知らせましたよ!それでも子供達は、忍び込んでしまったんです』
禁止されている事を行いたくなる子供の心理だというのは理解できる。
しかし、だからと言って行方不明になる子供が増えていく状況を、見逃してしまったのは、この町の大人の意識の低さが招いた事のように感じてしまい、シロは苛立ちを隠せなくなっていた。
『はぁ、それで、その洋館はどういった場所ですか?』
『ずいぶんと前に、住民が居なくなって、今となっては多くの野良猫が住み着いてしまった古い洋館です。子供達の間では、猫屋敷なんて呼ばれてますよ』
猫屋敷に肝試しに行った子供ばかりが行方不明になる。
最初に比べれば進展した方ではあるが、この程度の事は警察は既に分かっているだろう。
おそらく警察は、猫屋敷が何らかの犯罪に利用されていると考えて捜査を行っていると、シロは考えた。
『その猫屋敷に行った子供全員が行方不明になっているのですか?』
『いえ、全員という訳ではありません。ちゃんと帰ってきた子供もいますよ』
行方不明になった子供は、猫屋敷を訪れてから、姿を消しているが、猫屋敷に行った子供が全て行方不明になっている訳ではない。
『つまり、行方不明になった子供達は猫屋敷で何かがあった。もしくは何かを見てしまったが故に行方不明になったということですね。これはあくまでも可能性の話しですが』
『見てしまった?いったい何をですか?』
シロの仮説を聞いた町長は、少し早口になりながら続きを聞いてきた。
『考えられるのは、猫屋敷の中で何か犯罪が行われていて、それを見てしまった子供が、その犯人の手によって行方不明にされたと考えるのが自然でしょうね』
瞬く間に町長の顔色が蒼白に変わり
『もし、シロさんの考えが当たっていたなら、子供達は、もう』
もう子供達は殺されている。という言葉を町長は口に出来なかった。
『早とちりしないで下さい。可能性の話しであって、まだ確定した訳じゃないので』
『そうですよね。まだ決まった訳じゃないですよね』
確かに子供達が死んでいるとは決まっていない。
しかし、行方不明になった子供達の消息についての情報が無い状況では、どうしても不安は拭いきれない。
その事は町長も分かっているが、子供達が死んでいるとは信じたくないといった様子で、自分自身に言い聞かせるような雰囲気であった。
『少し話しは戻りますが、その猫屋敷について教えて下さい』
淡々と話しを続けるシロを見て、町長も少し落ち着きを取り戻しながら
『あ、はい、ですが、あの猫屋敷はずいぶんと前に建てられた物で、住人が居なくなってから、かなり歳月が経っているくらいしか分からないんです』
要するに、何も分からないと言っているようなものだが、何も分からないくらい前に建てられ、住人が居なくなったという事は分かったのだが
『とりあえず、その猫屋敷に行ってみるとします』
『ですが、散々警察が調べてますから、新しい発見は無いのでは?』
そこで、シロはある事を失念していた事に警察という単語で気づいた。
『あの、もしかして、猫屋敷って警察が封鎖してます?』
『いえ、最近までは封鎖されてましたが、警察が色々調べて何も見つからなかったようで、今は封鎖も解かれてますよ』
封鎖が解かれている、という事は警察が調べた限りでは猫屋敷の中で犯罪行為が行われた痕跡は見つからなかったという事ではあるが
『猫屋敷に入れるのであれば、問題はありません。それと、確かに警察が調べた後ですから、新しい発見は無いかもしれませんが、行方不明になった子供達が必ず訪れた猫屋敷、調べない理由は無いですから』
シロは出されたお茶を、飲み干すと立ち上がった。
『お話を聞かせて頂いてありがとうございます』
『いえ、お役に立てたかはわかりませんが』
玄関で靴を履いたシロに、町長は『そういえば』と声をかけた。
『猫屋敷に行って、無事に帰ってきた子供達にも、お話をききますよね?良ければ子供達の親に連絡しておきましょうか?』
シロは町長の申し出は、町長なりに自分に協力しようという心情の表れであると感じたが
『ありがとうございます。お気持ちはありがたいのですが、無事に帰ってきた子供達に話を聞いても、あまり意味はないでしょう。何か見ているなら、その子供達も行方不明になっているでしょうし』
『なるほど、言われてみればそうかもしれませんね』
町長は、シロの説明に納得すると、家を出るシロの背中に、頭を下げた。
シロは、町長の家を出ると、すぐに煙草を咥えて火をつけると、フーッと煙を吐きながら、猫屋敷へと向かう中でシロは頭の中で、今分かっている情報から、行方不明事件についての可能性を考えてみる。
まず、子供達は猫屋敷へと肝試しに行き、何か犯罪の現場を目撃する事によって、その犯罪に巻き込まれたという考えは、あながち間違っていない気はしたが、この考えには、疑問が残る。
もし、犯罪現場を目撃して、犯罪に巻き込まれたなら、その犯人は、猫屋敷でまた子供に目撃される可能性や、子供を口封じした事で警察による捜査が猫屋敷に入る事はすぐに予想が出来るだろう。
その危険性を背負って尚、猫屋敷で犯罪行為を行うのは、リスクが高すぎる。
ならば、猫屋敷で犯罪行為を行う事に何か意味があるのだろうか、とも考えるが、そもそも警察の捜査で犯罪の痕跡が出ていない以上、猫屋敷で犯罪行為が行われていたという可能性は低いだろう。
では、他の可能性はどうだろう。
行方不明になった子供達に猫屋敷で何らかのトラブルが起こって行方不明になった可能性だが、そもそもどんなトラブルが起きれば警察の捜査に見つからずに行方不明になるのかが分からない。
第三の可能性は、猫屋敷は行方不明事件とは関わっていないというものだが、いずれにしても猫屋敷を調べる必要はあるだろう。
と、ここまで考えた所で、シロは猫屋敷がある敷地の前まで辿り着いていた。
吸っていた煙草を携帯灰皿に入れると、シロは一度深呼吸をしてから、敷地に足を踏み入れた。
シロは猫屋敷に入る前に、庭を歩いてみたが、至るところに猫の姿が見える。
『こりゃ凄い、マジで猫屋敷だな』
シロが感心していると、猫が一匹近づいてきたが、シロから少し離れた所で止まると、シロの事をじっと見つめてきた。
『まぁ、野良猫だから警戒心が強いのか……………ん?』
シロは猫の前足に何かが付いている事に気がつくと、ゆっくりと猫が逃げないよう近づいていく
『気になるから、逃げないでくれよー』
近づいてみると、猫の前足、というより爪に小さな布切れが引っ付いているのが確認できた。
シロはまず猫を撫でて警戒心を低くしてから、驚かせないようにゆっくりと爪に引っ付いていた布切れを取ってあげた。
『これでよし、足になんか付いてると気になるだろうからな。それにしても、この布切れ汚いな』
取ってあげた布切れは一部が黒くなっており、他の部分も泥や土で汚れていた。
『おい!何してる!』
突然、後ろから声をかけられた事に驚き、持っていた布切れをポケットに入れると振り向いて声の主を見る。
声の主は、シロと同世代くらいの男性であった。
『私は、この町で起きた行方不明事件の調査をしている探偵です。失礼ですが、どちら様でしょうか?』
『探偵か、俺は石田、こういう者だ』
石田と名乗った男は、懐から警察手帳を出して、シロに見せた。
『警察の方でしたか。しかし、なぜここに?』
猫屋敷は警察が調べた結果、何もなかったから封鎖も解かれていると聞いていたシロは、この場所に警察官である石田がいることに疑問をもった。
『この屋敷、何か見落としがあるかもしれないから、調べに来たんだよ。ただそれだけだ』
『では、せっかくなので、一緒にどうですか?1人より2人って言いますし』
石田は少し躊躇ったが、探偵の視点から見れば、何か発見があるかもしれないと考え
『まぁ、いいだろう。ただし、条件がある』
『条件ですか、なんでしょう?』
条件をつけられるのは、少し意外ではあったが、石田が警察官であるなら、突拍子の無い条件は言ってこないと思い、特に考える事無く、シロは条件を飲むつもりで聞き返す。
『その話し方をやめろ。猫被ってんのが丸わかりだ』
『……』
驚いたシロは、まるで鳩が豆鉄砲を当てられたような顔をしてしまった。
『……やめろと言うなら、やめるけどよ。一応、社会人としての言葉使いのつもりだったんだけどな』
『なら、もう少し自然な雰囲気で話せるようになるんだな』
『そうかよ、アドバイスどうも』
そう言うと、シロは猫屋敷の入り口へと歩きだした。そんなシロの隣に石田は並んで歩く。
すると、石田はシロの頭を見ると
『なぁ、その頭染めてるのか?』
真っ白なシロの髪の毛が気になったのだろうが、シロは明らかに不満そうな顔になり
『地毛だ、子供の頃から白髪があって、少しずつ増えてたんだよ。それで最近、真っ白になったんだよ。気にしてるんだから言わせんな!』
『白髪染めすれば?』
そこまで、気にするのであれば髪の毛を染めればいいと、石田としては善意で言ったのだが
『染めるの嫌いなんだよ』
『なんで?』
『白髪染めしたら、白髪に負ける気がするから…』
『何だ、その謎ルール』
白髪染めをすると白髪に負けるという謎の言動に石田は、自分には理解出来ないと感じたが、思った事を口に出すのは止められなかった。
シロは、謎ルールと言われた事で、明らかに機嫌が悪くなり
『俺の勝手だろうが』
『そうだな、っと着いたな』
2人は猫屋敷の玄関を開ける。
猫屋敷は、電気等も通っていない為、窓のある部屋は比較的明るいが、一部の廊下等は暗く足元もよく見えない場所もある。
『で、探偵としてはどこから調べるんだ?』
『その前に確認するが、この屋敷は鑑識も調べたんだよな?』
『ああ、全ての部屋を鑑識が細かく調べてある』
全ての部屋を鑑識が調べたと聞いたシロは、右手を口元に当てて少し考えた。
『なら、全ての部屋を調べる必要は無いな』
『は?ならどこを調べるんだよ』
『屋敷の定番』
屋敷の定番と言ったシロは、廊下を進みながら周りを見渡す。
廊下の壁には、猫用に作られたと見られる小さな四角形の穴があちこちに開けられていた。
『おい、屋敷の定番ってなんだよ?』
『屋根裏部屋とか、地下室とか』
『はぁ、確かに屋根裏部屋はあったが、俺達が調べた時に見つけたのはそれだけだ。地下室なんて無かった』
地下室は無かったと聞いたシロは立ち止まり、石田の顔を見た。
『屋根裏部屋への入り口は、どこで見つけた?』
『三階にある一室の天井から梯子が出てくる仕掛けがあった、確か角の部屋だった』
『警察が見つけてあるなら、屋根裏部屋も除外していいだろう』
シロは、警察が調べても見つけられなかったかもしれない、あるかも分からない地下室を探すと言い出した。
『おいおい、だから、地下室は無かったって言ってるだろ?一階の全ての部屋を隅から隅まで探したんだから』
『廊下は?』
そう言いながら、シロは今立っている廊下の床を指差した。
『廊下って……そうか!』
『その通りだ。鑑識が調べたなら、部屋の中を調べても新しい発見の可能性は低い。でもな、通りすぎるだけの廊下の床なら見落としがある可能性は高い』
シロと石田は、廊下の床を注意深く観察しながら、歩いていく
『それにしても、この屋敷、猫用だと思うが、壁の下の方にある穴、多いな』
『ああ、この屋敷の元の住人が、かなりの猫好きだったらしいぞ。それで、この屋敷を猫も住みやすいように建てたそうだ。まぁ、住人が居なくなった時に飼っていた猫達は置き去りにされたらしいが』
『おかしくないか?猫好きが猫置いていったって』
シロの疑問に、石田は淡々と答えていく。
『ああ、猫好きだったのは、この屋敷に住んでた爺さんらしい。で、その爺さんが亡くなって残った家族は猫を置いて出てったんだってさ』
『そういう事か』
さらに石田は、そう言えば、と続ける
『猫用の通り道で思い出したんだが、屋根裏部屋にも猫が行けるように猫用の階段もあったんだ』
『つまり、猫は誰かが梯子を降ろさなくても屋根裏部屋に行けるって事だな』
そこで2人は顔を見合わせ
『もし一階の低い位置に、どこに繋がるか分からない猫の通り道があれば、地下室か隠し部屋がある可能性が高くなるって事か!』
『そういう事だ、そして探すべきは廊下、今はまだ俺の想像に過ぎない事でも、探してみる価値はあるんじゃないか?』
2人は一階の廊下を注意深く観察していったが、結局見付けられずに玄関に戻っていた。
『無かったな、探偵の予想はいい線いってると思ったんだが』
『そうだな』
シロは相づちを打ちながら、思考を巡らせている。ちょうど近くにある、階段下の物置に繋がる猫の通り道を見ながら
『……あ』
『探偵?何か見つけたか?』
シロは無言で、今見ていた猫の通り道を指差した。
『なんだ、そこの物置に繋がってる穴がどうかしたか?』
『なんで、わざわざ物置に猫を入れる必要があるんだ?』
『……まさか』
シロと石田が、物置の扉を開けると、中には2つの猫用に開けられたであろう正方形の穴があった。
1つは物置の外、屋敷の玄関へと繋がる穴、もう1つはどこに繋がるのかが分からない穴
『あったな。マジで』
『ああ、とりあえず物置の床と、この辺りの廊下の床をさっき以上に細かく見てみよう』
まず2人は物置の床を注意深く調べていく。ほんの少しの違和感も見逃さないように
『物置はハズレか』
『多分な、次は廊下を調べてみよう』
『というかさ、玄関前の廊下に地下室の入り口が本当にあったら、俺達警察はなんで気が付かなかったんだろうって、悲しくなるな』
床を調べながら、石田はつい愚痴のように漏らしてしまう。
『おい警察、多分これだ』
シロが床を見ながら、石田を呼ぶ。その視線の先の床は一見すると、古く、傷の多い床に見えるが、よく見ると大人のこぶしくらいの大きさの半円の溝があり、円の外側に小さい窪みがある。
そして、シロは窪みに指をかけようとする。
『まて、探偵』
石田はシロを止めようとするが
『確認は必要だろ?』
シロは手を止めようとしない。とっさに石田はシロの腕を掴んで止めた。
『確認しないとは言ってない。その窪みに探偵の指紋をつけてほしくないだけだ』
そう言うと、石田はポケットから手袋を2人分取り出して、シロにつけるようにと差し出した。
『なんで2つも持ってんだよ』
『念のために予備を持つようにしてるんだよ』
シロは渡された手袋をつけると、今度こそ床の窪みに指をかけた。
床は半円の溝にそって開いた。中には取っ手があった。
『この取っ手、引っ張るしかないよな』
『許可する、やっちまえ探偵』
シロは取っ手に片手をかけて、力を入れた。
『お、も!』
片手では、難しいと思ったシロは、両手で取っ手を引っ張る。
すると、取っ手を起点に少しずつではあるが床が浮いた。
『お、らぁ!』
ギィ、っと音を立てて床は開いた。
『この匂いは』
床を開けたシロと石田は、最初に鉄のような匂いに顔をしかめた。
『血の匂いだな』
警察という職業についている為、慣れているのだろう石田は冷静に何の匂いかを告げた。
シロは開いた床から中を見てみるが、暗く降りるための階段しか確認出来なかったが、その階段もとても狭く少し半身になって降りる必要があるだろう。
『中、確認した方がいいよな』
そう言ってシロは、階段を降りようとしたが
『まて、ここは俺が行く』
降りようとしたシロを、石田が止めた。
シロは石田の顔を見て、地下室に何があるのかを考え、ここは警察官である石田に任せるべきだと考えた。
その数秒、2人が地下室から目を離した時、ドン!、と音を立てて地下室へ通じる扉が閉まり、その衝撃で扉を開ける為の取っ手がある半円の蓋も閉まって、ただの廊下へと変わった。
『……え?何で勝手に閉まったんだ?』
『俺が考えられる可能性は3つあるけど、聞くか?』
若干、顔をひきつらせながら石田は頷いた。
『一定時間で勝手に閉まる仕掛けが施されている、俺達が地下室から目を離した隙に、地下室にいる誰かが閉めた、俺の考えが及ばない何かがあった、の3つだ』
『わかった、もう一度開けてくれるか。仮に誰かが飛び出して来ても俺なら対処出来る』
シロは、無言で頷くと地下室への入り口を開け始め、石田は誰かがいつ飛び出して来てもいいように、集中している。
先ほどのようにギィっと音を立てて、地下室への入り口は開いたが、飛び出してくる人間は居ない。
『警戒をしておいてくれ。仕掛けがあるか確認する』
『ああ』
慎重に地下室の入り口を、シロは調べて
『仕掛け、あったぞ』
見つけた。入り口となった床の裏側に仕掛けの一部が見えていた。
『探偵、俺は中を見てくるから、また閉まらないように抑えていてくれ』
『わかった。何があるか分からないから、気をつけろよ』
『おう』
ポケットから携帯電話を取り出して、ライトをつけると石田はゆっくりと、階段を降りていった。
待っている間、シロはある事に気がついた。
『……猫屋敷って呼ばれてるのに、屋敷の中に入ってから猫見てないな』
考えはしたが、夜寝る時だけ屋敷に入ってくるのだろうと思い、特に気にはしなかった。
そして、入ってから3分も経たない内に、石田は地下室から戻ってきたが、顔を伏せて重々しい様子で
『暗かったから、きちんと確認は出来なかったが、多分、行方不明になってた子供、全員居ると思う』
そういうと、石田は持っていた携帯電話でどこかに電話をかけた。
他の警察官や鑑識を呼んでいるのだろう。
そして、石田が電話口に向かって話している内容で、地下室に居る子供は、全員死んでいる事や遺体が酷い状態、中には一部ミンチのようになっている遺体がある事もわかった。
シロは、石田の電話が終わったところで、地下室の入り口を閉じた。
『調書を作る為に、もう少し付き合ってくれ』
『ああ、それくらいは付き合うさ』
シロは、口元に右手を当て、何かを考えだしたが、先ほどまでとは雰囲気が違う。見ているだけの石田は、シロの雰囲気の変わりように驚いたが、今のシロの邪魔はしてはいけないと思い、声を出す事はおろか、身動きひとつ取らなかった。
考えがまとまったのか、シロは右手を口元から離し
『いくつか調べて欲しい事がある』
『内容にもよるが、何で自分で調べないんだ?探偵だろ』
『警察なら、最速で出来るだろ?科学的な鑑定は』
シロは、屋敷の庭で猫の爪からはずした布切れを石田に差し出した。
『今から頼む鑑定だが、全て俺の予想通りなら、この事件の真相がわかると思う』
シロの差し出した布切れを、石田は迷わずに受け取った。
『いいだろう。やってやるよ』
2日後
シロは石田に頼んだ鑑定の結果を聞くと、2人で町長の家を訪ねた。
『シロさん、警察の方に聞きました。シロさんが子供達を見つけてくれたと、あの子達を家に返してくださり、ありがとうございます』
町長は玄関口でシロを見ると、頭を下げた。
『いえ、もっと早くに見つける事ができれば、1人でも救えたかもしれませんのに、申し訳ありません』
『そんな、シロさんが謝る事はありませんよ。ところで、本日はどういった御用でしょうか』
シロは小さく深呼吸をして
『今日は、今回の行方不明事件に関する調査結果のご報告に来ました』
『そうですか。ではどうぞお上がり下さい。立ち話もなんですから』
2人は町長に促されるまま、以前シロが通されたリビングに行く。
町長は2人にお茶を出して
『それでは、シロさんの調査の結果を聞かせて頂けますか』
『はい、順を追って説明させて頂きます。まず最初の2人の子供が居なくなった事件について』
緊張しているのであろう、町長は固唾を飲んでシロの言葉を聞いている。
『最初の子供達は、猫屋敷に肝試しに行った際、あるものを見つけてしまったのです』
『あるものとは、いったい何ですか?』
『地下室の入り口ですよ』
ここまで黙って聞いていた石田が『ちょっと待て』と声を上げた。
『あの地下室への入り口は、簡単に見付けられるものじゃないぞ』
『子供だから見つけやすかったんだ。子供は大人と比べて視点が低い。視点が低いってのは大人よりも地面とか、床とかを大人よりもよく見てるんだ。だから、床の違和感に気付いてしまった。そして、見つけてしまったが故に地下室の入り口を開いてしまった』
そこで、石田がまた声を上げた。
『それは無理だろう。取っ手を見つけるまでは出来ても、あの入り口は子供が開けられる重さじゃない。それはお前もわかってるだろ?』
『確かに、あの入り口は重い。子供では簡単に開けられないだろうな、1人だったら』
石田は、シロが何を言いたいのか気が付いて
『そうか、子供でも2人以上で取っ手を引っ張れば開けられる!』
『その通りだ。そして、見つけにくい地下室を見つけた子供の心理は簡単だ』
目を隠すように、自分の手を、石田は顔に当て
『嬉々として入ったんだな。そして、あの仕掛けが発動した』
仕掛け、と聞いた町長は何の事が分からないといった様子で
『あの、仕掛けとはいったい』
『地下室の入り口は、開けてから一定時間で勝手に閉まる仕掛けがされていました。そして、出る事が出来なくなった』
『待ってください。入る事が出来たのであれば、出る事も出来たのではないですか?』
入る事が出来るのであれば、出る事も出来る。これは、誰もが思う事だろうが、あの地下室の入り口を見た2人は『それは出来ない』と口を揃えた。
『町長、先ほど説明した通り、地下室の入り口は子供1人では開ける事が出来ないんですよ。開ける時は足場があるから、複数人で取っ手を持つ事が出来た。でも、地下室から入り口を押し上げるのは複数人では出来なかった。入り口から続く階段が狭すぎるんですよ』
シロの説明に合わせて、石田は地下室入り口の写真を町長に見せる。
そこに写っている、まるで子供に合わせて作ったような狭い階段を町長は見る。
『確かに、この狭さでは複数人で入り口を押し上げるのは無理かもしれませんね。でも待って下さい、地下室に閉じ込められた子供達はどうして死んだんですか!?』
『最初に行方不明になった2人の死因は餓死です』
『が……し、って、あの餓死ですか』
そこで、石田は町長に2人分の司法解剖に関する書類を見せる。
『これが最初の2人の司法解剖の結果です』
そこには、はっきりと餓死と書かれていた。
『子供達は入り口が閉まった事で、パニックに陥ったでしょう。そんな状況の子供では冷静な判断は出来なかった。食べる物も水も無い、子供の体力では、3日ほどで餓死したと思われます』
両手で顔を隠すようにして、町長は俯いた。
『警察の……方からの説明では……子供達の遺体は、損傷が激しかったと……聞いています。それに、ついては』
『その事が、今回の事件における最大の不幸とも言えるでしょう。餓死した2人の遺体は、あの屋敷にいた者達にとってご馳走だったんです』
屋敷にいた者達、ご馳走、この言葉を聞いた町長は顔を上げ、口元が僅かに震えていた。
『シロさん、まさか……子供達は、食べられたと』
『はい、最初の2人の子供は死後、食べられたんです。あの屋敷にいた、猫達に』
『おい探偵、最初の2人が餓死した理由はわかったが、他の子供達の死因は違ったぞ。ショック死ばかりだった。それについてはどう説明する』
残り全ての子供達の、司法解剖による書類を出して、石田はシロに問いかけた。
『その書類に書いてあるだろ?他の子供の傷は生活反応がある物と無い物があるって』
『ああ、それはあるが……おい、これってつまり』
頷くと、シロは口を開いた。
『そうだ、最初の2人は死後に食べられたが、人の味を覚えた猫達は、地下室に入った他の子供達を生きたまま食べたんだよ』
『それで食べられてる途中で、ショック死したって言いたいんだろうけどさ。生活反応だけだと、生きたまま食べた証拠として弱くないか?』
『もうひとつある、俺が屋敷で渡した布切れだ』
石田は袋に入った布切れを取り出して
『ああ、これか、確かこれは死んだ子供の服の一部だけど、これが証拠になるのか?まぁ、子供の血は付いてたけどさ』
『それ、屋敷の庭にいた猫の爪についてたんだ』
場が凍りついた。町長と石田はシロの言おうとしている事を、理解してしまったからだ。
『じゃあ、この服の一部は、猫が子供を襲った時に、猫の爪についたって事か』
『そうだ。そして、今話した事が科学的鑑定に基づく事実と、そこから考えられる私の推理を合わせた調査結果です。町長』
町長はすぐに口を開く事が出来なかった。
数分間、誰も口を開かなかったが、町長は重い口を開く。
『この事は、私が子供達の家族に話します。ですが、これ以上今回のような事が起こらないために私はどうすれば……』
『屋敷や猫達の事は、警察に任せた方が良いと思います。まぁ、人間を食べた猫達に関しては、警察や保健所による猫狩りが行われると思いますが』
『それに関しては、俺には答えられないぞ。上がどう判断するかで変わってくるだろうし』
この場で、3人が話し合ったとしても、警察がどう対応するかは分からない。シロも町長も、それは分かっている。
『町長、とりあえず、私からの報告は以上です。そろそろ、お暇させて頂きます』
シロは石田に目配せをすると、出されていたお茶を飲み干して立ち上がり、石田とともに町長の家を出た。
『なぁ探偵、今回の事件、お前の推理通りだと俺も思うけどよ。いくらなんでも、後味悪過ぎだろ』
『後味の良い事件なんてあるはず無いだろ。どんな事件にも被害者が存在するんだから』
シロは煙草に火をつけると、石田をおいて1人で歩き始めた。
3日後
シロは事務所で、ソファに座って新聞を読んでいた。
一面には『恐怖、人食い猫の住む屋敷』と書かれていた。
警察は保健所と合同で猫狩りをした事や、猫屋敷は取り壊される事になった事等が報じられていた。
同日
石田は事件に関する記録を作成していた。
記録のタイトルは『モノクロな探偵の事件記録』
最後まで読んで頂いた方、ありがとうごさいます。
こんな感じで、ひとつの事件、ひとつの捜査を一気に書かせて頂きました。
今後もこんな感じで書いて行こうと思ってます。
もし良かったら感想とかくれると嬉しいですね。
初投稿なので、小説情報の設定とか間違ってたらごめんなさい。まだいまいち使い方分かってないんです。
最後に駄文で申し訳無い