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第7章 真実を求めて(1)

第7章 真実を求めて


 7月中旬の日差しは強く、気温もまた急激な上昇を見せてきていた。燦々と降り注ぐ陽光を浴びても私の鬱々とした気持ちが晴れる事は無かった。圭太君からの連絡にも返す気にはなれず、メールだけが溜まっていく。ただ、考えていた。圭太君は結局何のために私に近づいたのか。圭太君は写真の中でどうして俯いていたのか。そして何より、騙されていたと言うのに今もなお私は圭太君が好きなんだと。圭太君にもう一度会っても、真実を話す事は恐らくない。それでも、真実を知らないまま、今のまま時間が過ぎていくのは何か違う気がした。圭太君に残る謎は考えても答えは見つからない。


 その状況を見て一番に声を発したのは咲だった。圭太君の隠している事に気がついた張本人は、圭太君から私を早い段階で引き離す事に成功したのを喜ぶ反面、私の幸せを壊してしまったと自分を責めていた。あの日以来、何度も咲に謝られ、元気を出そうとご飯に連れて行ってもらったが食欲は無く、一人前さえ食べきれなくなっていた。


 休日、ファミレスのドリンクバーを利用していた私達は自然と石崎君の話になっていた。


「ごめんね、桜。でも、あのままじゃダメだと思ったの」


そう言う咲に罪は無い。そうでもしなければ私は圭太君を疑う事なんて無かったし、もっと深く傷つく可能性だって十分にあったのだから。それでも、四月から過ごしてきた圭太君との日々は楽しくて、充実していて、私は急に人生の楽しみを失ってしまったみたいに思えた。


「桜、調査するわよ」


帰り道でそう言い出したのは咲だった。


「調査?」


「そう。あの男がなんで桜に近づいたのかを突き止めるの! じゃないと、桜だって前に進めないじゃない。あの男が喋らないなら、女の方に訊けばいいのよ!」


咲の声には普段以上に熱意がこもっていて、それがただの思いつきでない事は嫌でも分かる。教えてもらえないであろう真実を知るためにはたった一つしか方法は残されていなかった。咲の言う事は尤もで、これ以上ただ時間を浪費し続けるのはあまりに勿体ないと思った。本当の事を知りたいのなら、自分が動かなければ何も得られないのなら、もう動くしかない。


「そうね。このままじゃダメだもんね」


止まっていた私の時間がようやく動き出したような、そんな感覚を抱きながら咲に向き直った。


「私が考えるに、あの女はまた例の公園にやってくると思うのよ。連絡を取っていたら難しいかもしれないけど、今の所待ち伏せできるとしたらあの公園だと思う。石崎君は毎回あの公園にやってきていたみたいだし」


圭太君と一緒にいた女性。私はあの女性の名前も、素性も、圭太君との関係も何も知らない。圭太君が話さなかったというのもあるが、あの女性は今私にとって幸せを壊すきっかけでもあり、圭太君の秘密に近い存在でもある。圭太君が話さない以上もうその女性に真相を訊くしか無かった。


「とにかく定時で会社を出て、あの公園に張りつこう。で、女が現れた瞬間2人で捕まえて知ってる事を吐かせるのよ!」


物騒な事を言いながらも、咲の目はどこか生き生きとしていた。咲自身圭太君が何を隠しているのか気になっているのだろう。


「そうね。やってみましょ」


圭太君の秘密を知れば何か状況は変わるかもしれない。ただそれだけがもやもやとした気持ちを紛れさせた。




 圭太君が女性と会っていたというその公園には人が誰もおらず、シーソーや、丈夫なバネで揺れるパンダの乗り物、ジャングルジムや鉄棒などの遊具が遊びに来る誰かをじっと待っているように見える。中でも印象的だったのは、公園には何か遊具が撤去されたのか、不自然に空いた空間があった事だ。ベンチも置かれていない、なぜ存在するのかよく分からな違和感の残る空間。もちろんそこには何かがあった跡さえ無かった。そんな公園を囲むように植えられた木々に身を隠して、私達は例の女性が現れるのを待つことにした。


 次の日も、また次の日も、咲と何度仕事帰りに何度寄ってみても、例の女性が現れることは無く、圭太君が来る気配も無かった。泣いている圭太君を何度も目撃していた光輝君でさえ、圭太君はおろか、その女性の姿を見る事は無かった。最初こそ期待していた私だが、徐々に無駄な時間を過ごしているのではないかと思うようになっていった。咲は無駄ではない、の一点張りだったが今さら真実を訊けたとしてどうなると言うんだろう。圭太君とまた何事も無かったかのように楽しい日々を送れるとは到底思えないし、こんな事をしても何にもならないのではないかと言う考えが頭の中を占めるようになっていた。


 咲が光輝君のために早く家に帰った日もいつの間にか公園を1人で覗いていた。何も起こらない、誰もいない公園をただ1人見ていた私は、深くため息をつく。


 もう、いいじゃない。騙されていたとはいえ、本人の許可なく勝手に詮索するなんて良くない事だし、それにそんな事をしても過去が変わるわけでもないし。そりゃ何の目的で私を騙していたのかは気になるけど時間の無駄、よね。真実を聞いてもっと傷つくってこともあるかもしれないし。


 視界に煙の様なものが漂ってきて、周囲で火事でもあったのかと見回そうとしたその瞬間、


「わっ!」


と突然耳元で声がして、驚きのあまり目の前の樹に飛びついた。人の気配なんて何一つ無かったのに、私の真横には写真で見たあの女性が立っていたのだ。ミニスカートに開けた胸元の衣服を着た、露出度の高い女性。私は樹に背中を押しつけ、目の前で不気味な笑みを浮かべる女性を見上げた。


「ふふっ、聞いていた通り素直な人。石崎圭太が必死になるわけね。あぁ、気にしないでこっちの話よ」


圭太君の名前が女性の口から零れて、思わず目を見開いた。やはりこの女性は圭太君を知っていた。あの写真は紛れも無く事実だったのだ。この女性と会えたのだから訊くのは今しかない。そう思ってみたものの、女性の独特な威圧感に指先さえまともに動かない。私にできると言えば、じっと女性を見ている事くらいである。


 女性は私の顎に手を滑らせると、強引に私との距離を詰めた。女性の顔はもう目と鼻の先に迫り、吐息さえかかりそうである。女性の目からはもはや視線を逸らす事はできず、妖艶で美しく、何より恐ろしい笑みに、何かを考える事さえ難しくなっていた。


「綺麗で無垢な瞳。何にも汚れを知らない無知な目。私は結構好きだけど」


女性の雰囲気にのまれて、麻酔がかかったみたいに機能を停止していた脳を無理矢理動かそうとする。錆びついた歯車が動きだすように、あまりにもぎこちなく脳は思考を開始する。


 訊かなくちゃ。今がチャンスなんだから訊かなくちゃ。早く。早く。


 カラカラになった口を何とか開けて、石の様に固まった喉から何とか声を発する。その声は自分の物とは思えないほど弱々しく、小さく、そして震えていた。


「け、圭太君とは、どういう、関係、なの?」


心臓だけが固まった体の中心で忙しく鼓動を打ち、その音はうるさいくらいに体に響く。女性はその問いを聞いて、ようやく私を離した。


「ふふ、いいでしょう。何日も一生懸命私に会おうと努力して通ってくれたのだから質問に答えてあげる」


女性の手が離れると、まるで魔法が解けたように体が動きだした。肺まで凍りついた様な感覚から解き放たれたというだけで心には微かな余裕が生まれる。


 私と咲が何度も公園に捜しに来てた事も知ってたの? それで、咲がいない日を狙って私に近づいたって事?


「私と石崎圭太は、協力関係とでも言うべきかしらね」


10センチを超えるピンヒールであるにも関わらず、公園を覆う砂の上をふらつきもせずに歩きながら女性は答えた。女性のペースに飲まれてしまうよりも速く、私はもう1度質問する。


「圭太君と一緒に何をしているの?」


自分声が聞こえると、それは更に私の心を落ち着かせた。ようやく本来の調子を取り戻し始め、心の中でそう言いながらまた怖じ気づきそうになる心を奮い立たせる。


「残念ね、それは答えられないわ」


黒い煙が目の前をかすめて一瞬目を細めた私を見て、女性はふと足を止める。


「そう、あなたには見えるのね。この煙」


「え?」


「当たり前と言えば当たり前なのだけど」


理解不能な事を言っては戸惑う私を見て楽しんでいるようで、すぐにペースを崩されてしまう。ふふふと女性は笑って私を見ると、質問するより先に私に問いかけた。


「で、あなたが私に一番訊きたい事は一体何なのかしら。私の正体? 私と石崎圭太との関係性?」


ようやく掴みかけたペースを乱されながら、私は最も気になっている事を女性にぶつけた。この女性の素性や関係が知りたいんじゃない。そう、私が一番訊きたいのは。


「圭太君は、何のために私を騙したの?」


沈黙すること数秒、突然女性は高笑いを始めた。その笑い声は耳に纏わりつき、思わず耳を塞ぎたくなるのを必死でこらえる。


「私にその質問をするとはねぇ! 石崎圭太も不憫なものだわ。何のために私を騙したの、とは! 本当にバカよね。見ていて本当に面白い。面白くて愚か! まさか今こうなっちゃうとは石崎圭太も想定外だったでしょうね」


女性と再び目が合ったかと思われたその時、私の目の前には既に女性の顔があった。両手で顔をそっと包み込むように、でも微動だにしない程固定されて、女性の両目から既に目線は外せない。異様な空気にまた体が固まりそうになる。


「そんなに気になるのかしら。私と石崎圭太が何をしているのか」


私は喉元で支えた言葉を全身全霊で押し出した。


「気に、なります」


女性は口角を上げ、急に小声になる。


「なら、探しに行けばいいのよ」


女性の声に集中した時には、女性は私の耳元でささやいていた。


「圭太君の家のリビング。その押し入れの1番奥にあるオレンジ色のファイル、見てみればどう?」


理解が追いつかない私を離し、女性は数歩距離を取る。


「あなたの次の休日はいつかしら? その時に石崎圭太の家に行くといいわ。私が彼の気を逸らしてあげる。その間に真実を知りたいなら見ればいい。あなたは失うかもしれないけれど、真実を知りたいならそれくらいないとフェアじゃないわよね」


面白そうに歪んだ笑みを向ける女性に、私は鳥肌が立つのを覚えた。それと同時に、圭太君の押し入れにあると言うその真実に興味が湧いた。


 この女性は自分の口から全てを語ろうとはしない。あくまで私が自分自身で真実を知る事を望んでいる。そのために手を貸すとさえ……。


 この女性にこれ以上関わるのは非常に危険な気がした。もうこれ以上何かを知るのはいけないと頭の中でアラームが鳴っている様な感覚。これ以上はダメだと、必死で私を止めている。それでも私はそんな本能的な危機感を無理矢理抑え込んで女性と向き合った。


「行きます」


「大切なものを失うわよ」


圭太君の真実を知らないと、私の過ごしてきた日々はきっと辛いだけの経験になる。それくらいなら、圭太君の隠していた事を知りたい。知って、どうするかを決めたい。圭太君は俯いていた。あくまで笑って私を騙したわけじゃない。ならきっと今の状況を変える何かが押し入れの奥にはあるのだ。


「それでも私は行きます」


「そう」


にやりと女性は笑って背を向けた。そうしてそのまま公園の外に向けて歩き始める。


「いいわ、手伝ってあげる。タイミングは任せなさい」


そうして数歩前に進んでから、女性はふと立ち止まった。横目で私を捉えられるくらいに顔をこちらに向ける。


「あなたの覚悟に敬意を表して1つ、私の事について質問に答えてあげるわ」


私は少し考えてから女性に問うた。


「あなた、名前は?」


見ず知らずの女性。素性も目的も何も分からないその女性は表情こそそのままに言った。


「名前は無いわ。ただ関わる人間は皆悪魔や魔女と呼ぶわね。じゃあね、三上桜。次の休日が楽しみね」


魔女。その呼び方はあまりにピッタリで、それ以上に表現のしようが無かった。どこか不気味で恐ろしく、それでいて品があり妖艶で、近寄りがたい雰囲気を持つ女性。その女性、魔女は私にもう一度笑みを向けてから公園を立ち去って行った。黒い煙を纏いながら。







 圭太君は家に行きたいと言った私の要望をあっさりと了承した。言いたくも無い事をしつこく訊いてしまったという謝罪と、仲直りしたいという気持ちをメールで伝えると、大声を上げてしまった事、詳しく事情を話せない事などの謝罪と、家でのんびり映画でも見ようという提案が返って来た。もう少し何か策が必要かと構えていた事もあり正直拍子抜けした部分もあるが、それ以上に圭太君の家に行く機会を得られた事に対する喜びが大きかった。圭太君には悪いとは思う。それでも私は自分自身が前に進むためにやっぱり知りたいと思うのだ。あの魔女と呼ばれた女性も私に手を貸してくれる。取引をしてはいけなかった、今からでも断れと直感は騒いでいるが、私は依然として協力を撤回する気にはなれなかった。圭太君の押し入れの奥。そこにあるオレンジ色のファイルには一体何があるのかを知る必要がある。咲にあの日の事を報告したが、咲はどんな手段でも、やられたんだからやっていいと背中を押してくれた。


 そして今、気温も湿度も高い晴れの日に私は圭太君の家の前に来ている。マンションの5階に住んでいるらしい圭太君は、私がインターホンを押すとすんなり家の中に入れて簡単に案内までしてくれた。


 中に入ると、まず廊下があり、左右にトイレと寝室があった。真っ直ぐ進んでいくと扉があり、そこにはこぢんまりとしたリビングと台所がある。リビングに入って真正面には大きな窓があった。右側には台所、そして左側には扉があり、一目でそれが魔女の言っていた押し入れなのだと分かった。引き戸になっているその扉の奥には圭太君の秘密が隠されていると言うのだ。


「散らかっててごめん。これでも片付けたんだけど」


そう言いながら、圭太君は嬉しそうに机の前に案内した。前にはテレビ、右手には窓、左手には例の押し入れのある場所。それにしても魔女はどうやって圭太君の気を紛らわせると言うのか。具体的な話しは何1つなく、ただ期待と不安が入り混じったような感覚が私を襲っていた。


「大丈夫。あんまり物置いてないんだね」


感想で何とか話を繋ぐ。


 魔女は一体いつ圭太君の気を引いてくれるのか。それに、圭太君が黙秘しようとしていた事に近づくのだから、中途半端に発見されたら真実など分からないまま激怒されて家から追い出されるに違いない。そう考えると、圭太君が一定時間私から目を離したままの状態がどうしても必要になる。そんなタイミングを私は見抜けるのだろうか。


「ゆっくりしてて。今お茶入れてくるから」


そう言って圭太君は台所へと歩いていった。台所の奥まで行けば、しばらくの間完全に圭太君の視界から外れることになる。そう考えると、今がそれこそ絶好の機会なのではないか。そもそも魔女は圭太君側の協力者という関係なのだから、私に協力するフリをして圭太君に手を貸すのかもしれない。


 圭太君は台所の奥でガサガサと物音を立てている。


「桜は何がいい? 今家にあるのは紅茶と……」


私はこのタイミングこそが魔女にも頼らず圭太君にも見えない絶好の機会に思えた。圭太君は紅茶にも色々あると何個か挙げているが、曖昧に返事をしながら台所に目をやる。圭太君の姿は無い。私はそっと押し入れの扉に手を掛けると、音を出さないように細心の注意を払いながら左にスライドさせた。まるで氷の上でも滑っているかのように何の抵抗も無く扉は開き、その奥には魔女が言っていたオレンジ色のファイルが置かれていた。


「桜?」


突然私を呼ぶ声がして、素早く扉を閉めると隣に置いてあった本をひったくる。台所から顔を出している圭太君に


「圭太君って、本も読むんだね」


と笑顔で話題を振る。平静を装っていても、心臓が痛いほど速く、そして強く拍動し、バレてしまったのではないかという恐怖が襲っていた。冷や汗が噴き出してきて、さりげなく汗をハンカチで拭っておく。

「なんだ。返事が聞こえなくなったからどうしたのかと思った」


圭太君はいつもの笑顔でそう言った。


「そうそう、紅茶でいい?」


「え、あ、うん」


笑顔で紅茶を入れる圭太君からは私の姿が見えている。確実に失敗だった。でも確かに魔女の言っていたオレンジ色のファイルは存在していたのだ。魔女が言っている事に偽りは無かった。と、同時に魔女は圭太君の家に来た事があるのだと知り、内心ショックを受ける。大切なものを失うと魔女は言っていたけれど、私はもう既に圭太君を失ったも同然で、これ以上何を失うと言うのか。


 絶好の機会を失ってしまった事に肩を落としていると、突然携帯電話が鳴りだした。


「圭太君、携帯鳴ってるよ」


「誰からだろ。ちょっと出るね」


私に声を掛けてから何気なく電話に出た圭太君は、相手の声を聞くなり態度を一変させた。


「ごめん、ちょっと待ってて」


明るくそう言ってはいるが目が笑っておらず、足早に寝室へと向かっていった。扉をしっかりと閉める音が聞こえた瞬間、私は魔女が言っていたのはこのタイミングなのだと理解した。圭太君としては私に魔女の存在を知られるのも嫌なはず。私を目の前にして魔女から電話が掛ってきたとしたらこういう行動に出るのは自然だ。圭太君が部屋から出てこないのを確認してから、私はすかさず押し入れの扉を開いた。今にも通話を切ってリビングに入ってくるかもしれない、そんな状況に手が震える。


 焦る自分を何とか抑え込んで、ゆっくりと押し入れの扉を開いてから、圭太君がまだ通話中なのか耳を澄ませてみる。寝室から聞こえてくる声が聞こえると、私は押入れの奥にあったオレンジ色のファイルに手を伸ばした。可愛らしいそのファイルは分厚く重い。落とさないように注意しながら取り出して表紙を見た瞬間言いようのない恐怖が襲いかかってきた。これ以上知ってはいけない様な気がするのだ。中を見てはいけない。そう頭の中で何度も本能が警告を発している。


 そんな警告を知っても、それでも私はファイルに手を掛けた。このファイルを見る事ができるのは今この瞬間しかない。これ以上の機会は恐らくない。もう一度来れたとしても、その時にはこのファイルは別の場所に移動しているかもしれない。私は本能的な警告を無視し、意を決してファイルを開いた。


「な、に……これ……」


ファイルの中にあったのは、圭太君の秘密の書類でも、怪しい写真でも無かった。紙に写真を貼りつけ、写真には吹き出しをつけてコメントが書かれている。おかしい所のないただ楽しそうな写真が並んだアルバムだった。ただ一つ、そこに映っているのが圭太君と私である、という事を除いて。


 めくっていくと、そこには私と圭太君が楽しそうに笑っている写真が何枚もあった。それが私には恐怖でしかなかった。そこは全て私が圭太君と付き合ってから一度も行った事も無い場所ばかりだったのだ。

 雪景色の中で鼻を赤くしながら笑顔で映っている私と圭太君の姿。吹き出しがあり、「2人で北海道旅行! 寒すぎ!」と書かれている。


 次のページには森の中のアスレチックで吊り橋を渡っている私の背中。そして、2人で「木の葉自然公園アスレチック頂上」という看板をバックに笑っている写真。


 その次のページには、展望台でクジラを模したキャラクターを一緒に映っている写真。


「待って。待ってよ。これって、この景色って……」


見覚えが無いと思っていたその写真達が私の頭の中で繋がっていく。そうだ。知っている。私は知っている。見た事がある。圭太君と会っている時も、咲と電話で話していた時にも起こった、突然の夢。一貫性も音も無いただの光景。


「そうよ。そうじゃない。どうして忘れてたの? あれは私と圭太君の思い出だったのに」


思わず出たその言葉を自分で聞いたその瞬間、ガラスにヒビが入るような音がした気がした。





アレハワタシトケイタクンノオモイデダッタノニ。




直後、私の頭の中にあの夢の光景が鮮明に流れ始めた。今まで見てきた不思議な夢の、その先を。

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